第十七話 我がミヤモト剣術の恥となりますので
俺がマツダイラ閣下たちの姿を見つけた時、辺りには血の匂いが充満していた。そして何人かの死体が無造作に横たわっていたのである。
「あれは……トウジョウ子爵……」
キュウゾウ親分が呟くのと同時に、警備隊員が子爵の手下と思われる男に斬りかかった。しかしその刀は二本の脇差しで躱され、そのまま隊員の喉と腹に突き立てられる。
「ユキ、アカネ!」
「はい!」
二人の妻に声をかけると、俺たちは急いで彼らの許に駆け出した。当然キュウゾウも後についてくる。
「キュウゾウ親分、子爵は二人に任せて手下の方を頼めるか」
「あ、ああ」
「お前の信望するスケサブロウ殿もいるぞ。いいところを見せてやれ」
「分かった!」
どう見ても情勢は不利だった。こちらはマツダイラ閣下とスケサブロウ君、それに警備隊員が一人残っているだけである。対して相手はトウジョウ子爵と手下がまだ五人もいるようだ。しかし子爵はその手下共を後ろに下がらせ、自らマツダイラ閣下の前に立つスケサブロウ君との間合いをゆっくりと詰めていた。
「待て!」
「陛下!」
「陛下?」
俺の声に気づいた閣下の言葉に、キュウゾウ親分が立ち止まってこちらを見る。それと同時にユキたんとアカネさんがスケサブロウ君と横並びになって、子爵を睨みつけた。
「貴方がトウジョウ子爵ですね?」
「左様ですが、お嬢さんたちはどなたですか?」
「控えよ、トウジョウ卿! こちらはタケダ・イチノジョウ国王陛下、そして其方の前に御座すは王国第一王妃ユキ殿下と、第二王妃アカネ殿下にあらせられるぞ!」
「こ、コムロの旦那が国王陛下……?」
「何と!」
「刀を収めて跪け!」
だが、マツダイラ閣下の怒声にも、トウジョウ子爵は刀を構えたままだ。
「私たちに刀を向けたままなのは、反逆罪を覚悟してのことですか?」
刀を抜きながらのユキたんの言葉に、アカネさんもゆっくりと刀を抜く。
「生憎、私は国王陛下と王妃殿下のお顔を存じ上げておりませんのでね。それに王族であるお三方がこんなところにおられるというのは信じ難い」
「無礼者!」
「それでも、お三方が国王陛下と王妃殿下とおっしゃられるなら、どうぞこの場からお引き取り下さい」
「どういう意味ですか?」
「ここにいると命の保証が出来ないからです」
「そうですか」
やれやれ、といった表情でユキたんがこちらに顔を向ける。
「陛下、いかがなさいますか?」
「キュウゾウ親分、トウジョウ子爵の生け捕りは諦めてくれるか?」
「コムロの旦……こ、国王陛下! さっきも話したじゃねえ……じゃないですか。子爵はかなりの使い手だって……」
「二人なら大丈夫だ。それより、諦めてくれるな?」
「へ? そ、そりゃあもう、国王陛下のお言いつけですから」
「ユキ、アカネ、子爵は反逆罪だ。構わん、斬れ」
「おやおや、黙って聞いていれば勝手なことを。いいですか、私は忠告しましたからね!」
言い終わるか終わらないかのうちに、トウジョウ子爵はユキたんに斬りかかろうと踏み込んだ。ところが次の瞬間、彼は大きく一歩退く。その後退のお陰で、彼女の下段から振り上げられた刀が空を切っていた。
「そ、その刀は……」
「よく退きましたね。その通り、これは魔法刀です」
「魔法刀……」
「一つ聞かせて下さい」
そこに割り込んだのはアカネさんである。
「貴方の剣がミヤモト・ヤマトと互角だったというのは本当ですか?」
「ミヤモト……ああ、剣豪として名高いヤマト殿ですか。本当ですよ。試合での対戦成績は五分と五分、いや、私の方が一勝多かったかな」
「そうですか。ユキ殿、この者は私に斬らせて頂けますか?」
「構いませんが、どうしてです?」
「父の名を汚したからです」
「父?」
子爵が怪訝な顔でアカネさんを見る。
「私の家名はミヤモト。ヤマトは我が父です。そして父は生涯無敗です」
「な! まさか二刀流の!」
「貴方ごときに我がミヤモト剣術の奥義を使う必要などありません」
「こ、小癪な!」
トウジョウはアカネさんに向かって一歩飛んだ。刹那、着地の瞬間に地を蹴って体を横に滑らせる。それと同時にアカネさんの胴目がけて、刀を横一文字に振った。
「ぐっ……」
しかし、刀を持った彼の両腕は振り抜かれることはなく、切っ先がアカネさんの腹に届く前に切り落とされていたのである。子爵は苦悶の表情を浮かべて膝をついた。
「あの世で父に対する侮辱を詫びて下さい」
彼女は冷たくそう言うと、トウジョウの首に刀を振り下ろす。それを見て呆然と立ち尽くす手下たちは脇差しを落とし、縄を打つキュウゾウのなすがままにされていた。
「アカネ、二刀流を使わなかったのだな」
「この子爵が父と刀を交わしたという話は全くの妄言。そのような者に奥義を使うなど、我がミヤモト剣術の恥となりますので」
俺は逆にアカネさんが、奥義で格の違いを見せつけるものだと思っていたので、この応えには少し驚いた。もっとも彼女は二刀流を使わなくても十分に強い。そのことを改めて認識させられた出来事だった。




