「無限の可能性」は底無し沼
「よっしゃ、そっちに丸太回すぞ!」
「加工済みの木はこっちに頼む!」
「これってどこのパーツ?」
異世界での生活が始まってから一週間が経った。
新居に引っ越して以来、ゴブリンのようなモノによる襲撃は起きていない。
身の安全とくつろぐことのできる場所を手に入れたことで彼らは明るさを取り戻し、木を倒しまくったことで出来た洞窟前の広場には笑い声が広がっている。
そんな彼らは今、洞窟内の住環境の改善を目論んでいた。
「やっぱ洞窟内に木で部屋を作るって疲れるンゴ」
「でも、どっちにしろ洞窟の中を支える柱は必要だ。そのついでに床とかも張った方が過ごしやすいと思ってな」
「私はこういうの好きだから良いけどね」
ユウキの愚痴にタケルとマリノが答える。
「あと、今は出入り口が一つしかない。これだともしもの時に困る。それもなんとかしたい」
「部屋も増やしたいよね! あと洞窟の中で火が使えるように排気口とかも!」
「こ、これは終わる気がしないお……」
洞窟拡張計画に燃える二人をユウキが呆れたように見る。
そこへ、ヤマトが率いる探索隊が戻ってきた。
「おつかれさん! どんな感じだった?」
「ちょっとずつ捜索範囲は広げているけど、今の所脅威となりそうなのはいないな」
「人影も?」
「なし。あ、そうだ、お前にプレゼント」
「??」
キョトンとするタケルの前でヤマトが背負っていた桶をひっくり返す。
そこに入っているのはモゾモゾプニプニと動く子犬サイズの物体。
「ああ!! スライム! また見つけたのか!」
「喜ぶかと思って捕まえといた」
「いっやぁ、さすが我が親友! 分かってるなぁ」
興奮するタケルと対照的に、微妙な顔をするユウキ達。
「なんだよ?」
「いや、特に……」
「プニプニしててかわいいだろ?」
「「……」」
「なんでだよ」
目をそらすユウキ達に不満をもらしながら、タケルは住みかとしている洞窟のすぐ近くの小さな洞穴に向かう。
「おい、出ておいで! 新しい仲間だぞ!」
タケルが洞穴の中に声をかけるや否や、プニョンプニョンと独特な音を立てながら次々とスライムが現れた。
「うっわぁ……」
「なんか、すごい光景……」
ユウキとマリノが複雑な顔をする中、整列した五匹のスライムにタケルが新しい一匹を加える。
「いやぁ、やっぱいいっすねぇ」
「なんでそんなにハマってるの? 確かに触り心地はいいけど」
ミクが一番古株のスライム――スライチローとタケルは名付けた――をプニュプニュと触りながら問いかける。
「一目惚れ、だよ」
そう言ってタケルはにっこりと微笑んだ。
洞窟に引っ越した翌日、周辺の森を探索していたタケル達は初めてスライムと遭遇した。
そのフォルムと動きに目を奪われたタケルは、ユウキの魔法によってその正体と無害であることを確認するとすぐに飼育を始めた。
そしてそれ以来彼はスライムを見つけるたびに捕まえるようにしている。
とはいえ、グループ内での風当たりは強い。
理由はただ一つ、プニュプニュとしたそのフォルムが受け入れられないのだ。
これまで感じることのなかった、感性の違いという思わぬ壁にタケルは苦しめられていた。
「えと、たしか名前もつけてるんだよね?」
「おう、飼い始めた順にスライチロー、スラジロウ、スラサブロー、スラシロウ、スラゴロウだ」
いつのまにか話に加わっているユイナにタケルは答える。
彼女はこの件に関するタケルの数少ない仲間だ。
「スライムかわいいよねぇ、六匹目の名前、私がつけても良い?」
「それはダメだ。命名権は俺にあるし9匹目までの名前はすでに決まっている」
「もしかして六匹目の名前って『スラロクロウ』だったりするの?」
「流石はユイナ。俺に付いて来られるのはお前だけだ」
「ネーミングセンス無さスギィ!」
「うるさい! ユウキには分からない高尚なロジックに基づいているんだ!」
「はいはい草生えますよ」
「ユウキさん、傷つくので真顔で草とか言わないで下さい……」
認識に大きな隔たりがあることに吐息をつき、スライムに向き直る。
「ああ、仲間はお前たちとユイナだけだ…… メシをやろう」
「ミクが可哀想」
「な! ヤマト君!? なんで私が可哀想なのよ!」
「ミクちゃんも仲間に入りたそうだからねぇ」
「ユイナちゃんまで!?」
「ほう、ミクよ、お前も俺の率いるスライムの魅力を理解し始めたのか」
「ミクちゃんもおいでよ! スライム達は見てて楽しいよ!」
「ちょ! ユイナ氏もそっち!?」
「ユウキよ、スライム好きのことを『そっち』などとバカにするんじゃない」
「うるさーい! はーいーらーなーいー!!」
プニプニとスライムを触っていたミクは真っ赤な顔で大声をあげると、逃げるように走り去っていった。
「ミクちゃん、かわいいなぁ」
「あれが天使ですね、分かります」
ニコニコとするユイナ達を放置して、タケルもスライムに向き合う。
「そろそろエサをあげないとな」
そう呟くと、彼は集めておいた大量の木屑をスライムの近くにばらまく。
木の伐採加工で出た木片、それらの処理をなんでも食べる彼らに任せているのだ。
住処の周辺が綺麗に保たれているのは彼らのおかげと言っても過言ではない。
スライムが全ての木屑を食べ終わるのをみてタケルは他のみんなに声をかける。
「じゃ、ちょっとこいつの研究してくるからみんなも適当に色々やっといてくれ」
