第七話 方針変更だ
本話は来週末に更新する予定でしたが、
来週分のストックが出来たので本日公開します。
市場に着いた俺たちは、まず適当な衣料品店に入った。男女それぞれの品を扱っていて、店舗の床面積もかなり広い。そんな店内にモモカも瞳をキラキラさせて周囲を見回している。その時だった。
「あ、あの……もしや貴方様は国王陛下では……!」
一瞬後退った女性店員は俺の顔を見るなり、真っ青になって平伏そうとした。それを慌てて止めさせ、俺は彼女に耳打ちする。
「いかにも、余は国王だが忍びだ。騒がず、知らぬ顔を致せ」
「え……! は、はは、はい!」
だが店員は突然のことに落ち着いていられないようだ。店長か誰かに報告でもしないと安心出来ないのだろう。辺りをキョロキョロと窺っている。
「忍びだと申したぞ。気付かぬ者はそっとしておけ」
「はっ! お、仰せのと、とと、通りに!」
それから彼女は体を小刻みに震わせて、何か言いたげにモジモジしている。
「どうかしたのか?」
「あの、こ、国王陛下にお願いが……」
「願い? 構わん、申してみよ」
「その、あ、握手……握手して下さい!」
言いながら女性店員は俺に右手を差し出した。だが顔はうつむいた状態だ。ちょうど告白の時に右手を出してお願いします、と叫んだのと同じ感じである。そんな彼女を見てユキたんとモモカが吹き出していた。もちろん、その程度の願いを叶えるくらい造作もないことである。
「よかろう。これでよいかな?」
俺は彼女の手を両手で包み込むように握った。店員がゆっくり顔を上げると、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。おいおい、泣くほどのことなのか。
「あ、ありがたき幸せ! この手は一生洗いません!」
「いや、ちゃんと洗え」
店員は何度も頭を下げ、嬉しそうに店の奥に消えていった。
「義兄上さまは城下でも大人気なのですね」
モモカがクスクス笑いながら言う。大人気かどうかは知らないが、領民が幸せに暮らしてくれればいいとは思っている。その思いが少しでも伝わっているなら、これほど嬉しいことはない。
それから二人にねだられるまま、何着かの服を買って店を出た時だ。モモカがガタガタと震えだし、俺の後ろに隠れるように縮こまってしまったのである。
「どうした?」
「あ、あれ……」
彼女の指さした先を見ると、何やら柄の悪い男たちが三人、買い物客に手当たり次第に野次を飛ばしながら歩いてくるのが見えた。
「けしからんな」
「そうではなくて……」
モモカはそこで、あの三人組が城に来る前に絡んできた者たちであると教えてくれたのである。
「何だと!」
「ではあれがキュウゾウさんが追っている輩なのですね?」
「は、はい。王妃……義姉上さま……」
「ヒコザさん、懲らしめますか?」
「そうだな。だが大勢の領民もいる。出来れば血を流させずに生け捕りにしたい。腕や足の一、二本はへし折っても構わんが」
ユキたんの刀も魔法刀である。それで峰打ちすれば、人の骨など簡単に砕けてしまうのだ。
ショウコはキュウゾウに、奴らを捕らえてモモカの前に突き出せと命令した。その命令自体は無効だとしても、キュウゾウが引き受けた以上は彼の顔を立ててやる必要があるだろう。それに俺も同じ命令を下している。
「あ!」
そんなことを考えていると、モモカが男たちとは反対の方角を見て小さな声を上げた。彼女の視線を追ってみると、その先にはキュウゾウと、見覚えのある女性が仲良く手をつないで歩いてくるのが見える。
「あれは確か……」
どうやら彼と並んでいるのは、城内で噂になっているメイドのアマノ・カスミのようだ。執務室で見かけなかったが、そういうことだったのか。
「ユキ、方針変更だ」
「はい?」
「あちらからキュウゾウが歩いてくる。我々とキュウゾウで奴らを挟み撃ちにしよう」
このまま進んで破落戸共をやり過ごせば、彼らは俺たちとキュウゾウカップルに挟まれることになるのだ。
「あら、本当ですね。分かりました」
「彼女の前だ。格好付けさせてやってくれ」
「心得ております」
ユキたんはにっこり微笑むと、モモカを男たちから隠すように俺と並んで歩き出す。幸い彼らは義妹に気づくことなく、すんなりと横を通り過ぎていった。
さて、そろそろ頃合いだろう。振り向いてから、俺とユキたんでモモカを庇うように後ろに下がらせる。その時、キュウゾウも破落戸の三人に気づいたようだった。
次回は10/12(土)更新予定です。




