プロローグ
第二部はここからスタートです(^o^)
「また孤児ですか?」
「ああ、アンタならちゃんと育ててくれそうだからな。これはいつもの手当てだ」
粗末な着衣の女の許に男が運んできたのは、まだ一歳にも満たない乳呑み児だった。
「それにしてもこんなに男の子ばかり……」
「余計なことは考えるんじゃねえ。里親が見つかったら迎えにくる。それまで大事に育ててくれよ」
女の名はヒョウドウ・ナミエ。まもなく四十になろうという独身である。しかし今、彼女の住む家には三人の乳呑み児がいた。
そこは城下の西の外れにあるタロウ長屋の一室である。この長屋には現在ナミエと彼女の同居人の他に住人はなく、赤ん坊が夜泣きをしても文句を言ってくる者は一人もいなかった。
「ナミエさん、またですか?」
「ええ、そうなの」
彼女の同居人は名をおキネといい、こちらは二十歳を少し過ぎたほどの若い女性だった。ただし二人とも世間からはひどい醜女と見られ、そのせいでまともに仕事にもありつけなかったのである。
「この国の王妃様は一人を除いて皆、私たちと同じような醜女だと聞くのに、どうして世間様は私たちにこんなにも冷たいのでしょう」
「おキネちゃん、そんなこと言っても仕方ないじゃないの。とりあえず私たちはこの子たちの面倒を見てれば、親分さんからちゃんとお手当てが貰えるんだからマシな方よ」
二人に手渡される手当ては、それなりのまとまった金額だった。女二人と乳呑み児数人なら、多少の贅沢をしても十分にやっていける金額だったのである。
「でもナミエさん、次から次へとこうして赤ん坊が運び込まれては里親に引き取られる。何か変だと思いませんか?」
「余計な詮索はするな。それが親分さんの命令よ。それさえ守っていれば私たちはちゃんと生きていけるんだから」
「でも何か嫌な予感がして……私、目安箱に投書してみようかと思うんだけど」
「ば、馬鹿なこと考えないで! そんなことが親分さんに知れたら……」
「知れたら?」
「殺されるわよ」
心の奥底ではナミエも自分たちのやっていることが悪事への加担だということは薄々勘づいていた。しかし彼女たちが生きていくには、たとえ非合法であっても現在の収入に頼らざるを得ないのである。
ちなみに目安箱とは、この国の国王が領民の声なき声を聞くために設置した、投書を受け付ける箱である。城門の近くに設置されていて、匿名でも投書が可能な領民の最後の砦と言えるものだ。無論投書するのに身分は関係ないとされていた。
「でも、このままだと私たちまで獄門台送りよ。そんなのごめんだわ。やっぱり私、明日にでも目安箱に投書してくる!」
「おキネちゃん……」
その翌日、おキネの死体が河原に浮かんでいるのが発見された。死因は刀または脇差しで胸をひと突き、即死だったという。
「その者に身寄りは?」
「はい。今のところそれらしき人物は見つかっておりません」
家令のキミシマ・ダイゼンが、城の執務室で報告書を片手に俺に事の次第を告げてきた。城下では醜女として誰に見向きもされずに死んでいった若い娘。しかし俺には彼女が殺された理由に不信感を抱かずにはいられなかったのである。
「目明かしのコウタと申す者からの報告では、物盗りか暴行を目的としたものであろうと……」
「ダイゼン、其方はどう思う?」
「忌憚のないところを申し上げてもよいでしょうか」
「構わん。率直に申せ」
「では。まず暴行の線は限りなく薄いかと存じます」
「根拠は?」
「所見によると殺されたおキネと申す娘はかなりの醜女とのこと。わざわざ殺してまで危害を加えるとは思えません」
醜女と見られる女たちには申し訳ないと思うが、これには俺も同意見である。
「それと物盗りの線でございますが、おキネは名のある商家の娘というわけでもございません。何より着ている物が粗末でした。よってこちらも薄いのではないかと存じます」
「うむ。それで結論は?」
「口封じかと」
ダイゼンという男、なかなか切れ者のようだと思った。俺は日本で生きていた頃、とにかく推理小説は嫌というほど読みあさった記憶がある。その俺と同意見なのだ。これは今後もかなり期待出来るだろう。
「その線で調査を致せ。わずかな見落としも許さん」
「御意!」
そう言って執務室を出ていく彼の後ろ姿を見送りながら、俺は背後にふと気配を感じて振り返った。
「陛下、よいご配下をお持ちになりましたわね」
そこには俺の肩に手を置き、優しく微笑むウイちゃんの姿があった。




