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第三話 余の不手際を責めるな

「そう命じたのは姫ではなく、このユキガヤ殿なのだな?」

「え? そうですけど……あれ、俺何かマズいことでも……?」


 キュウゾウは俺がショウコに送る視線に気づいて、あたふたと慌てている。


「ところで襲われたと申したようだが?」

「え? あ、はい。その時は捕り逃がしましたが、ソイツの素性は知れているので後ほど必ず捕らえてご覧に入れます」

「そうか。仔細はスケサブロウに話して必ず捕らえよ」

「ははっ!」


 そこで再び俺はショウコに目を向ける。


「さてユキガヤ殿」

「は、はい!」

「スケサブロウもキュウゾウも騎士だ。これがどういうことか分かるか?」

「あ、あの……」

「ショウコ、謝りなさい! 早く!」

「モモカ殿は黙れ!」

「ひぅ!」

「つまりは二人とも準貴族である」

「……」

「爵位を持たぬ其方(そなた)が無礼と称したり、命令したり出来る立場にあると思うのか!」


 俺の剣幕に、とうとうショウコは観念したようだ。


「も、申し訳ございません!」

「モモカ殿、これでも()がこの侍女を手討ちにするのを止めよと申すか?」

義兄(あに)上……」

「陛下、私からもお願い致します。私がきつく叱りおきますので、何卒(なにとぞ)今回だけはお許し頂けませんでしょうか」


 ミノリが深々と頭を下げる。


「ショウコはモモカが幼い時から仕えている侍女なのです。子供の頃は遊び相手として、裳着(もぎ)を迎えてからは導き手として……」

「ふむ。要するにモモカ殿にとっては姉も同然と?」

「お、仰せの通りにございます!」


 大筋は分かった。要するにこのショウコという侍女は人生を王族に捧げた、姫の()り役というわけである。その役目の重さ(ゆえ)に、姫を護ろうという使命感故に、今回のように他国にあってもなお、姫を第一と考えて取った行動なのだろう。


「ユキガヤ殿よ」

「は、はい……」

「本当の無礼とは何か、其方は存じておるか?」

「あ、あの……」

「身分や立場、年齢などが上の者に対して礼を失することと思っているのではないか?」

「ち、違うのでしょうか」

「無論だ。本当の無礼とはな、相手を敬わぬことだ」

(おっしゃ)られている意味がよく分からないのですが……」

(うつ)け者め。それでよく我が義妹(いもうと)の守り役が務まるな」


 俺は一度モモカの方を見て、それからショウコに視線を戻す。


「相手を(たっと)び敬ってこそ、礼節を尽くせるのではないか?」

「……」

「たとえ身分や立場が下の者の(げん)でも、尊び敬っていれば言葉の真意を捉え、導くべきところへ導くことが出来る。間違いがあれば正すことも出来る。それをするのが上に立つ者の責務だ。そうは思わんか?」

「私は……私は……」


 ショウコはその時、初めて俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。その瞳には涙が溢れている。


「私は大きな考え違いをしていたようです。今の陛下のお言葉で目が覚めました」

「そうか」

「今回のこと、モモカ様には何の非もございません。悪いのは私です。どうぞ、ご存分に」


 彼女はそう言うと目を閉じ、その場で膝立ちになって合掌(がっしょう)する。頭を少し下げ、首を()ねられる覚悟を決めたようだ。


「モモカ殿」

「は、はい!」

「こちらに来い」

「はい……」

「其方、先ほど手討ちにするなら自分がと、そう申したな?」

「はい……」


 応えてはみたものの、姫の体は遠目にも分かるほど震えていた。


「だが其方は刀を差していないようだ。余の刀を貸す故、其方がこの者の首を刎ねよ」

「陛下!」


 ミノリがあんまりだという抗議の声を上げる。他の面々も、俺の残酷な命令に血の気を失っているようだ。


「義兄上、どうしても……どうしてもお許し頂けませんか?」

「ならん。姫自ら口にした言葉だ。王族の言葉は時に国を滅ぼすほどに重い。よって先ほど自身で申した通り、其方がこの刀で手討ちに致せ」


 俺は言うと刀の(つか)を彼女に向けた。モモカの瞳からは大粒の涙が溢れ出てくる。


「モモカ様、これは私の招いたことです。どうぞ、お気に病まれることのないように」

「ショウコ……」

「早くしろ!」

「はい……」


 恐る恐るモモカが俺の刀を手に取る。そして彼女が柄を両手で握ったところで、俺はゆっくりと手を放した。


「え?」


 刹那(せつな)、姫は刀の重さに耐えられず、尻餅をついてそれを落としてしまう。


「おお、これはうっかりしていた。余の刀は魔法刀でな」


 そう、この刀はかつて隣国であり同盟国でもある、オオクボ王国の国王陛下から(たまわ)ったものだ。魔法刀とは使い手を限定する魔法がかけられた刀で、本来の所有者が使う場合は全く重さを感じない。だがそれ以外の者は持ち上げることすら困難な刀なのである。


「これではモモカ殿には扱えまい」


 俺は彼女に手を差し出して立ち上がらせ、それから刀を拾って(さや)に収めた。


「義兄上……?」

「出来ぬことをやれと言うほど、余は暴君ではない」

「陛下!」


 そこでようやく俺の真意に気付いたミノリが、嬉しそうに叫んだ。彼女はこれが魔法刀だと知っていたはずなのに、何故あそこで気付かなかったのか。


「あ、義兄上!」

「ユキガヤ殿、立つがよい」

「え……?」


 完全に死を覚悟していたであろうショウコは、訳が分からないという(ほう)けた表情を浮かべている。


「余の不手際により、其方の首を刎ねることが叶わなくなった。此度(こたび)のことはさし許す故、其方も余の不手際を責めるな」

「あ、あの……」

「これでよいかな、義妹よ」

「義兄上……は、はい!」


 その後、二人は俺に深く頭を下げてから、ミノリの許へと向かって歩き出していた。


「かっけえ……かっけえよ、国王陛下」


 平伏したままの格好でキュウゾウが呟いていたが、俺は聞こえないふりをしてその場を立ち去るのだった。

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