筋肉も、魔法も、あるんだよ。
「町が……ない……?」
出発して二時間と少し経った頃、タケルとミクは一同の待つ中腹へと帰ってきた。
周囲には人工物が何もない事を伝えると、信じられないような表情を浮かべる者はいたがミクのように泣き崩れる者はいない。
それほどショックを受けていないのは実際に見ていないことで実感が湧いていないからだろう。
「とりあえず、最優先事項は安全な住居と水、食料の確保だ。暗くなる前に全部すませてしまいたい」
「でも、寝る場所ってどこかいいところあるの?」
休憩前に比べ随分と回復したようなユイナがタケルの言葉に反応する。
「太陽が沈む方を西と仮定した時に、俺たちは今山の東側にいる。このまま南の方に少し進むと、川に出るんだ」
「とりあえず、水辺に近い洞穴を探そうと思ってるの。そこら辺だとあまり森も深くないからね」
この世界について僕らは何も知らない。
1日が何時間なのか、太陽の動きは地球と同じなのか、夜はどれくらい続くのか。
分からないことだらけな現状では慎重に行動せねばならない。
そんなことを考えるタケルの説明にミクが補足する。
さっきまで泣いていた彼女の目は赤いが、迷いの色はすでにない。
「勝負は日の入りまで。出来るだけ明るいうちにやれることをやってしまうためにみんなの協力が必要だ」
一人一人に語りかけるように話す。
「だから正直に答えて欲しい。まだ調子が悪いって人は?」
誰も答えない。
「みんなもう大丈夫か?」
今度は皆が頷いた。
よし、と舌舐めずりをする。
本題はここからだ。
「……前と何かが変わったという人は?」
全員が手を挙げた。
早速確認をしていくと全員が程度や部位の差はあれど肉体の強化を実感していた。
次に特殊な能力、つまり『魔法』についてチェックをする。
こちらは人によりけりで、発現したものもいれば変化のないものもいたりとマチマチ。
「火が出る魔法や対象を解析する魔法、なんか手から光線が出て多少のものなら切断できる魔法……。びっくりするくらい多種多様だな……」
地面に一人一人の魔法をまとめる。
発現した者は男子が6人中4人、女子が5人のうち全員という結果になった。
魔法が使えないのはヤマトとタケルだけ。
「俺は今も身体が強化されていくのを感じている」
「だとすると、肉体強化が完了していないから魔法がまだ定着していないか、もしくは魔法の分まで肉体強化されているかのどちらかが魔法の使えない原因として考えられるな」
近くにあった石を握りつぶしながらヤマトが行った自己分析を、タケルがまとめる。
もともとヤマトは普通の体育会系というだけで石を潰すような馬鹿力は備えていない。
それがこれほどに強大な力になっているということは、魔法の方にしわ寄せがいっているということだろう。
「そう考えるとお前の魔法発現がまだなのも理解できる。だけど、なんで俺は……」
ヤマトの潰した石を拾い上げ、呟く。
特に肉体の変化は見られないにも関わらず、魔法は使えない。
どうして俺だけが、という思いが胸の内を占める。
あの時、ヤマトとユイナが死ぬのを俺は何も出来ずに見ているだけだった。
その後悔を抱えたまま命を落とし、その上で手に入れたやり直す機会。
だが、ここでも俺は変わることができないのか。
大切な人を救う力を、俺は手に入れることができないのか。
そんな想いで胸の中が満たされた時、変化が起きた。
「……ん?」
何かが身体の奥から溢れ出す感覚。
同時に足を握りしめていた手が輝き出す。
「あっ……」
今まで分からなかったことが、その瞬間にはすでに初めから知っていたように理解できていた。
身体の奥から溢れるチカラをその流れに淀みをつくらないように滑らかに誘導するだけでいい。
その瞬間、タケルは『魔法』の使い方を『理解』していた。
「石が……」
ヤマトが驚きの表情を浮かべる。
タケルの握っていた石は、元の形に復元されていた。
「回復魔法……か」
「多分な。そして、それだけじゃない」
続けてチカラを石に注ぎ込む。
それをヤマトに放る。
「潰してみろ」
その言葉にヤマトもハッとした表情になる。
「……ぬっ……くっ……潰れないな」
「硬化させることもできた」
「これは……なんだ?」
「たぶん回復魔法と強化魔法、今回は硬化だな」
「支援魔法ってことか?」
