第四話 お前の妹だろうが
玉座の間では、俺の前にミノリ、モモカ、ショウコの三人が跪いていた。俺の隣には家令のキミシマ・ダイゼンが無表情で立っている。ミノリの部屋から三人を呼び寄せたところだ。
「陛下に申し上げます」
俺が口を開く前に、まずミノリが声を上げた。俺としては先制攻撃を食らった形だが、すでに何故ここに呼ばれたかは分かっているはずだ。彼女のお手並みを拝見するとしよう。
「許す、申せ」
「この度は私の妹、ここにいるオガサワラ・モモカが多大なるご迷惑をおかけしたこと、まずはお詫び申し上げます」
「迷惑? どんな迷惑だ?」
「モモカが、オガサワラ国王に黙ってここに来たことにございます」
そう、事もあろうにこのシナノの姫と侍女は、俺の義父でもあるオガサワラ国王に黙って城を抜け出してきていたのである。
「なるほど。モモカ殿、ミノリの申したことに相違はないか?」
「は、はい。ございません」
「ではモモカ殿に問う。其方の行いによって余が被る迷惑とは何だ?」
「え……?」
「そ、それは私が……」
「ミノリは黙っておれ。余はモモカ殿に尋ねているのだ」
先制攻撃に対する、これが俺のカウンターだった。ミノリは恐らく、俺が言いたいことを察しているだろう。だが、モモカがそれを分からなければ意味がないのである。
「あ、あの……えっと……はっ! ち、父が心配します!」
「ま、尤もだろうな。だがそれでどのような迷惑が余にかかると言うのだ?」
「あ、あの、あの……」
「どうした、分からぬか?」
すでにモモカは泣きそうになっていた。これは俺の推測だが、大方彼女は姉であるミノリから、一緒に謝ってあげるくらいのことを言われていたのだろう。だからまさか自分が矢面に立たされるとは考えていなかったはずである。
「ミノリよ、この義妹は手がかかるな」
「へ、陛下。妹は人一倍臆病なのです。どうか穏便にお収め下さい」
「だがな、こんなことも分からずでは先々が思いやられるぞ」
「も、申し訳ありません」
耐えきれずにモモカが泣き始めてしまった。普通の女の子ならそれでも許されよう。だが、王女という立場では、絶対に許されることではないのである。
「まず第一に余は義父上、オガサワラ国王に其方がここにいることを伝えねばならん」
「……!」
「どのような仔細があるかは知らんが、町娘のように家には知らせないでほしいと懇願されても出来ぬ相談だ」
「はい」
「それは其方が一国の王女だからだ。分かるか?」
「はい……」
「故に、余の時間が割かれる。これが第一の迷惑だ。些細なことと思うなよ。これでも余は大変忙しい身なのでな」
「も、もちろんでございます」
こんなことがなければ、今頃はミノリとイチャついてる時間なのだ。ま、妹のしたことだから彼女も仕方ないとは思っているだろう。
「次に、其方が帰る折に護衛を付けねばならん。そのために護衛隊を組織する必要がある」
「あ、義兄上!」
「うん?」
「来るときはショウコと二人で来ました。ですから帰る時も……」
「愚か者!」
「ひっ!」
俺の怒鳴り声で、モモカが震え上がる。なるほど、臆病者というのは本当らしい。
「聞けば城下で破落戸に襲われたというではないか。其方の軽率な行動が、そのような事態を招いたのだと何故分からん」
「申し訳ありません……」
「よって滞在中、其方はこの城から一歩も出ることを許さん。もしこの禁を犯せば、余の命に反したとして反逆罪となる。努々忘れるなよ」
「反逆罪……」
「反逆罪は死罪だ。今度は救ってやれんから、そのつもりでいろ」
「は、はは、はい!」
「そもそも義妹一人を無事に帰せないようで、一国の王が務まると思うのか」
「義兄上……」
俄にモモカは嬉しそうな表情を浮かべる。
「だが護衛隊の経費はきっちり、シナノ王国に請求する。我が王国民の血税をそのような私事に使うことは出来んからな」
「え……?」
「何年かかっても小遣いから返させろと付け加えておいてやろう。オガサワラの義父上にしこたま叱られるがよい」
「義兄上ぇ……」
上げて落とす。義妹の一喜一憂する様も、これはこれでなかなか面白い。モモカは俺から見たらかなりのブサイクなのだが、だからこそこちらの世界では超美少女なのだろう。他の男連中が彼女のこの姿を見たら、悶絶死するかも知れない。現に隣のダイゼンでさえ、無表情のままを装っているが頬が少し赤い。
「そして三つ目だ。これが最も余に迷惑をかける」
「な、何でしょうか……」
「それはな」
俺はわざと気を持たすように一呼吸置いた。その様子にモモカはもちろん、ミノリもショウコもグッと息を呑んだのが見てとれる。
「其方の歓待の宴を開かなければならなくなったことだ」
「かんた……あ、義兄上……?」
「陛下!」
モモカとミノリが信じられないという表情で目を見開く。それはショウコも同様だった。
「全く、手のかかる義妹だ。今日の今日では準備が出来んではないか。宴は明日、執り行う。ダイゼン、頼むぞ」
「御意」
「義兄上……私は……私は……」
「モモカよ」
「はい……」
「滞在中はしっかり、姉に甘えるがよい」
「あの、義兄上?」
「何だ?」
「義兄上にも甘えてよろしいですか?」
「はっ?」
これは強力な一撃だ。何故なら相手は義理ではあっても妹。その妹が甘えたいと言っているのに、ダメだという選択肢はないからである。俺の完敗だった。
「す、好きにするがよかろう」
「はい!」
こうして義妹の滞在中、俺は彼女に纏わり付かれることになる。その間の、ミノリも含めた妻たちからの視線の痛かったことと言ったらなかった。
『ミノリ、お前の妹だろうが』
だがこの心の叫びを、俺が口にすることはなかった。
次回更新は9/28(土)21:00の予定です




