第十三話 お話が見えないのですが……
「金持ち貴族は金で何でも買えると思ってるからな。いくら吹っ掛けてもガキが欲しけりゃ金を出すもんなのさ」
ギンノスケは若い夫婦から子供を奪った後、ほとんどを殺したと言う。だがそれは自分の一存ではなく、依頼主がそうしろと言ったからだそうだ。
「その依頼主とは誰だ?」
「知らねえよ。いつもつなぎが来て前金で金を払っていくんだ」
「ギンノスケ、てめえ隠しやがると容赦しねえぞ」
「キュウゾウ親分さんよ、ここまで喋ったんだぜ。俺だって獄門送りだってことくらい分かってる。この期に及んで隠し立てなんてするもんか」
「ではギンノスケ、子供を買った貴族に心当たりはあるか?」
「それも知らねえ。俺たちはナミエにガキ預けて、買い手が付いたってつなぎが来たらソイツに渡すだけだからな」
俺の問いに彼はそう応えたが、その後すぐに眉をひそめる。
「何か思い出したのか?」
「いや、確証はねえんだが、赤ん坊連れた貴族の夫婦が口入れ屋のカズサ屋に入っていくのを見たな」
「その赤ん坊に見覚えがあったと言うのか?」
「そうじゃねえよ。だいたい赤ん坊なんて俺には皆一緒に見えちまうからな」
「なら単に仕事のことで行っただけとも考えられるな」
「わざわざ赤ん坊連れて夫婦でか?」
なるほど、確かに彼の言うことには一理ある。仕事を頼むにしても探すにしても夫婦で行く必要などないし、仮にその必要があったとしても赤ん坊まで一緒に行く道理がない。仕事の話をするのに途中で泣かれたりしたら困るからだ。
「と言うことは礼にでも行ったか……」
「コムロの旦那、金持ちの貴族に知り合いはいねえかい?」
「ん? 俺もそこそこ持ってるぞ」
「いや、アンタじゃダメだ。カズサ屋に面が割れちまってるからな」
キュウゾウは、この話だけでは証拠がないためカズサ屋に惚けられたらお終いだと言う。だから金持ち貴族がカズサ屋に子供を買いたいと持ちかけ、動かぬ証拠を押さえたいのだそうだ。
「なるほど。ならば打ってつけの知り合いがいるぞ」
俺は親分にニヤリと笑いかけた。
キュウゾウはギンノスケ一味を連行するにしても、ナミエや子供たちを救出するにしても、とにかく人手が足りないと言う。そのため一人を人集めに向かわせて、親分ともう一人で彼らを見張るそうだ。それを聞いた俺は翌日にも件の打ってつけの人物に話を付けて、番屋に向かうと伝えて彼らと別れたのだった。
「陛下!」
「マツダイラ、屋敷まで押しかけてきて済まんな」
翌日、ユキたんは公務で城から出られなかったので、前日同様にアカネさんとスズネさんを連れて、俺はマツダイラ閣下の屋敷を訪れていた。国王の突然の訪問に、閣下に付いて玄関まで出てきたエマがガタガタと震え出す。そして慌ててその場に平伏す彼女を見た俺は思わず苦笑いしてしまった。
「トウノ・エマと申したな。ユキから話は聞いている。面を上げよ」
「は、はは、はい!」
勢いよく顔を上げた彼女だったが、やはり恐れているのか表情は青ざめていた。
「マツダイラ、今日は頼みがあってな。上がらせてもらうがいいか?」
「あ、あの、では私は外に……」
「いや、エマ、お前にも関係があるから同席致せ」
「わ、私……私が何かしてしまったのでしょうか……?」
「そうではない」
ところが彼女は俺の後ろに付いていたアカネさんとスズネさんに気付いて、再びその場に平伏した。
「お、王妃殿下!」
「エマさん、私たちを中に案内してくれませんか?」
「はっ! はい!」
さすがのアカネさんも苦笑いだ。スズネさんはクスクスと笑っている。
「エマ殿、陛下と殿下を奥にお通ししなさい」
「は、はい。旦那様!」
「ん? 旦那様?」
「まあ!」
「か、からかわんで下さい」
強面のマツダイラ閣下が何だか照れているように見える。これはちょっと面白いぞ。
それから応接室に通された俺たちは、閣下とエマの二人と向かい合わせに座った。昨夜から共に過ごしている二人の様子にも興味があったが、まずは用件から伝える。
「と言うわけだ」
「なるほど、すると陛下は誰か金持ちの貴族夫婦を紹介せよ、と仰せなのですね?」
「うん?」
「いえ、あのカズサ屋に揺さぶりをかけるのですよね?」
「そうだが、別に紹介してくれとは頼んでおらんぞ」
「は?」
「目の前にいるではないか」
「あの、陛下、お話が見えないのですが……」
「察しが悪い奴だな。夫婦役はお前とそこのエマがやるのだ」
俺の言葉に、目の前の二人が目をまん丸く見開いたまま動かなくなってしまったのは言うまでもないだろう。