「おそらくな。任意のものに対して任意の効力を付与させることが出来る。回復も、硬化も。多分、身体能力の向上もいけると思う」
「……なんともいきなりだな」
ヤマトは苦笑いを浮かべながら呟く。
そう、本当にいきなりだった。
だが、チカラが発現するというのはそういうものなのだろう。
「なんにせよ、みんなそれぞれ役割が出来たってことだね」
「生活に使えるのかよくわからないけどね……とりあえず消火」
「きゃっ! やめてよぉ」
炎で遊ぶミクに生成した水をかけながらマリノが呟く。
「私の魔法はなんの役に立つのかよくわからないけどなぁ……」
「Oh! 蜘蛛女デスネ! ジゴクカラノシシャ!」
「そっち!? 日本版!?」
きゃっきゃと騒ぐ二人の隣で手から蜘蛛男のように糸を出しながら困ったように呟くユイナに、アンナがテンションを上げながら叫んだ。
同時に彼女の周りで電気がバチバチとスパークする。
「アンナちゃんはソーみたいだね! ハンマー使う?」
「フィンランドハ、北欧神話ジャナインデスヨ! 雷神ノ名前ハ『ソー』デハナク『ウッコ』デス。デモ基本ハ精霊信仰デス!」
「アニミズム的な感じなのか?」
「ソーデスネ!」
タケルの指摘にアンナはウィンクで返す。
その隣で凸凹コンビがごそごそとしていた。
「ダメだ、軽く風が吹くくらいしか魔法の威力がない……」
「ダイスケはダメだなぁ。もうちょっと頑張らないとショウコのスカートはめくれないぜ」
「ちょ! ダイスケ! 何しようとしてるのよ!」
「バカ、コジロウ! 何バラしてんだよ!」
「ダイスケのバカ! 成敗!」
「あー! 何も見えない!!」
「器用に目の周りだけに黒いのを集めとる……」
風を操るダイスケに『闇』の使い手ショウコ。
それを笑うコジロウは土を操る。
3人の魔法はそれほど威力が無いが、使い方次第で強力な武器になるだろう。
ワイワイと盛り上がる一同に、思わず頰が緩む。
たしかに街は見えなかった。
だが、絶望するほどの事じゃない。
きっとこの力があれば生活することは出来るだろう。
そう思うと心が少し軽くなった。
「よし! みんな!」
楽しそうなみんなに声をかける。
「俺たちの家を探しに行くか!」
この仲間とならきっとこの世界で生きていける。
そのためにも早く住処を手に入れなければ。
***************
焚き火の煙がオレンジの空にたなびく。
大きな口の開いた洞窟の周辺には伐り倒された木々がいくつも転がり、広場のようになっている。
簡易な柵で囲まれたその広場では数人がせわしなく働いていた。
そこに響く大きな声。
「おぉ〜、1時間やそこらでよくぞここまで!」
沢から汲み上げてきた水や木の実などの食料を抱え、森の中からタケル達が姿をあらわす。
その採集班の中の一人、ショウコが仰々しく大声を上げていた。
「最初に比べて結構ひらけた場所になったね!」
川からそれほど離れておらず、全員が入れるほどの大きな洞窟。
そんな好条件の拠点を見つけて早くも数時間、彼らは精力的に働いていた。
洞窟周囲の木々を伐り倒し防護柵を作ったり、あるいは桶を作ったり。
キャンプのようにわいわいと楽しみながらも、的確に拠点の整備を行っている。
高校最初の夏休みに行われたクラス合宿で野営地設営の実習を経験していたことで、その手際はかなり良い。
「おかえりー! ねぇ聞いて! 光でズバーって切るムサシくんの能力。これ凄いんだよ! 木の伐採があっという間に終わるから作業がサクサク進むしすっごく助かるの!」
「えへへ、僕もびっくりだよ。こんな力が使えるなんて。でも、ユイナさんも凄いんだよ。いろんな性質の糸を沢山出せるなんて! おかげで柵もめちゃくちゃ強く作れたんだよ!」
「ほ、褒められると照れちゃうなぁ」
ユイナの言葉に照れたような笑顔を浮かべながら褒め返すムサシ。
その顔や仕草はそこら辺にいる女子高校生よりもおしとやかで魅力的である。
「だが、男だ」
「世界線を越えそうな発言はいかんでしょ」
タケルの言葉にユウキが突っ込む。
「とりあえず、即席にしてはいい感じだね」
「ここを生活の拠点にするならもっとやらないといけないことはあるけどな」
ミクにヤマトが答える。
「ただ、やっぱり入口の大きさが気になるな」
タケルがボソリと呟く。
「でも、柵もあるし大丈夫でしょ」
「うーん……。この世界の動物がどんな感じなのかがわからないし、柵があるからといって油断はできない」
