第一話 まさか其方また城下に?
俺がタケダ王国の国王になってから二年余りの歳月が流れた。その間皇帝キノシタ・トウキチを葬り、帝国を事実上滅亡へと追いやったが犠牲も大きかった。最強と思われた忍者のモモチ・タンバさんとヤシチさんを失ったのである。そして家令のツッチー、ツチミカド・ユウシュンは左腕の肘から先を失い、不自由な暮らしを余儀なくされていた。ただ、ツッチーに関しては十人もの妻を娶ってエンザン城主に据えたので、今後はウハウハウキウキライフを満喫出来ると思っているけどね。
そんな中でも第一王妃であるユキたんとの間には王子を授かり、すくすくと成長を続けてすでに一歳になっている。そして――
「陛下、お喜び下さい。アヤカ妃殿下ご懐妊でございます!」
「誠か!」
何と驚いたことに、アカネさん、サッちゃん、スズネさんを通り越して、次に俺の子を身籠もったのはアヤカ姫だった。わずか十二歳で破瓜の痛みを知った少女は、つい先日十五歳になったばかりだ。その彼女が俺の子を宿してくれた。これが喜ばずにいられようか。
「至急オオクボ国王に早馬を出せ」
「御意」
実はユキたんが身籠もって以来、ずっと他の妻たちが妊娠する気配がなかった。毎日あれだけ頑張っていたのにそれが不思議で、もしかして俺はこの若さで種なしになってしまったのではないかと落ち込んだ日もあったほどである。
「そんなに焦るな。妾はこうしてヒコザに可愛がってもらっているだけで十分じゃぞ」
アヤカ姫は普段と二人きりの時では、俺に対する態度がまるで違う。二人でいる時はとにかく甘えてくるし、俺のことを一番に気遣ってくれるのだ。むろん他の妻たちも皆俺には優しいが、最年少のアヤカ姫からは特にそれを強く感じるのだった。
「アヤカ!」
「へ、陛下!」
アヤカ姫は診察から部屋に戻ったばかりだったのだろう。薄い緑色のパジャマの上に、侍女から紺色のカーディガンを羽織らせてもらっているところだった。そこへ突然の俺の登場である。アヤカ姫ももちろんだが、侍女も驚いて声すら出せない様子だった。
「よくやったぞ、アヤカ!」
俺が部屋に入るなりアヤカ姫を抱きしめたので、侍女は慌ててその場から一歩退く。
「陛下、皆の前じゃ。放せ」
「放すものか! アヤカ! アヤカ! よくやった! よくやってくれた!」
これにはさすがに侍女も、扉の脇に控えていたメイドさんもそっと部屋を出ていった。そして二人きりになったところで俺は改めて彼女を抱きしめ、そして何度も唇を重ねた。
「ヒコザ、そんなに嬉しいのか?」
「当たり前だよ。はあ……この中に俺の子が……」
「や、やめんか、くすぐったい」
アヤカ姫はそう言いながらも、彼女の腹に頬ずりする俺の頭をそっと抱きしめてくれる。
「妾が二番目じゃったか」
「二番目?」
「子を授かった順番じゃよ」
「そうだね」
「この子が男の子じゃったら、元服した暁には父の許へ養子にやろうかの」
「え? オオクボ王国に?」
「うむ。父上には妾以外に子がおらぬよってな。それまでに母との間に男子でも産まれればよいが、万一の時はそう頼まれておったのじゃよ」
なるほど。オオクボ王国ならアヤカ姫の母国だし、王位継承のための血筋も問題ない。それにまさかアヤカ姫との子にコムロ家を継がせるわけにもいかないだろう。
「分かった。その心づもりでいるよ」
「もっともまだこの子が男子と決まったわけではないがの」
「それもそうだ」
「お取り込み中失礼致します。こちらに陛下はおいででしょうか」
その時扉をノックする音と共にキミシマの声が聞こえた。
「余はここにおる。いかが致した?」
「至急執務室へお戻り下さい。お伝え致したき儀がございます」
「ここでは済まぬのか?」
「おキネの件にございますれば」
「相分かった。すぐに行く」
キミシマの足音が遠ざかると、アヤカ姫が不審げに眉を寄せた。
「おキネ?」
「河原に死体が上がったんだよ。何者かに殺されて」
「ヒコザ、まさか其方また城下に?」
「事と次第によってはね」
「妾も連れていけ!」
「だめ! アヤカ姫は子を授かったばかりなんだし、今回はちょっと危険がありそうなんだ」
「ならば尚のこと!」
脹れっ面で俺を見上げる彼女は本当に可愛い。いや、見た目はこっちの世界基準での美少女だから、俺にとってはそうは映らないんだけどね。ただこの姫だけは可愛くて仕方ないんだよ。
「護衛はユキとアカネを連れていくし、ウイはいつでも呼べば来てくれるから心配ないよ。だから大人しく待っていてほしい」
そしてもう一度彼女に唇を重ねる。
「じゃ、行ってくるから」
そう言い残して俺はアヤカ姫の部屋を後にするのだった。