第六話 服でも何でも買ってやるから
「義兄上さまぁ」
俺が朝執務室に入ると、義妹のモモカが待ちかねていたように腕に絡みついてきた。昨夜を共に過ごしたユキたんが、それを見て呆れたように俺を睨みつける。何で俺?
「では陛下、私はこれで」
「あ、ちょっと、ユキ!」
俺はモモカに歓待の宴の後、一週間の滞在を許した。それが昨夜のことである。
「はい?」
昨日から日中はこのモモカに付き纏われ、ようやくユキたんと二人になれたのは夜遅くになってからだった。
嫁ローテーションでは夕食後から翌日の夕食前まで、基本的に俺を独占出来る。もちろん公務の方が優先されるが、執務室では俺の隣にいることが許されるのだ。それが妻たちにとっては週に一度の楽しみである。その楽しみをこのモモカが邪魔してしまっているのだから、機嫌を損ねても仕方ないだろう。
「いや、その……なんかすまん」
「一週間のことです。やむを得ません」
「王妃殿下、戻られてしまうのですか?」
そんな俺たちの様子に多少の後ろめたさを感じたのか、モモカが申し訳なさそうにユキたんに尋ねる。
「ええ。どうぞご存分に、陛下に甘えて下さい」
「やった! 義兄上さま、王妃殿下のお許しを頂きました」
前言撤回、後ろめたさなど微塵も感じていないようだ。
「あ、いや、ちょっと待ってくれ、ユキ」
「何でしょう?」
そんな冷ややかな目で見ないでよ。
「たまにはその、城下に出てみないか?」
「はい?」
「あ、義兄上さまぁ、それでは私はどうなるのですか?」
姉に甘えていればいいではないか、と思ったが、俺には別の意図があった。
「このモモカも連れて、だが……」
「え?」
モモカが目をぱちくりさせている。
「ですが陛下がご自身でそちらのモモカ殿の外出を禁じられたのでは?」
「そうなんだがな、さすがに観光の一つもさせてやらないのは不憫だと思ったのだ」
「まあ確かに、一週間もお城に閉じ込めておくのは可哀想ですけど……」
言いながら、コブ付きとは言えユキたんも久しぶりのデートの誘いに気をよくしているようだ。
「モモカ殿、一つ言っておくが」
「はい」
「城下では身分を明かすことは厳禁だ。余は貧乏貴族の次男坊でコムロ・ヒコザ、ユキのことは義姉上と呼べ。それから其方は余の妹モモカだ」
俺は扉のところに控えているメイドさんたちに聞こえないように、声を潜めて彼女に耳打ちした。そういえば今日はいつもいるカスミの姿が見えない。恐らくは非番なのだろう。
「あの義兄上さま、あまり変わらないような気がするのですが」
「王族であることを口にしてはならんということだ」
「分かりました!」
本当に大丈夫だろうか。まあ、何かあってもユキたんが護衛なら心配ないし、いざとなればウイちゃんもアザイの王もいる。何とかなるだろう。
それから俺たちはいつものようにラフな出で立ちに着替えて、城壁の裏手からこっそりと城を抜け出すのだった。
城下に出てからも、モモカは相変わらず俺の腕にしがみついていた。ところが城内と異なり、ユキたんまで俺にべったりくっついてきている。つまり俺は両腕とも女の子に巻き付かれているという具合だ。
「二人とも、少し離れて歩かないか?」
「嫌です義兄上さま。知らない土地で私が迷子になったらどうするのですか」
「私もです」
ユキたんは知らない土地ではないだろうに。
それはいいとして、城下の人々からは俺たちの組み合わせは異様に映るようだ。俺は自分で言うのもなんだが王国でも屈指の美男子、モモカは恐らく息を呑むほどの美少女である。しかしその二人とは対照的に、ユキたんはブサイクに見えているはずだ。俺の目には全く逆に映るのだが、美男美女のカップルにお邪魔虫が一人混ざっている、そんな印象を与えていることだろう。
「ヒコザさん、今日はどちらに参りますか?」
「そうだな。ヒガシ町の方に行ってキュウゾウとの鉢合わせは避けたい。ニシ町の方に向かってみるとするか」
「かしこまりました」
「義兄上さま、そのニシ町というところには何があるのですか?」
「あそこは主に住宅街だが、大きな市場があるんだ」
「大きな市場!」
「なんだ、シナノにも市場くらいあるだろう?」
「分かりません。こんな風にお忍びで城下に出ることなどありませんし」
シナノの義父は自分も城下を徘徊してみるようなことを言っていたと思ったが、さては娘にも内緒にしているということか。もっともこの臆病なくせに好奇心旺盛な末娘とくれば、身分を隠して城下を連れて歩くなど考えたくないのかも知れない。
「多少なら土産代わりに何か買ってやる。ゆっくり見て回ることにしよう」
「はいっ!」
「ヒコザさん、私は?」
ユキたんがちょっぴりふくれっ面で俺を見つめてくる。やめて、その顔可愛すぎる。
「ああ、服でも何でも買ってやるから」
「やたっ!」
すでに王妃や一児の母という立場を忘れてしまったようにはしゃぐ彼女の姿に、俺は久しぶりにホッとする何かを感じるのだった。




