第八話 その必要はない
少し早いですけど、台風なので更新しちゃいます。
「カスミ殿」
「はい?」
それまで交わしていた会話をやめ、キュウゾウが突然立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「前から歩いてくる三人組だが、アイツらはチョウキチってならず者とその一味だ」
「え? あれが城下でも悪名高いチョウキチという人ですか?」
「ああ。実は俺は国王陛下から奴を捕らえるようにとの命を受けている。悪いが警備隊を呼んできてくれないか。ここにも詰め所があったはずだ」
「でも親分さんは……?」
「俺は何とか奴らを足止めする」
「危険です。相手は三人なんですよ」
カスミには彼の考えが手に取るように分かっていた。
『この人は私を危ない目に遭わせないように、遠ざけようとしてるんだわ』
「俺の強さは知ってるだろう?」
「それは、そうですけど……」
「それにな、万が一カスミ殿が人質にでもなっちまったら、俺は手も足も出せねえ」
「おやあ?」
だが、二人の会話はチョウキチたちが近づいてくるのに十分な時間を与えてしまっていた。
「これはこれは親分さん、今日は非番ですかい?」
「チョウキチ、探したぞ。乱暴狼藉の件、番屋でじっくり話を聞かせてもらおうか」
「非番なんですから野暮なこと言いっこなしにしましょうや。それよりまた、きれいなお嬢さんを連れていなさる」
「カスミ殿、行け!」
「でも……」
「おおっと、女を逃がそうったってそうはいきやせんぜ」
チョウキチが手下に目配せすると、二人は素早くキュウゾウカップルの背後に回り込んだ。こうなっては彼女を逃がすことは叶わない。仕方なく彼は壁際により、カスミを庇うようにして両手を広げた。だが――
「親分さん、大人しくその女を渡してもらいやしょうか」
チョウキチが薄ら笑いを浮かべながら言う。こともあろうに彼は、たまたま近くにいた幼い男の子を捕まえて、その喉元に脇差しを突きつけていたのだ。
「チョウキチ、てめぇ!」
「た、たすけて!」
「子供を返して!」
一瞬呆然としていた子供は、突然襲ってきた恐怖にガタガタと震え出す。そのすぐ近くでは、母親らしき女性が飛び出そうとするのを、周囲の者たちが咄嗟に押さえていた。そのまま彼女を行かせてしまっては、母子の命が危ないからだ。しかし彼らは我が身可愛いせいで、それ以上の協力はしてくれそうにない。
「さあ、そのきれいなお嬢さんをこちらへ。そうしたら子供はちゃんと返しますよ」
「カスミ殿をどうするつもりだ!」
「どうも。ただお尋ね者のあっしらが無事にここを離れるまで付き合ってもらうだけでさあ」
「貴様……!」
チョウキチ一味は、まるで勝ち誇ったように高笑いを始めた。これはかなり分が悪い。人質を取られた上に一人対三人である。
相手がチョウキチだけであれば、奴が子供を手に掛ける前に取り押さえることも出来るだろう。だが、そうなるとカスミが無防備になってしまう。キュウゾウがチョウキチを捕らえるより早く、彼女が手下の手に落ちるのは火を見るより明らかだ。これではいたずらに人質を増やすだけである。
しかし、かと言って見す見すカスミを人質交換のために差し出すわけにはいかない。チョウキチが言葉通りに彼女を返すとは到底思えないからである。強姦され、最悪の場合は殺されてしまう危険性だって考えられる。ところが、そんな彼の苦悩を知ってか知らずか、カスミが彼の横に並んで叫んだ。
「本当に、私がそちらに行けば、その子は返してもらえるんですね?」
「か、カスミ殿!」
「もちろんですよ、カスミ殿」
「チョウキチ! てめぇ軽々しくカスミ殿の名を呼ぶんじゃねえ!」
「私が先ほどさっさと親分さんの言う通りにしていれば、こんなことにはならなかったと思います。申し訳ありませんでした」
「カスミ殿……」
「親分さんと違って、きれいなお嬢さんは話が分かるようだ」
「くっ……!」
「坊や、すぐに私が代わってあげますからね」
言うとカスミは、キュウゾウに深く一礼してチョウキチの許へと一歩を踏み出す。彼女も分かっているのだ。そこにたどり着いたが最後、自分は無事ではいられないということを。そう考えるとキュウゾウは居ても立ってもいられなくなり、思わず彼女を抱きしめようとした。
その時である。
「その必要はない」
どこからともなく聞こえた声は、静かではあったが辺りに凛と響いていた。それと共にさざ波のように、内に秘められた怒りが絶え間なく脳裏を揺さぶる。
声の余韻に誰一人身動き出来ないでいると、突然ボキッという、何とも言えない妙な音が聞こえた。ふとそちらに目を向けると、チョウキチが何が起きたのか分からないといった表情を浮かべている。その彼の横に、見覚えのある女性が片膝を立てた体勢で刀を握っているのが見えた。
「い、いってぇっ!」
チョウキチが悲鳴を上げながら子供を放して倒れ込む。彼の膝から下が、曲がるはずのない方向に曲がっていたのである。お陰で自由になった子供は、慌てて母親の許に駆け出していった。どうやら横の女性が、彼の脛に峰打ちを食らわせたようだ。
「キュウゾウ!」
「はっ!」
自分の名を呼ばれ我に返ったキュウゾウは、刀を抜いて手下二人の脇腹に渾身の一撃を放つ。峰打ちではあったが、二人はあまりの痛みに耐えかね、あっけなく気を失っていた。
「よくやったぞ、キュウゾウ」
「陛下?」
「へ、陛下!」
野次馬の人だかりの間から現れた声の主に、カスミとキュウゾウが思わず口走る。
「ば、馬鹿者! 余計なことを言うな」
だが、二人の言葉は周囲の者たちにしっかりと聞こえていた。
「陛下?」
「陛下って言ったよな」
「え? あの人が……あっ! 俺見たことある。確かに国王様だ」
この男の一言で一瞬の静寂が訪れるが、大きな拍手と歓声が辺りを埋め尽くすまでに、それほど時間はかからなかった。
「国王陛下!」
「国王様、ありがとうございます!」
「国王様、万歳!」
皆の目が国王に向いていたその時、キュウゾウとカスミは互いにしっかりと抱きしめ合っていた。
次回は明日10/13(日)、もしくは10/14(月)に更新します。




