第十二話 耳なんかどうだ?
「観念しやがれ、シラヌイの!」
すでにシラヌイ組の親分を護るのは、最初にこの場所にやってきた時に出くわした四人の男たちだけだった。しかもそのうちの一人はスズネさんの苦無で手を負傷しているのである。しかしあれ、さっきまで四人だったはずなのに一人いなくなってるぞ。
「動くな!」
その時、俺たちの背後から男の叫び声と赤ん坊の泣き声が同時に聞こえてきた。見ると男は片手に赤ん坊を抱え、ナミエと名乗った女性を盾にして彼女の喉元に脇差しを当てている。あれではスズネさんも苦無は投げられない。
「この女と子供の命を助けたかったら武器を捨てやがれ!」
「よ、よくやったぞ!」
その光景にギンノスケが不敵な笑みを浮かべる。
「くっ!」
「ご主人さま、言う通りにしましょう。私に考えがあります」
「アカネ?」
アカネさんはそう言うと、持っていた刀を地に投げ捨てた。スズネさんも彼女に倣って苦無を手から放す。
「お、おい!」
「親分、言う通りにしよう。お前たちも脇差しを捨てろ」
「し、しかし……」
「早くしろ! 女と子供を殺すぞ!」
「そんなことをしてみろ! お前たちも生きては帰れないぞ!」
「だが親分さんよ、アンタたちが戦ってる間に俺はここにいる子供を皆殺しにしちまうぜ」
「親分、言う通りにするんだ」
「クソっ! おいお前たち、武器を捨てろ」
「へ、へい……」
俺たち全員が武器を手放したのを見計らって、背後の男は泣き叫ぶ赤ん坊を抱きかかえたままナミエを引きずって長屋から出てきた。そしてギンノスケの前に、彼を護るようにして立つ。
「なんだあ、ブス!」
そこへアカネさんがゆっくりと歩みを進めた。
「赤ちゃんを返して下さい。泣いてるではありませんか」
「ガキを返せだと? 寝言を抜かしてんじゃねえよ!」
「そんな抱き方では赤ちゃんが苦しそうです」
「う……」
「おい、ガキをナミエに渡せ。うるさくて仕方ねえ」
ギンノスケの言葉に、彼は赤ん坊をナミエに差し出した。無論、喉元に脇差しを突きつけたままである。
「妙な真似するんじゃねえぞ。ガキを黙らせろ」
「は、はい……」
ナミエは男から赤ん坊を受け取ると、まるで母親がするようにあやしはじめた。それで赤ん坊は安心したのかすぐに泣きやむ。見事なものだ。
「さてキュウゾウ親分さん、どうやら立場が逆転しちまったようだな」
「貴様……!」
「色男の兄さん、アンタはどうする? 俺のところに来るなら、そんなブサイク女なんか相手にしなくても、もっといい女と毎日気持ちいい思いして暮らしていけるぜ」
それなら俺はすでに毎日気持ちいい思いをして暮らしているから間に合ってる。とはさすがに言えないけどね。
「さて、どうするかな」
「考えるこたぁねえだろ。それとも皆と仲良くあの世に行きてえってのかい?」
「あの世にか。それはまだ早いな。アカネ、そろそろどうだ?」
「そうですね、ギンノスケという人は殺してはいけないんですね?」
「ああ、そうだ」
「おいブス! てめえ何言って……」
アカネさんは腰の鞘をポンと叩きながら大きく一歩踏み込んだ。そしてナミエに脇差しを突きつけていた男の背後に回り込むと、上下が入れ替わった鞘から仕込み刀を抜いて袈裟懸けに一太刀。
「ぐあっ!」
男が悲鳴を上げてのけぞるのを見た俺は、すかさず赤ん坊ごとナミエを引き寄せ、そのまま彼女をキュウゾウ親分に預けた。
「し、仕込み刀だと……! き、汚えぞブス!」
「さっきから私たちのことをブスブスと失礼ですね!」
「本当、許せません」
スズネさんはアカネさんの言葉を受けながら、捨てた苦無を拾って俺の前に立つ。
「そもそも人質を取るような人たちに汚いなどと言われる覚えはありません!」
「さてシラヌイ組ギンノスケ、残ったのはお前と子分三人となったわけだが……」
俺はアカネさんが捨てた刀を拾い、彼女に手渡すため前に出た。当然その歩調に合わせてスズネさんも付いてきてくれる。
「赤ん坊たちとナミエについて聞かせてもらおうか」
「な、何を言ってやがる! てめえに話す謂われはねえ!」
「そうか。アカネ、ギンノスケが話す気になるようにしてくれるか?」
「はい、ご主人さま」
アカネさんは俺から刀を受け取ると、仕込み刀の方を鞘に収めた。だが次の瞬間、ギンノスケが右手を押さえて悲鳴を上げる。
「ぎゃあ!」
彼の右手からぼたぼたと血が流れ、その下には斬り落とされた小指が転がっていた。それを見た子分たちの顔から血の気が失せる。彼らにはアカネさんがいつギンノスケの指を斬ったのかが見えなかったのだろう。俺も見えなかったけどね。
「ギンノスケ、指だけでよかったな。アカネ、次は腕にするか? それとも足にするか?」
「ご主人さまはどこがいいですか?」
「耳なんかどうだ?」
「ひ、ひいっ! ま、待ってくれ、喋る! 喋るから!」
「なんだ、もう少し粘ると思ったんだが。まあいい、では聞かせてもらおうか」
ギンノスケは一呼吸置いてから、自分たちとナミエや赤ん坊たちについて白状を始めるのだった。




