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プロローグ

 ガシャン、と台所で陶器が派手に割れる音がした。そこはマツダイラの自宅、家政婦として働くのは王城のメイドでもあるトウノ・エマである。


「何事だ?」


 夕食前の一時(ひととき)(くつろ)いでいた彼は、大きな音に思わず台所に駆けつけた。


「も、申し訳ございません! 旦那様の大切な……大切なお皿を割ってしまいました……」

「触るな!」

「っ!」


 慌てて破片を片付けようとするエマを、マツダイラは怒鳴りながら突き飛ばす。不意のことに尻餅をついた彼女は、その場で涙をぽろぽろと流し始めた。


「も、申し訳ございません。私は……」

「あ、いや、すまん。大丈夫か?」

「へ?」


 言いながら彼はエマの手首を掴み、肩に手を添えてそっと立ち上がらせる。


「あ、あの……」

「割れた欠片(かけら)を素手で触ろうとする奴があるか。怪我をするぞ。待っていろ」


 そして別の部屋からホウキとチリトリを持ってきて、彼は手早く皿の破片を掃き取った。エマはその様子を呆然と眺めている。


「旦那様……」

「怪我はないか?」

「私は……大丈夫です。でも旦那様の大切なお皿が……やはり手討ちにされるのでしょうか……?」

「は? 何故だ?」

「だって、だってお皿を……」

「馬鹿を言うな。皿の一枚や二枚」

「でも、割ってしまったのは陛下から(たまわ)ったとおっしゃられていた……」

「えっ!」


 そこでマツダイラは改めてチリトリに集められた皿の破片を眺めた。見ると確かにかつて国王から贈られた、見事な飾りが施された皿が無残な姿を晒していたのである。


「これを……割ったのか……」

「も、申し訳ございません! お手討ちになさるなら、どうかひと思いに」

「ぐっ……」


 彼は悩んだ。いや、彼女を手討ちにするかどうかということではない。そんなに大切な物なら、他の食器に重ねておかなければよかっただけのことである。


 実はエマが来る前は、あれも普通に食べ物を乗せて使っていた。そもそも国王がその座に()いた経緯を知っている彼は、贈り物をされてもあまり大層には感じていなかったのだ。だが彼女は違う。国王を畏怖(いふ)し、敬っている。だからそんな国王からの贈り物を自分が壊してしまったと思えば、死を覚悟しても当然と言えるだろう。


 ただ、それをどうやって説明すべきか。


「陛下には明日、登城した折に俺から謝っておく」

「そ、そんな! それでは旦那様が陛下からお(とが)めを受けることになってしまいます! でしたらどうか、どうかこの私を突き出して下さい!」

「そう言われてもな……」


 あの国王がどれ程高価な皿を割ったとしても、そんなに怒るとも思えない。せいぜい慌て者と笑われるのが関の山である。ましてこれでエマを手討ちになどしたら、そっちの方が咎められるに違いないのだ。だが、一平民であり城のメイドでもある彼女を納得させるのに、どのように話せばいいかまるで見当がつかない。彼の悩みはこれだった。


「ま、まああれだ。そんな大事な物をちゃんと飾っておかなかった俺にも責任がある」

「でも……」

「お前が気に病むことはない。それより腹が減った。早くメシの支度をしてくれ」

「旦那様はお優しいです」

「うん?」

「私はとんでもないことをしてしまったのに、まるでお怒りになりません」


 彼にとっては皿はただの食器だったのだ。怒るも怒らないもないだろう。


「そ、そんなことは……」


 だが、目の前のエマを心憎く思っていなかった彼には、ふと呟いた彼女の一言が何よりも嬉しくこそばゆかった。


「旦那様!」

「ふぁい!」


 だから意を決したように叫んだ彼女の声に、思わず変な返しをしてしまったのである。


「ふぁい?」

「いや、ちょっと欠伸(あくび)が出そうになっただけだ」

「そのようなことを……少しでも私に心配させないようにと……」


 違うが。


「旦那様、もし旦那様が陛下にお手討ちにされたら、迷わず私も後を追います!」

「いや、だからそんなことはないって……」

「一つお願いがございます」

「願い? 言ってみろ」

「私は……私は……」


 この後、世を(はかな)んだエマの言葉に、マツダイラは言葉を失ってしまうのだった。

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