第十六話 騎兵隊長は私が引き継ぎますのでご安心下さい
「マツダイラ閣下、お初にお目にかかります」
「トウジョウ卿、我らがここに来た意味がお分かりか?」
物陰に隠れて子爵の屋敷を見張っていたマツダイラたち総勢五名は、突然背後に現れたトウジョウ一味に虚を突かれた。
「はて、私には何のことやら」
「それならば何故こちらの倍ほどの人数で、しかも背後からやってきた?」
「これは異な事を。この一帯は私の土地。どこを何人で散歩しようと閣下からお咎めを受ける謂われはございませんぞ」
「ほう。方々は全員脇差しに手を掛けておいでだが、それが貴殿の散歩の流儀と申されるか」
「騎兵隊の隊長閣下と複数の警備隊の姿を見れば、何かあったのかと警戒するのも無理はないとは思いませんか?」
「つまらぬ問答は止めにしよう。トウジョウ・モンザエモン、其方には赤子拐かし並びに殺人の容疑がかけられている。大人しく同道し、詮議を受けられるがよかろう」
「はて、この身には全く覚えなきこと。拒否致しますと申し上げれば何とされますかな?」
「致し方あるまい。力尽くで連行するまでだ」
「ならばこちらもお手向かい致しますぞ。者ども!」
子爵の一言で十人程の手下たちが一斉に脇差しを抜いた。それを見たマツダイラたちも刀を抜く。
「この者たちが脇差ししか持たぬからと言って甘く見ない方がいいですよ。全員私の門下生ですから」
「門下生?」
「我がトウジョウ一刀流は小太刀術も積極的に研鑽しておりましてね。ご覧の通り皆両手に脇差しを構えている。脇差し一本では太刀相手に分が悪いが、二本だとどうなりますかな」
「問答無用!」
その時一人の若い警備隊員が、目の前の敵に上段から斬りかかった。
「待てっ! 早まるな!」
スケサブロウが隊員に向かって叫んだが、すでに切っ先は振り下ろされていた。対して手下の男は脇差しを交差させてそれを受け、そのまま跳ね返してから一瞬で警備隊員の喉を掻き切っていた。
「ぐあっ!」
「貴様!」
別の警備隊員が前に出て仇を取ろうとするのを、スケサブロウが腕で制する。
「モヘジ! 何故警備隊員殿を殺した!」
「すみません、手元が狂いまして。殺すつもりはありませんでした」
モヘジと呼ばれた手下は悪びれもせず、半笑いを浮かべながら言葉だけは子爵に詫びていた。
「マツダイラ閣下、これは不幸な事故と言わざるを得ません。お悔やみ申し上げます。もっとも先に斬りかかってきたのは警備隊員殿ですから、モヘジは正当防衛ということでよろしいですかな?」
トウジョウの言葉を聞いたスケサブロウが、ゆっくりとモヘジの前に歩み出る。そして彼は眉一つ動かすことなく、手にした刀を下段から振り上げた。
「あっ!」
辺りにおびただしい鮮血が飛び散ると共に、モヘジの脇差しを握ったままの両腕がその場に落ちる。腕は水揚げされた魚のようにしばらく痙攣していた。
「い、痛え!」
「喚くな、すぐに楽にしてやる」
スケサブロウはそう言うと、返す刀でモヘジの首を落とす。この間、誰一人として身動き出来る者はいなかった。
「貴様、名を名乗れ」
「アツミ・スケサブロウ。騎兵隊の剣術指南役です、子爵閣下」
静かな、しかし怒りを込めたトウジョウ子爵の問いに、彼は事務的な口調で応える。
「何故モヘジの首を刎ねた?」
「この者が私に刃を向けておりましたので。脇差しを払うだけのつもりでしたが手元が狂いました」
「そんな言い訳が通用すると思っているのか!」
「お言葉、そっくりお返し致しましょう」
直後、スケサブロウは更に四人ほどの手下を一瞬で斬り、子爵との間合いまであと一歩のところで立ち止まった。
「閣下、どうぞ我々にご同道下さい」
「よく踏み止まったな。あと一歩進んでいれば二度とこの世の景色を見ることは叶わなかったぞ」
子爵のその言葉通り、スケサブロウはすんでの所で足を止めたのである。しかし、そのお陰で残りの手下たちに取り囲まれてしまう。彼の額には汗が浮かんでいた。
「よせ、お前たちが束になっても敵う相手ではない」
ところがそんな手下たちを子爵自らが手を振って制した。
「アツミ殿と言ったな。警備隊員一人に対し、貴様が殺したのは私の大事な門下生五人。割に合わんと思わぬか?」
「私一人に大勢が脇差しを向けていた。閣下も先ほどおっしゃられましたが、これは正当防衛ですよ」
「ほほう」
子爵がニヤリと笑った次の瞬間、スケサブロウは大きくその場から後方に飛び退いていた。
「なっ!」
「よくぞ躱したな」
だが、スケサブロウの頬からは一筋の血が垂れている。
「何のおつもりか!」
「アツミ殿は貴族の私に刃を向けた。よって無礼討ちにしようとしたまでのこと」
「待たれよ、トウジョウ卿! 私がいる前で勝手な無礼討ちは許さぬぞ!」
トウジョウ子爵に対しマツダイラは伯爵、つまり爵位が上である。そのような場合の無礼討ちは、上位者の許可が必要なのだ。
「ご安心を、マツダイラ閣下。あなたが死んでしまえば何とでも言い訳出来ますので」
「おのれ!」
とうとう叛意を露わにした子爵に、マツダイラは怒りの形相で刀を構えた。それを見たスケサブロウが更に後方に飛んで、彼の斜め前で子爵に対峙する。
「隊長閣下、奴の切っ先が見えませんでした」
「俺もだ。ここは二人がかりで行くぞ」
「はっ!」
「お前たちは手下共を何としてでも抑えろ!」
「ははっ!」
残った二人の警備隊員にマツダイラが指示を出す。だが、この闘いはどう見ても彼らに分が悪かった。
「マツダイラ伯爵閣下は我が土地に来てご乱心! 伴の警備隊員たちを斬ったが、最後は私が仕留めた。このような筋書きでいかがですか?」
「き、貴様!」
「国王陛下にはそのように言上致しましょう。マツダイラ閣下、騎兵隊長は私が引き継ぎますのでご安心下さい」
トウジョウ子爵は口元に薄笑いを浮かべ、ゆっくりと二人の方へ歩みを進めるのだった。