ショウコの楽観的な言葉に疑問を挟みながら、タケルはどうしたものかと考える。
「交代で夜の見張りに立つしかないっしょ。入口の件についてはまた明日から考えたらいいと思うお」
「げぇ……寝ずの番かぁ」
ユウキの言葉に嫌そうな顔をするショウコ。
「夏のクラス合宿でやった時、ショウコは寝ちゃってたからな」
「お陰でその時俺たちが大変だったよな。三人一組での夜警だったから連帯責任だーって怒られたっけ」
「し、仕方ないでしょ! 中学まで日付変わる前に寝てたんだもん!」
からかう凸凹コンビにショウコは真っ赤になって言い返した。
微笑ましいその光景を見ながら、タケルはパンパンと手を叩く。
「とりあえず今日はもう少しで日が暮れる。先にご飯を食べながら夜のことを決めて、明日以降のことは明日決めよう」
「ソウダネ、今日ハ疲レタ……」
タケルの言葉にアンナが同意する。
突然の転移から十数時間で仲間割れや突然のサバイバル生活確定、生活基盤の作成と怒涛の一日だった。
自覚はしていなくても精神的、肉体的な疲れは溜まっているだろう。
これからこの世界で生活しなければならない以上、序盤でのガス欠は避けたい。
「さぁ、俺たちが集めてきた材料で最初の晩餐を楽しもう」
「一応台所みたいなのも作っておいたけど……これ大丈夫? 食べれるの?」
タケルの声かけにマリノが答える。
建築士の家に生まれ、将来は建築の道に進みたいといっていたマリノは、この世界に来てからは生活基盤作成の棟梁としてみんなを指揮している。
「僕の鑑定スキルが火を吹いたんだゼ! 安心してくれておk」
「スキルじゃなくて魔法でしょ……」
「魔法でもスキルでもどっちでもいいが、心配しなくていいと思う。食べれそうなやつでもダメって判定が出たりしてたから能力は本物だろう」
「なるほど。こいつじゃなくて魔法を信じたらいいのね。タケルって賢い」
「そういうこと」
「あのさぁ……」
「はいはい、バカなこと言ってないで火を入れますよー」
タケルとマリノの辛辣な物言いに肩を落とすユウキ。
そんな三人を放置してミクがマリノの作った石組みのかまどに魔法で火を入れた。
次第に落ちて行く太陽。
この世界でも恒星は一つのようで、夜はやってくる。
それは、日本では遥かな昔に消え失せた本当の夜。
日本では、たとえ都市から離れた場所でも街明かりは大気に反射してしっかりと届く。
そんな不自然な夜しか体験したことのない日本の高校生に、本当の夜が忍び寄ってくる。
「うおおおい! 今日はとことん楽しむぞ!」
「「うおおおお!!!」」
だがそんなことは関係ないとばかりに、野太い声が暗くなり始めた洞窟の周辺に響きわたっていた。
野菜炒めのような物と水だけという質素な晩餐ながら、それを悲観する者はいない。
焚き火の周りに座り皆で一緒に飯を食うという非日常に、全員が酔っていた。
すでに太陽は隠れ、空一面には見たこともないほどに美しい星空が広がっている。
「みんなでご飯を食べるって楽しいね!」
ユイナが隣に座るタケルに笑顔を向ける。
そんな彼女に笑顔を向け、タケルは水を口に含む。
「……こんな生活がずっと続くなら、きっと楽しいんだろうなぁ」
タケルに向けたものか独り言か、焚き火に目を移してユイナが呟く。
どうしてだかその言葉には寂しさが滲んでいるような気がして、タケルは思わず彼女から目を逸らした。
「……続くさ。みんなと一緒にいつまでもこうしていれる」
「……うん」
「だから、今は未来のことじゃなくてこの瞬間を楽しもう」
「…………うん」
やはりどこか寂しげに返事をするユイナ。
タケルもそれ以上何も言えない。
「……ミクちゃん、もう寝ちゃったね」
「あ、本当だ」
ユイナの言葉で初めて気がつく。
ミクだけではなく、すでに5人ほどが眠りこけていた。
「今日は大変だったからね。ミクちゃんも特に頑張ってたし」
「そうだな……そろそろお開きにしようか」
「そうだね」
ユイナに笑顔を見せ、立ち上がる。
不安はある。
山の上で見た景色から感じた絶望は、タケルに大きな不安を残している。
魔法のくだりで多少は和らいだとは言え、それでも他の人達が感じていない恐怖を彼は抱えていた。
「眠れる気がしねぇな……」
眠りの波が押し寄せるクラスの中でそう呟く彼の頭上には星の海が無限に広がっていた。
お読みいただきありがとうございます!