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第一話 欲しければいくらでも代わりをやる

「なるほど」


 俺は昨夜のマツダイラ家での、エマとの皿の一件を聞かされたのである。


「というわけですので、皿の件はお許しを」

「ならん」

「そうですか、ありがと……はい?」

「サト、其方(そなた)はどう思う?」

「私もマツダイラ殿は厳罰に処すべきだと思います」


 執務室では俺の横にサッちゃんがピッタリと身を寄せて座っていた。昨夜はこの大きな胸を、はさておき、彼女もちょっぴり頬を膨らませている。何とも可愛らしい絵図(えずら)である。


「あ、あの……」

「マツダイラ」

「はい」

「其方、()の贈り物を何と心得る」

「あ、いや、その……」

「確かに皿だ。食べ物を乗せて使うのは道理だろう。余も大切に飾っておけとは言わん」

「はあ」

「だが其方の余に対する考え方が気に食わん。そこへ直れ!」

「そこで何をしているのですか?」


 その時、執務室の扉の向こうでユキたんの声が聞こえた。


「ユキか? どうした?」

「失礼致します」


 メイドさんが扉を開けると、腰を折ったユキたんとその横にトウノ・エマが今にも泣きそうな顔をして立っていた。


「エマ!」


 驚いて彼女の名を呼んだマツダイラ閣下の許に走り寄り、彼女はその場で平伏(ひれふ)して叫んだ。


「国王陛下! お願いでございます!」

「うん?」

「お皿を……お皿を割ったのはこの私です! お斬りになるなら私を! その代わり、旦那様のことはお許し下さい!」


 思わず俺はユキたんと顔を見合わせた。それからサッちゃんを見て、三人で声を上げて笑ってしまったよ。


「こ、国王陛下……?」


 そんな様子にエマは恐る恐る顔を上げて、キョトンとしている。


「そこのメイド」

「は、はい!」


 俺は扉を開けたメイドさんの一人に声をかけた。彼女の長い栗色の髪は、赤いビー玉ほどの大きさの丸い飾りが二つ付いた髪留めでまとめられている。俺から見てかなりブサイクなので、こっちの世界では相当の美人なのだろう。


「奥の寝室から皿を一枚持ってきてはくれぬか?」

「か、かしこまりました!」


 突然のことにメイドさんは引きつった顔をしながらも、直立不動で言ってから俺の寝室に向かった。無理もないだろう。彼女たちの仕事は黙ってお辞儀をし、黙って扉を開け閉めすることである。一日同じ部屋にいても、俺から声をかけられるなどということは滅多にないのだ。


 そしてその彼女が、一枚の飾り絵皿を持って戻ってくる。


「これでよろしいでしょうか」

「うむ。ではその皿を床に落とせ」

「は、はい?」

「床に落とせと言ったのが聞こえなかったのか?」

「あ、あの……」


 見る見るメイドさんの顔から血の気が引いていくのが分かった。一同も固唾(かたず)を飲んで成り行きを見守るが、彼女は硬直して全く身動き出来ない様子である。


「いいから落とせ!」

「ひゃい!」


 可哀想だったがちょっと大声で怒鳴ってみた。すると驚いたメイドさんはついに皿から手を放してしまう。


 パリンという音と共に床に落ちた皿は弾け飛び、彼女はその場にへたり込もうとした。それを俺は慌てて抱きかかえる。


「へ、陛下……!」

「愚か者、そんなところに座り込んでしまったら破片で怪我をするぞ」

「陛下……あ、いい香りが……」


 俺に抱かれてうっとりするメイドさんを見たユキたんとサッちゃんの視線が痛い。俺は彼女をもう一人のメイドさんに預けると、再び椅子に腰掛けた。


「メイドよ」

「は、はは、はい!」

「怖がらせた詫びだ。寝室には他にも皿があるから、どれでも好きな物を持っていくがよい」

「陛下……」

「どうした、いらぬか?」

「と、とんでもございません」

「なら今のうちに取ってこい」


 そして彼女は一枚の絵皿を持って戻ってくる。それは小さめの、淵に金箔があしらわれた小洒落た物だった。このメイド、なかなかいい目を持っている。


「あ、あの、これでもよろしいでしょうか」

「構わん。割ってしまっても(とが)めだてせぬから安心致せ」

「いえ、家宝に致します!」


 嬉しそうに、その上大事そうに小皿を抱えた彼女は、ひとまずそれを仕舞いに行くということで執務室を出ていった。


「マツダイラ、見たか?」

「はい?」

「あれが余から贈り物を受けた者の、あるべき姿ではないかと思うんだがな」

「あ……」


 ユキたんとサッちゃんがクスクスと笑っている。そこでようやくマツダイラ閣下も、俺を軽んじていたことに気づいてくれたようだ。


「さて、トウノ・エマと申したな」

「は、はい!」

「皿のことは聞いた。だが見た通りだ。心配せずともあんな物、欲しければいくらでも代わりをやる」


 それに、と俺は続ける。


「陶器などという物は、落とせばこのように簡単に砕けてしまうものだ。そしてこれらはまた同じ物を作れる。違うか?」

「お、仰せの通りにございます」

「だが人はそうではない。余はこのような些細なことで人を斬るような、小さき器に見えたかの?」

「め、めめめ、滅相(めっそう)もございません!」

「ところでエマよ」

「は、はい」

「其方、ここを何処と心得ておる?」

「国王陛下の執務室……です」

「そこに、呼ばれてもいない其方が許可なく立ち入ってよいと思っているのか?」

「はっ! も、申し訳ございません! で、ですが……」

「無礼者!」

「ひっ!」

「と、言いたいところだが……」

「……?」

「其方、このマツダイラが心配で参ったのだな?」

「は、はい……」

「ならば心配はいらぬ。それより早く仕事に戻れ」

「では……!」

此度(こたび)のことは不問にしてやると言っている」

「あ、ありがとうございます!」


 何度も頭を下げて執務室を出ていくエマを、マツダイラ閣下は目を細めて見送っている。その刹那(せつな)、彼女は振り返ってはにかみながらこう言った。


「旦那様の(おっしゃ)ったことは本当でした」

「お、おい。いいから行け!」


 恥ずかしそうにしているマツダイラ閣下というのもレアだが、見てくれが見てくれなだけに美しいとはどうしても思えない。


 それよりも、俺はまだ彼から本当の相談というものを聞いていないのだ。まさかたかが皿のことで、あれほど神妙な顔はしないだろう。


「ではマツダイラ」

「はい」

「相談したいことというのを聞こうか」

「はい、実は……」


 そして彼は、どこか申し訳なさそうに話し始めるのだった。

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