第二話 おっぱいあげたいです
「陛下、驚くべき事実が出て参りました」
執務室に戻った俺に、キミシマが待ちかねたとばかりにそう伝えてきた。
「驚くべき事実?」
「はい。貧しい家柄の若い夫婦ばかりが忽然と姿を消しているのでございます」
「若い夫婦が? 拐かしということか?」
「今のところそこまでは。ただいなくなった者たちに共通点がございまして」
「何だ?」
「男子が生まれて間もない、ということです」
「誠か?」
「はい」
「ということは、その男子も……?」
「見つかっておりません」
裏の社会では男子は高値で取り引きされることがあるとの噂を耳にしたことがある。孤児院でも男子であればすぐに里親が見つかるほどなのだ。それ故に、特に男子の拐かしには重い罪が課せられることになっていた。
「最悪の場合、両親を殺して赤子を奪い取ったとも考えられます」
「消えたのは貧しい家の者と言ったな?」
「御意」
「夫婦が子供を売ったとは考えられぬか?」
貧しさのあまり子供を奉公に出す家も少なくはない。中には奉公と称してそのまま子供を売り渡してしまう者もいるのが実情だ。だが本人達に奉公に出したと言われてしまえば、それを取り締まる法は王国にはないのである。
「ですがそれなら姿を消す道理がございません」
「確かに……」
一組や二組程度なら、金を受け取ってどこかに引っ越してしまう者がいてもおかしくはないだろう。しかしキミシマの話によると、姿を消した夫婦はすでに十組以上に上ると言うのだ。それらが全て家を引き払うとは到底思えない。
「キミシマ、ユキとアカネを呼んできてくれ」
「第一王妃殿下と第二王妃殿下でございますか?」
「うむ。ああ、それとマツダイラも」
「承知致しました。ですがマツダイラ閣下は昨日より七日間のお休みですので登城されてはおりません」
そうか、ずっと働きづめだったマツダイラ閣下には俺が休みを与えたんだった。すっかり忘れていたよ。それからしばらくすると、ユキたんが子供を抱いてアカネさんと共に執務室にやってきた。
「おお、ハルヒコ!」
ハルヒコとは俺とユキたんの間に生まれた王子である。この名は先代のハルノブ国王と、俺のヒコザの名からそれぞれ二文字ずつを与えたものだ。
「ハルヒコ、父上ですよ」
「ちーち、ちーち」
ユキたんに抱っこされたハルヒコが両手をこちらに差し出して俺に抱っこを求めてくる。何とも愛しい我が息子だ。
「ご主人さま陛下はずるいです」
「うん? 何故だ?」
「私なんか、あー、としか呼んでもらえてません」
「あら、こないだあーね、と呼んでましたよ」
「え! 本当ですか?」
アカネさんは嬉しそうだが、俺とキミシマは思わず吹き出してしまっていた。そしてユキたんからハルヒコを受け取ると、しばらくあやしてから彼女たちに真剣な目を向ける。
「二人とも、城下に出るぞ」
「本当ですか?」
ユキたんもアカネさんも嬉しそうだ。しかし今回の目的を告げると、途端に二人の表情が曇った。
「そういうことですか。ではハルヒコはサト殿に預けましょう」
「侍女ではだめなのか?」
「この子は誰に似たのか、サト殿の胸が大好きなようですから」
「だ、誰に似たのだろうな」
ハルヒコ、あのおっぱいは俺のだぞ。たとえ息子でも譲ってやらないからな。
「でもご主人さま陛下の気持ちはよく分かります。サト殿の胸は気持ちいいですからね」
「は? 何故アカネはそんなことを?」
「時々一緒に寝てるんですよ。もうふわふわでたまらないです」
二人でそんなことをしているのか。羨ましい。混ざりたい。
「陛下、今羨ましいとか混ざりたいとかお考えだったでしょう?」
「な、何を申すかユキ。余はそのようなこと……」
何だか最近ユキたんの勘がウイちゃんばりに思えてくるよ。ウイちゃんの場合は勘じゃないけど。
「あら、どうしてそんなに狼狽えておいでなのですか? 冗談で申し上げましたのに」
「くっ……」
支度を終えて俺たちが城を出たのはそれから半刻、約一時間ほど経ってからだった。
「何だか久しぶりのような気がしますね」
「そうだな。ハルヒコは大丈夫だったか?」
「サト殿の姿を見たら飛びついていきましたよ」
どうして二人とも俺をジト目で見る。
「この前なんかサト殿、ハルヒコ殿下におっぱいあげてました。出ないのに」
「な、なに!」
ハルヒコめ、それは俺のおっぱいだってば。
「私もハルヒコ殿下におっぱいあげたいです」
「アカネ! 何ということを」
「ご主人さまぁ、私のおっぱいも慰めてくだ……痛いですぅ」
悪ノリしたアカネさんにユキたんがゲンコツをお見舞いしていた。何だか懐かしい光景だよ。
それから俺たちは失踪した若い夫婦が住んでいたというワクイ村を訪れていた。城から少し離れた南西の位置にあるこの村は、城下でも特に貧しい者が住むという。
「おい、何者だ?」
その時、突然木の影から三人組の男が飛び出してきて俺たちを呼び止めた。そして彼らは脇差しを抜き、ゆっくりとこちらに近づいてくるのだった。