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第十五話 汚名を返上したくはないのか?

「あれから七日も経つのにまだ何も言ってこないのか?」

「はい、確かにあの時イエモンは二、三日と言ったのですが……」


 マツダイラ閣下はこのところ毎日のように、帰宅すると家政婦を任せているエマにつなぎが来なかったかと尋ねているそうだ。それに対して未だに(かんば)しい応えは返ってきていないという。


「おかしいな。まさかこちらの動きに勘づいたということはないだろうな」

「シラヌイ組への出入りは厳重に見張っておりますので、探りを入れたようなことがあればすぐに報せがくるはずですが」


「陛下、よろしいでしょうか」


 執務室で俺とマツダイラ閣下が話していたところにやってきたのは、家令(かれい)のキミシマ・ダイゼンだった。


「ダイゼン、何か掴めたか?」

「はい、例のコウタという名の目明かしですが」


 コウタとはおキネという娘が他殺体で発見された時、物盗りか暴行が目的の殺人だろうと報告してきた目明かしだ。


「コウタがどうかしたのか?」

「彼にはただ今陛下がご懇意にされておいでのキュウゾウという目明かしに、父親を捕縛された過去がございました」

「誠か!」


 だがおかしい。父親が犯罪者なら、コウタは目明かしにはなれないはずだ。


「父親が捕縛される前に、母親が彼を連れて離縁した(よし)にございます」

「なるほど。それで犯罪者の血縁ではないと判断されたわけですな」


 マツダイラ閣下も俺と同じ疑問を抱いていたようだが、ダイゼンの補足で納得したらしい。


「ということは、コウタはキュウゾウを恨んでいてもおかしくないということか」

「仰せの通りにございます。現にコウタは、城下でキュウゾウの悪口(あっく)を吹聴していた形跡もございました」

「キュウゾウの悪口?」

「証拠もないのに無実の人を拷問で責め立てるなどと」


 どこかで聞いた話だ。しかしもしそれが本当なら、彼の雇い主とも言えるスケサブロウ君が放っておくはずはないだろう。


「コウタの雇い主は誰だ?」

「トウジョウ・モンザエモン子爵閣下にございます」

「ということは、そのトウジョウとか申す子爵が黒幕と考えられるな」


 目明かしコウタはうまく立ち回ったつもりだろうが、余計な動きをしてくれたお陰で期せずして黒幕にたどり着くことが出来たというわけだ。


「ユキとアカネを呼んでくれ」

「かしこまりました」


 これは早くキュウゾウに知らせてやらなければなるまい。そう思った俺は控えていたメイドさんに、二人を呼ぶように命じた。


「私はいかが致しましょう」

「スケサブロウと警備隊を何人か連れて、トウジョウを逃がさないように屋敷近くに潜んでいてくれ」

「御意」


 それから程なくして俺は二人の妻を伴い、まずはキュウゾウのいるヒガシ町の番屋へ向かった。




「キュウゾウ親分はいるかい?」


 番屋の引き戸を開けて中に入ると、明らかに苛立っているキュウゾウが貧乏揺すりをしていた。


「コムロの旦那か。畜生、やられたぜ!」

「どうした、何があったんだ?」

「目明かしのコウタだ。あの野郎、カズサ屋と組んでいやがった」

「コウタ?」


 ここはひとまず知らん顔で親分の話を聞いてみることにしよう。


「そのコウタが何をしたんだ?」

「こっちの情報を流していたのさ。シラヌイ組が捕まったことも知られちまっている」

「ほう。だが何故そのコウタはシラヌイ組のことを知っていたんだ?」

「俺が話しちまったんだ。アイツ、自分も捜査に協力したいなんて言いやがるから……」


 言いながら親分はこれでもかと言うほど自分の拳を強く握りしめていた。


「せっかく旦那が貴族様まで立ててくれたのによ……ちきしょう!」

「親分、そんなに悔しがるな。騙されたものは仕方ない」

「だがよぉ、旦那……」

「それよりコウタがカズサ屋に情報を漏らしたのは確実なのか?」

「あ? ああ、そいつは間違いねえ。俺がこの耳で奴らの話を聞いたんだからな」

「それなのによく踏み込まなかったな」


 キュウゾウの性格からすると珍しいこともあるものだ。そんな場面に出くわしたら後先考えずに飛び込んでいきそうなものなのに。


()()づいちまったんだよ」

「怖じ気づいた?」

「その場にトウジョウ・モンザエモンって子爵がいやがったのさ」

「なに、トウジョウだと?」

「コムロの旦那、トウジョウ子爵を知ってるのかい?」

「あ、いや、名前だけだが……」

「そうかい、奴はヤベえ。遠い昔の話になるが、あの最強の剣豪と言われたミヤモト・ヤマトと互角に渡り合ったって強者だ」


 それは初耳だ。ヤマトの娘であるアカネさんは知っているのだろうか。そう思って彼女を振り返ってみたが、首を横に振ったのでやはり知らないようである。


「実際奴の太刀(たち)(さば)きを見たことがあるが、尋常じゃねえ速さだった。切っ先が見えねえんだ」

「スケサブロウ殿にはそのことを伝えたのか?」

「つ、伝えられるわけがねえだろ! 俺は恐れを成して逃げ帰ってきちまったんだぜ。第一トウジョウ子爵が相手じゃいくら腕の立つスケサブロウ様だって……」


 確かにキュウゾウの話が本当だとすれば、恐らく子爵に太刀打ち出来るのはアカネさんくらいしかいないだろう。だが当の二刀流の使い手だったミヤモト・ヤマトの娘、アカネさんはそのことを知らない。となると、話自体が眉唾(まゆつば)ものである。


「アカネ、やれるか?」


 俺の問いに、彼女は黙って頷く。


「キュウゾウ親分、支度しろ」

「え?」

「そのトウジョウ子爵を捕らえに行くぞ」

「ま、待ってくれ、コムロの旦那。今話したばかりじゃねえか」

「怖じ気づいたって汚名を返上したくはないのか?」

「そ、そりゃ俺だって……」

「なら早くしろ。じゃないと見す見す奴らを捕り逃がすことになるぞ」

「旦那……アンタ一体……?」

「言ったはずだ。俺は貧乏貴族の次男坊だとな」


 だが、その時の俺はまだ知らなかった。すでにマツダイラ閣下たちがトウジョウ子爵一味と交戦状態に入っていたということを。

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