「研究って大層だな。どうせ遊ぶだけなんだから戯れるって言っておけよ」
「ヤマト、それは言っちゃいかん」
ヤマトの毒舌に苦笑いを浮かべながら人気のない近くの森へと六匹を誘う。
洞窟から十分に離れ、周りに誰もいないことを確認するとスライムに向き直った。
「さて……やるか」
そこにはさっきまでのおどけた様子はなく、ただ真面目な表情のタケルが立っていた。
魔力を集中した手のひらが温かく輝き、それがスライムに向けて放たれる。
真剣な様子で何度も何度もスライムに魔法をかけるタケル。
同じ動作を繰り返し行う彼の目はさっきまでの慈愛に満ちたものではない。
タケルがスライムを飼いたいと言い出したのはただフォルムが気にいったからだけではなく、他にも二つの理由があってのことだった。
一つの理由が、なんでも食べる雑食性がゴミの始末に利用できて住環境の衛生面において有効だろうと考えたから。
そしてもう一つの理由が、魔法の実験台としての価値。
初めての戦闘の時、タケルには気づいたことがあった。
それは、魔法が使えば使うほどに強力になり派生していくモノだということ。
だが、タケルの魔法が支援魔法である以上、人が相手では魔法耐久に限界があるため練習のために好きなだけ魔法をかけるというわけにはいかない。
何より自分の都合だけで身体を気軽に貸してくれとも言えなかった。
そんな時、スライムという魔物の存在は実に都合が良い。
スライム相手なら限界など気にする事なく好きなだけ魔法の練習や研究ができる。
おかげで、たった一週間のうちにタケルの魔法は大幅な上達を遂げていた。
「一週間前とはまるで別人だよなぁ…」
呟くタケル。
そう、彼は本当に別人のようになっていた。
寝る前も惜しんで色々と試したことで、回復魔法は大体完璧に使いこなせるようになっていた。
そして今では回復魔法のその先もぼんやりと見えはじめている。
「さて、本番だ」
そう呟き、今まで以上に集中を高める。
体の奥底から魔力を引きずり出し、練り合わせて手のひらに集めていく。
「……いくぞ!」
淡い青色の光がタケルの手のひらに集まり、そしてスライチローに向けて放たれた。
回復魔法。
それは簡単に言えば対象の体に干渉しその構造や働きをイジる魔法である。
本来は無意識のうちに行うそうした魔法の手順を、彼は今あえて意識して行っていた。
「イメージ……イメージだ……!」
そう呟く彼の額からは汗が噴き出す。
『回復魔法が対象に干渉して操作する魔法なら、それを応用すれば対象の身体を自由に操れるのではないか』
ある時から彼はそんな仮説を持つようになっていた。
意識を集中して脳内でのイメージを強く構成し相手の身体に深く干渉することで、相手の細胞を自分の意思のままに働かせることができるのではないか、と。
そして、ここ数日その実験を彼はずっと繰り返してきた。
「今日こそ……今日こそ……」
何度も繰り返した失敗を思い返しながら、彼は一層魔力を込める。
スライチローの身体を包む青い光がさらに強くなり、より深くより強くスライムに干渉していく。
そして――――
「やっと……出来た」
シャワーを浴びたように汗で全身が濡れ、鼻から血がとめどなく流れる。
「スライムに尻尾が生えた……」
その流線型の身体の後ろから細長い突起物がフリフリと揺れていた。
本来は存在しないはずの部位がスライムの身体に現出している。
「対象の身体を意のままに操る…… その算段がついた」
体力がごっそり持っていかれたことで思わず膝をつきながらタケルは満足げにつぶやく。
実験は成功した。
彼の理論が証明された瞬間だった。
全身が均一な物質で構成されているスライムは人に比べて単純な造りだ。
だが、そのような相手であってもその身体を操作することは生半可なことではない。
魔法をかけるたびに鼻血を噴きながら特訓した結果、彼はこの世界における『支援魔法』の限界を破っていた。
「この力をもっと鍛えて完璧にした後は、『対象に介入する』ことについても調べないとな……」
回復魔法の先の世界への実験は成功した。
その成功により彼は回復魔法の先の、さらに向こう側の領域についてもぼんやりとしたイメージを持てるようになった。
それは、《『他者』の限界がどこまでなのか》ということ。
もし『他者』が『自分以外の全ての存在』を指すのなら、『支援魔法』とは全ての事象に介入し得る能力ということになる。
それが何を意味するのか、今のタケルには分からない。
だが、そこまで到達することができるとしたらそれは神にも等しい存在ではないだろうか。
勿論、現状では机上の空論でしかない。
彼の実力も、支援魔法の次の段階に爪が引っかかった程度のものでしかない。
それが正しいのか、そしてそれが正しいとして実際にそこに到達できるのか、それらの保証は何もない。
「だが、『理論的にはアリ』だ」
保証は何もない。
だが、彼はそれでも前を向く。
「みんなにハッパをかけた以上、自分にできることは全部しないと。みんなの足を引っ張るわけにはいかない」
鼻血を拭い、改めてスライム達に向き合う。
再び発せられる魔法。
タケルに迷いはない。
みんなを守りたいというあの教室での最期の願い。
それを完遂するためにタケルは血を吐き涙を浮かべながらも魔法を放ち続ける
そんな彼の姿を別々の木陰からそれぞれ覗き込む二つの影があった。
そろそろ異世界感ではじめるかも?
ありがとうございます!