不幸の連鎖について真に驚くべき証明を見つけたがそれを記すにはこの余白は狭すぎる。
横倒しになったまま、タケルは自分の不注意を恨めしく思っていた。
攻めて来たゴブリンに対して単身、戦いを挑んだタケル。
だが、真っ先に突っ込んできたゴブリンに気を取られ、二匹目がいたことに気がつかなかった。
「ガウッ! ガガァ! グガァ!」
「くっ……くっそぉぉ!!」
馬乗りにされ、絶え間ない殴打がタケルを襲う。
必死に腕で防ぐが、その打撃の重さに長くは耐えられないことは分かっている。
倒れていた最初の一匹も立ち上がると攻勢に参加し、いよいよ戦いは厳しくなる。
「くっそぉ……」
二対一。片方は絶え間無い殴打を繰り出し、もう片方は首元を食い千切ろうと牙を剥く。
死ぬ気で堪えながら、受けたのことのない痛みに心が折れそうになる。
単独先行を、後悔していた。
だが、他に何が出来ただろうか。
後悔と怒りと悔しさでタケルの心が押しつぶされそうになったその時、一筋の光が暗闇を切り裂く。
「なっ……!?」
タケルの上に馬乗りになっていたゴブリンが崩れ落ちる。
いや、落ちたのはその上半身。
「真っ二つ……?」
振り返ればそこには焚き火に照らされた美しい戦士が立っていた。
「タケルさん、大丈夫ですか!?」
「ムサシ!」
両手を広げたムサシが心配そうに声をかけるのに対し、手を上げて無事を伝える。
ホッとしたような表情、それもまた美しい。
「だが、男だ」
「しょうもない事を言える程度には元気そうで何よりだ」
聞き慣れた声。
ハッと振り返ればヤマトがタケルのそばにいた。
「ヤマト! お前もきてくれたのか!」
「お前とユウキが敵の先行隊を抑えてくれたおかげで間に合ったよ」
「ユウキ?」
ハッとして横をむけばそこにはボロボロになって倒れているユウキ。
痛いよぉと弱々しく言っているが、大丈夫そうだ。
そして、その傍らには二体のゴブリンが倒れている。
「アレ、お前が倒したのか?」
「敵は?」
問いかけに答えずヤマトが情報を求める。
「残り19体。得物は無し。魔法も今のところ確認していない。力は俺より少し上くらいだ」
「わかった。あとは任せろ」
「あ、ちょい待ち!」
戦おうとするヤマトを引き止め、支援魔法をかける。
身体の各部に筋力や神経の強化など思いつく限りの魔法をかける。
警戒しているのか、ゴブリンたちが距離を置いてこちらを伺っている間に出来るだけのことをして背中を叩く。
「よし、これでオッケーだ。好きなだけ暴れていいぞ」
「ありがとな」
タケルに頷きゴブリンに向かうヤマト。
ユウキの元へ向かいながらタケルが振り返って見たその背中は実に頼りがいのあるものだった。
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「怪我人は2人、死傷者ゼロ。敵は22体討伐。1体だけ撃ち漏らしたけど、そいつだけで何かできるわけじゃない。防衛成功だ!」
「つ……疲れた」
「いやでも、ほとんど全部ムサシとヤマトが倒したようなもんだぜ」
「私たちは足止めしただけだよね……」
「『動カザルコト、mountain!』、デスネ!」
「意味はあってるよ、意味は」
戦いは終わった。
損害はほぼゼロでこちらの完勝。
ムサシが後衛として狙撃を行い、ヤマトが前衛として肉弾戦を繰り広げるという見事なコンビプレーであっという間にゴブリンたちを殲滅した。
他の皆は二人が撃ち漏らしたゴブリンを洞窟の前で対応したが、その過程で二人の負傷者が出た。
彼らが五人がかりで一体に当たったことからも、単独で戦ったヤマトとムサシの抜きん出た強さがハッキリと示された一件だった。
