あさが来たら。
身体が……重い……。
寒くて……痛くて……苦しくて………。
ただ、泣きたいくらい悲しいのに涙は出ない。
こんな感覚を前にも体験したことがある気がする。
どこだったか…………。
思い出せない。
ただ深い闇に囚われて…………。
「うっ……」
「あっ、起きた……起きたよ!! みんな、タケルくんが起きたよ!」
ボンヤリとした視界の中でユイナが泣きながら叫ぶ。
いつもはのほほんと静かで大きな声を上げることのない彼女の様子に、ムサシは珍しいものが見れたと思いながら体を起こそうとする。
「あ……れ……たて……ない?」
体に力が入らない。
それだけではない。
自分の声とは思えない弱々しい掠れ声にびっくりする。
「だ、ダメだよ! 動いちゃ!」
「鑑定スキルで見たところ致死量ギリギリまで出血してたンゴ。しばらくは絶対安静だお」
ミクとユウキが慌てて引き止める。
なぜ二人がそこまでするのか、出血多量になるなんて何が起きたのか。
言われるままに再び横になったタケルだが、いかんせん状況が飲み込めない。
「?? ……なんで……そんな……ことに?」
「魔法の使用による過負荷だお」
「まほう……? まほう……あっ!」
ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。
「ヤマト……は? た、たたかいは、どうなった? あれから……どれだけ……時間が……」
「ちょ、ちょっと待って! 説明するから落ち着いて!」
回らない舌を必死で動かすタケルをユイナが押しとどめる。
「まず、戦いには勝てたよ」
「かった……のか?」
頷くユイナ。
それを聞き、タケルは大きく息をつく。
「良かった……」
「でもまだヤマトくんが目を覚まさないの」
「分かった。俺の、魔法で……」
「ダメだお!」
立ち上がろうとするタケルをユウキが強い口調で引き留める。
「死ぬギリギリまで血を失ったんだ。しばらくは絶対安静だお!」
「分かってる。でもな、そんな時間は……ない」
「どういうこと?」
不思議そうな表情のミクにタケルは問いかける。
「どれくらい、戦いから時間が経った?」
「八時間くらいだよ。今はお昼前かな」
「よし、まだ、間に合いそう、だ」
「なんの話だお?」
不思議そうな顔をする二人に、ムサシは真面目な顔を向ける。
「ここを……引き払う」
***************
「いっつ……タケルよ……治すなら全快させてくれ……」
「しゃーねーだろ、こっちもカツカツなんだよ」
ユウキにお米様抱っこされたヤマトが彼の肩の上から後ろを歩くタケルに文句を言う。
「でも瀕死の意識不明だったヤマトくんを起こすって、タケルくんの魔法めちゃくちゃ凄いね」
「またしばらく魔法は使えないけどな。でも前より力は強くなってる」
「使うほどに強化されてるのかもね……。あ、ヤマトくんの怪我とか体力とかの回復はもう良いんじゃない? ここまで元気ならほっといても治りそう」
「ショウコ!?」
ショウコの軽口に体の動かないヤマトがギョッとした表情を浮かべる。
そのやり取りに張り詰めていた空気が緩み、皆の顔に笑顔が浮かんだ。
今、彼らは新たな住処へと向かっている。
前の洞窟を捨てる理由はただ一つ、一晩のうちに二度も攻撃を受けた場所に長く留まるのは危険だと考えたからだった。
タケルが焦っていたのは、夜になる前にどうしても新しい場所を見つけ移動してしまいたかったから。
そんな彼の考えを受けて新たな住処を探索したのはコジロウとダイスケ、そしてユウキの三人。
水辺に近く、全員が入ることができる広さがあり、入口の狭い洞窟である事を条件に探索を行ったのだ。
二時間ほどの探索の後、少し離れた所に丁度良い岩場が見つかったとの報がもたらされると彼らは早速移動を開始していた。
「でもなんで『入り口の狭い』なんて条件を?」
