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第十一話 姉さんたちは一体……

「ぐぁっ!」


 その時悲鳴を上げたのはキュウゾウ親分ではなく、彼を刺そうとした男の方だった。男の手の甲には、スズネさんが投げた苦無(くない)が突き刺さっていたのである。


 親分は男が落とした脇差しを蹴り飛ばすと、鳩尾(みぞおち)を殴られて前のめりになった最初の相手の後頭部を両手で押さえつけ、顔面に思い切り膝を打ち込む。続いて背後で突き刺さった苦無を抜こうとしていた男に回し蹴りを喰らわしていた。見事な戦いっぷりである。彼の手下二人もそれぞれ、難なく男たちを取り押さえていた。


「親分、見事だな」

「いや、危なかった。そっちの姉さんには感謝だな。ありがとよ」

「いえ」


 それから彼は手下が捕らえた男たちの鳩尾にも膝蹴りを入れて、動けなくしてから縄を打たせる。そして彼らを長屋の柱に縛り付けると、赤ん坊の声がした方へと向かった。


「確かこの辺りだったよな」

「そうだな」


 後についていった俺たちと共に、親分は一軒の入り口の前で立ち止まった。戸はしっかりと閉じられ、外からでは中の様子を窺い知ることは出来ないようだ。


「誰かいるのか?」

「ぶー」

「こ、こら、静かに!」


 どうやらこの部屋に間違いないらしい。赤ん坊の声と息を殺したような女の声が聞こえたからだ。


 俺と親分は互いに肯き合うと、二人で力任せに引き戸を開く。するとそこには数人の赤ん坊と女が一人、怯えたような表情でこちらを見ていた。


「女、俺は目明(めあ)かしのキュウゾウってモンだ。名を名乗れ」

「ナミエ……ヒョウドウ・ナミエと申します」

「この赤ん坊たちはアンタの子かい?」

「あの……」

「違うよな? だいたいこの長屋には住人は一人もいないことになってるんだぜ」

「わ、私はただ……」

「話は番屋で聞く。ついてきな。コムロの旦那、すまねえが人を寄こすから、それまで赤ん坊の()りを頼まれてくれ」

「分かった」

「こ、困ります! それでは私が親分さんに……」

「俺がどうしたって?」

「いえ、キュウゾウ親分さんではなく、私の……」


 そこで俺は何となく事情を理解した。このナミエという女性は誰かに命じられて赤ん坊たちの面倒を見ていたのだろう。その命じた誰かが、彼女が口にした親分ということだ。


「ナミエと言ったな。後は俺が何とかしよう。お前はキュウゾウ親分について番屋に行け」

「でも……」

「ヒコザさん!」


 その時スズネさんが俺の耳元で囁いた。彼女が目で合図をした先を見ると、こちらにやってくる数人の男の姿があった。


「親分、真打ちが登場のようだぞ」

「うん?」


 キュウゾウが俺の指差した方に目をやると、総勢十人ほどの男たちによって外が囲まれている状態になっていた。彼らの中には先ほど親分が縛り上げた四人もいる。


「困りますなあ、キュウゾウ親分。勝手に上がり込まれちゃ」

「誰だ、てめえは?」

「シラヌイ組のギンノスケってモンですがね」

「シラヌイ組? するってえと貴様が悪党の大将か」

「悪党とは人聞きの悪い。親分こそ、怪しいと睨んだら証拠がなくても随分とキツい責めをなさると聞いてますぜ」

「ふん! 証拠なんぞなくとも俺の目に狂いはねえのさ」

「ところでそちらの色男とブサイク女の二人は誰です?」

「親分、あの女です! あっしに苦無を投げつけやがったのは!」


 スズネさんにやられた男が自分の手を押さえながらギンノスケに訴えた。布きれが巻かれているが、応急処置にしても粗末なものだ。


 ところでシラヌイ組の親分はアカネさんとスズネさんのことをブサイク女なんて言いやがった。これは捨て置くわけにはいかない。二人もかなりムカついているようである。


「おう、シラヌイの! 説明してもらおうか。この女と赤ん坊たちはてめえの何なんだ?」

「そんなこと聞いてどうするんです?」

「何だと!」

「ここには誰も住んじゃいない。親分さんもご存じでしょう?」

「言ってる意味が分からねえぞ」

「早い話が、親分さんたちはここで死ぬということですよ。ああ、そこの色男さんは金になりそうだから、大人しくしてるなら命は取りませんよ」

「何だとてめえ!」


 そこでキュウゾウと手下の二人が部屋から彼らの前に躍り出る。だがこの人数差はさすがに分が悪い。いくら親分が手練(てだ)れでも、これだけの男たちを相手に勝ち目はないだろう。


「アカネ、スズネ、頼んだぞ」

「斬っても構いませんか?」

「だそうだが親分、どうだ?」

「あ? コムロの旦那、姉さんたちに戦わせるつもりか?」

「まあ見ていろ。それより全員斬っても構わんのか?」


 そこでキュウゾウは少し考える素振りを見せた。先ほど自分の危機に苦無を投げて加勢したスズネさんのことを思い出したのだろう。


「あのギンノスケって親玉は殺すな。雑魚(ざこ)はどうしてくれてもいい」

「アカネ、スズネ」

「心得ました」

「手助け感謝するぜ!」

「何をほざいている。者ども、やれ!」

「このブスがぁ!」


 こちらの会話に苛立ちを隠せなかったシラヌイ組の男たちが、一斉に脇差しを抜いて襲いかかってきた。キュウゾウも手下二人も応戦を始める。だが、彼らの相手はすぐにその場に崩れ落ちてしまった。


「な、何だあ?」


 刀を合わせた途端に膝を折った敵の姿に、キュウゾウたちが呆気にとられる。倒れた男たちの首には、スズネさんが放った苦無がめり込んでいた。


「い、一瞬にして三人……」


 声を上げる間もなく絶命した仲間の姿に、シラヌイ組の者たちの動きが止まる。その彼らの間をアカネさんがすり抜けると、今度はさらに三人の首がぼとりと鈍い音を立てて転がり落ちた。辺りに尋常ではない血飛沫(ちしぶき)が舞う。


「だ、旦那、姉さんたちは一体……」

「ひ、怯むな! 不意を突かれただけだ!」


 そう叫んだギンノスケだったが、彼の足は震え後ずさるばかりだった。

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