残る1体はその虐殺のような戦闘の隙に逃走したが、一体でできることは限られているし夜も遅いという判断で掃討戦は行なっていない。
「それにしてもいきなり攻めてくるなんてびっくりしたね」
「まさか柵があんなにあっさり壊されると思わなかった……」
ユイナの言葉に、マリノがしょんぼりと返事をする。
どうやら自分の作ったものが壊された事に、悔しさと責任を感じているようだった。
「とりあえず戦いは終わりだ。みんなお疲れ様!」
洞窟内が勝利の余韻に満たされる。
疲れは見えるが興奮冷めやらぬといった様子の一同。
それを見つめるタケルの目の前に、突然水が差し出された。
「はい、お水どぞー」
「ユイナか、なんだその言い方」
「なんか、ユウキくんにこの言い方にしてって言われたの」
「あいつ……まあ良いけど。ありがとう」
「一日目から大変だったねー。私は何も出来なかったのが残念だよ……」
「そんな事はないさ。マリノから聞いたぞ、ユイナの糸を使って柵を組み立てたって」
「すぐ壊れちゃったけどねぇ」
「いや、柵が時間を稼いでくれたおかげで俺とユウキは無事だったんだ。ありがとう」
タケルの答えを聞き、曇っていたユイナの顔が少しだけ晴れた。
「ちょっとでも役に立てたなら良かったよ〜。でも、これからはタケルくんもさっきみたいな無茶はやめてね」
「あ、あぁ……あれは……」
「あの時、ミクちゃんが大変だったんだよー。タケルくんがーってね」
「や、やめてよ! ユイナちゃん!」
不意にタケルの後ろから焦るような声が聞こえた。
振り向けばそこにはミク。
「ミク……心配してくれたのか?」
「してない! あ、いや……したけどしてない!」
「どっちだよ」
「ミクちゃんはツンデレさんだったんだね〜」
「なっ!」
うぅ〜と真っ赤になるミクとそれをからかうユイナを見ていると心の中で期待が首をもたげる。
「もしかして、ミクさんってタケルのことを考えてる可能性が微レ存? けしからん!」
「違う! 別に、さっき慰められたからとかそんなことはないの!」
「ユウキ。ミクは何を言っているんだ?」
「タケルくんも聞かなくて良いの!」
ユウキの追及に真っ赤な顔でそっぽを向くミク。
クラス1の美少女がそんな行動をするのは反則だろう。
そんな事を思うタケルの隣で、ヤマトが助け舟を出す。
「まあ、とにかく今日はもう遅い。もう寝よう」
「そうだな」
「見張りは交代の時間だ。これから見張りの人は疲れてるだろうけどもうちょっと頑張って欲しい」
このやり取りの間に素早く逃げていくミクの背中を残念に思いながらタケルも就寝の準備をする。
他のみんなも同様に寝る用意をしていき、再び洞窟に静かな夜の帳が下りる。
横になると、この瞬間まで気づかなかった疲れがタケルに押し寄せてきた。
異世界転移、喧嘩別れ、登山、絶望、拠点作り、そして戦闘。
生きていた時には考えられないことばかりで身も心もすり減っていた。
そうしたもの全てが一気に彼を眠りの沼へと引きずりこむ。
深く、深く、深く、眠りへと沈んで行き…………
「……い……おい! おきろ! タケル!」
激しく揺さぶられタケルは眼を覚ます。
目の前には見慣れたユウキの顔。
「なんだ……?」
「また奴らが攻めて来たんだお!」
「な……」
ユウキの言葉に思わず跳ね起き洞窟の外を見ると、燃え盛る焚き火に照らされ無数の影が走り回っている。
「なんでまた!?」
「た、多分さっき逃げた奴が援軍を呼んだんだお!」
「くっそぉ」
「タケル!!」
思わずタケルは叫びながら洞窟の外へと駆け出す。
さっさと終わらせてやる。
そんな思いだけが彼を突き動かしていた。
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副題なげぇ