第二十話 ここで腹をくくらなければ今生の別れ
「此度は其方らも災難であったな」
城の謁見の間には、一度は男子を養子に迎えながら子供を取り上げられた貴族の夫婦、七組十四人が跪いていた。
「国王陛下に申し上げます」
「許す。申してみよ」
「サダスケ……引き取った子供ですが、私たち夫婦には掛け替えのない存在となっております。聞けばすでに生みの親はこの世にないとか。であれば、是非ともこのままあの子を引き取らせては頂けないでしょうか」
名前を呼んでまで子供を引き取ることを懇願してきたのはこのコモリ男爵夫妻のみだったが、他も皆一様に同じ考えのようだった。だが前に家令のキミシマと話していた通り、俺は彼らが本当に子供が好きなのかどうか疑問を拭えないでいるのだ。だからこんな選択肢を与えてみることにした。
「余としても全部で十人もの赤子を孤児院に引き取らせるのは気が進まぬ」
「な、ならば私たちに……!」
「だがそれと子供たちの本当の幸せとは別の問題だ」
「ではどうせよと?」
「子供を返してやる代わりに爵位と、家屋敷を除く財産の八割を没収する。これは知らなかったこととは言え、結果的には悪事に加担することとなったお前たちへの罰だ」
「そんな、無体な!」
「それでも子供を欲するかと問うておるのだ。だが子供を諦めるのならカズサ屋に支払った金は返してやろう。無論爵位も財産もそのままだ」
「子供を諦めればお咎めはなし。更にその上支払った代金も戻ってくる、ですか……」
「そうだ」
「爵位と財産の八割も召し上げられては、たとえ子供を引き取っても育てられるかどうか……」
「それにそのようなことになれば、一族や他の貴族たちに示しが付きませんぞ」
貴族たちは誰からともなく互いに顔を突き合わせ、どうしたものかと考えている。
「言っておくがお前たちが引き取らなければ赤子は一度孤児院に預けることになる。だが、そこからの養子縁組は、王国が親としての適性を厳しく吟味することとなるであろう。まかり間違っても一度手放したお前たちが、再び彼らの親を名乗ることは出来ないと思え」
「ここで腹をくくらなければ今生の別れ、ということでございますね」
「そうだ」
「陛下は爵位と財産の八割を召し上げると仰せでございました。ですが家屋敷までは取り上げぬと……?」
「その通りだ」
「私は……私たち夫婦にはもう子供は出来ません。ですからサダスケが来てくれてどれだけ嬉しかったか……」
「そうです! 爵位も財産も、あのサダスケの笑った顔の前では何の意味も持ちません」
「陛下、私たち夫婦はサダスケを選びます! どうか、どうかサダスケを私たちの許に!」
「本当に、爵位も財産も差し出すのだな?」
「はい!」
夫婦は揃って、しっかりと俺の目を見据えてそう応えた。この夫婦なら赤子をしっかりと育ててくれるだろう。
「他に子供を引き取りたいと申す者はおらぬか?」
「……」
「ではコモリと申したな。お前たち夫婦だけここに残れ。他の者は下がってよい」
こうしてコモリ夫妻を残し、十二人の貴族たちは謁見の間から去っていった。
「さて、コモリ」
「はい」
「其方から爵位と財産を召し上げるわけだが」
「はい」
「余はそこに猶予を与えようと思う」
「はい……はい?」
「其方の言うサダスケを大切に育て、元服した暁には、その子に全てを継がせる書状を認めよ」
「あの……おっしゃられる意味が分からないのですが……」
「余はお前から爵位と財産を召し上げると申した。だがそれがいずれ息子に継がれると分かっていれば、簡単に取り上げるわけにもいかんだろう?」
「へ、陛下!」
「毎月一日に、子供を連れて夫婦で登城せよ。余に会わずともよい。これでも忙しい身なのでな。だがそこの家令、キミシマに様子を伝えるのだ」
ダイゼンが一歩前に出て腰を折る。
「で、では陛下は最初からそのおつもりで……!」
「子供はいいぞ、コモリ。大切に育ててやれよ」
「は、ははっ!」
こうしてコモリ男爵は、晴れてサダスケを連れて帰っていった。その折、涙を浮かべながら何度も城に向かって頭を下げていた姿を、俺は生涯忘れないだろう。
ただ、このことを知った他の六組の貴族たちが黙っているはずはない。当然抗議にやってきたが、俺はコモリ男爵の言葉を借りて追い返してやった。その言葉とは――
「ここで腹をくくらなければ今生の別れ」
更に彼らは国王の命に異を唱えたとして、カズサ屋に支払った代金も受け取れないこととなったのである。
「見事なお裁きと存じます」
傍らのダイゼンの言葉に、俺は満足して玉座に深く身を委ねるのだった。