「昨日、大鬼に洞窟内にまで入られた。奇跡的に助かったけど、大型の敵にそこまで侵入されたら全滅しかねないお。だから、『狭い入り口』が必要なんだお」
ユイナの質問にユウキが答える。
さして運動神経の良くない彼を捜索隊にしたのは、このようにタケルの考えをしっかり理解しているという理由からだった。
ちなみに、高身長のコジロウと体格の小さなダイスケの凸凹コンビを選んだのにはそれぞれの体格を利用してもらおうという算段があった。
コジロウが高い身長を利用して周囲を見渡し、ダイスケが小さい体格で多少狭いところでも中へと進み探索してくれれば、という目論見である。
半ば希望的観測に基づいたものだが、このコンビへの信頼があってこその選任でもあった。
「でも、とりあえず良い感じのところは見つかったお」
「ユウキがそういうならまあ、期待はするか。でも、よく考えたら家具とかも一から作り直しってのは大変だな」
「今まで使った物を持っていけないのはちょっと残念」
「近くに森もあるし、また作ればいいんだお。それに取りにこれない距離じゃないですしおすし」
しょんぼりとするマリノをユウキが慰める。
そんな和やかな雰囲気のまま歩き続けて40分。
先頭を歩いていた凸凹コンビが歩みを止める。
「「ここだよ」」
「「「おぉーー!」」」
それは思わず全員が感嘆を漏らすほどの洞穴だった。
入り口は人が一人通れるかどうかという狭さ。
しかし、少し進めばその中には驚くほどに広い空間が広がっていた。
学校の教室より少し広く、天井も充分に高い。
11人が生活するには十分な空間だ。
「よくこんな洞窟を見つけたな……」
「凄いでしょ?」
胸を張る三人に、自然と拍手が沸き起こる。
森と川のすぐ近くにあり、雨風をしのぐことはもちろん大型動物の脅威も排除できた。
この洞窟を基盤とすればしっかりした生活が出来るはずだ。。
勿論いつまでも洞窟暮らしをするつもりはないが、この世界に慣れるまでの住処には充分だろう。
そんな自信がムサシの中に広がる。
「よし! ここならちゃんとした生活が送れるだろう!」
タケルは拳を握りしめ、声を上げる。
今こそ、自身の決意をみんなに伝えるべきだと思ったのだ。
「たった一日。たった一日で、俺たちはこの世界の酸いを嫌になる程体験した。絶望を感じた人もいるだろう!」
一人一人の顔を見回していく。
「だけど俺たちは全員、生きている! 強敵も打ち倒したし、こんなにいい住処も手に入れた!」
住処の確保など、ささやかな一歩だ。
だが、そのわずかな一歩がこれからこの世界で生きていく上での糧に、きっとなる。
「だから、これからは前を向いていこう。これからこの世界で、どんなことがあるかはわからない。だけど、その全てを楽しんでやろう! 俺たちはこの世界でなんだって出来るんだ! 」
楽観的で恥ずかしくなるようなタケルの言葉。
だが、その痛くなるくらいに青い彼の言葉こそが、苦難続きでボロボロだった彼らに希望として今必要なものだった。
「俺はこの世界に、俺たちの国を作りたい!」
『国』というのは少し誇大な表現かもしれない。
国というより、この世界の片隅にでも自分たちの生きる場所が欲しい。
それが彼の目標であり、仲間に示してやれるゴールだった。
「俺たちの国を作って、みんなと馬鹿笑いがしたい! だから!」
頭を下げるタケル。
「力を貸してください……」
掠れるような声で呟くムサシ。
この世界に来てすぐ、ユウダイに指摘されたように、自分がみんなを引っ張ることや誰かを導くことなど出来ないことは自分でもわかっていた。
だからこそ、みんなの力を借りて共に世界を作り上げたい。
そんな思いを抱える彼の頭上へと降り注いだのは仲間達の拍手だった。
こうして、彼らの長い長い異世界生活は始まりを告げた。
これからのことは、完全に未知の世界。
想像していたよりも苛烈で、そして夢に溢れたこの世界で彼らは小さな、でも確かな一歩を踏み出した。
ありがとうございます!