みんなが「はじまりのまち」スタートなら、その世界はきっと一極集中型社会。
タケルは森の中に立っていた。
鳥がさえずり、風に揺れる木々の梢のざわめく。
木洩れ日が眩しい。
どこにでもある森のどこでも見れるような景色。
だが――
「ここが……異世界…………」
タケルが呟く。
「まるで……元の世界と何も変わってないみたい……」
マリノがタケルに同調した。
ここは新しい世界。
現世で命を落とした彼らは新たな世界での生活を選択し、ここに立っている。
「それにしても、初っ端から大変なことになったな……」
ヤマトがぼそりと呟く。
この世界に転移して早々に、クラスはユウダイに同調したグループと、彼に同調しなかったグループの二つに分かれ決別することとなった。
男子の多くがユウダイに同調し、結局14人と11人に別れることとなった。
「こっちは11人だからちょっと心配だよね」
「そうだな……俺のせいでみんなに迷惑をかけてすまん……」
マリノの言葉にタケルが答える。
「ううん、私をかばってくれてありがとう……」
「そうだお、タケルは悪くないだろ常考。ユウダイが八つ当たりしてきただけっしょ」
いつもは元気なクラス1の美少女、ミクが悲しげに呟くと、その隣でクラスのオタク代表ユウキも腰に手を当てながら怒りの表情を浮かべる。
「まあ、あいつもこっちに来たばっかで興奮してたんだろう……」
ヤマトのつぶやきを聞きながら、タケルは考える。
本当にそれだけだろうか、と。
「チョット、心ガ疲レテイルヨウナ感ジダッタネ……」
フィンランドからの留学生の金髪少女、アンナがタケルの心を見透かしたかのように呟く。
死の間際の感情、そして感覚。
それらは今まで感じたことも無いくらいに強く心に刻まれている。
それはユウダイにとって力の源の様な物になっている一方で、精神的な負担につながっているのではないか。
彼はひょっとしたら追い詰められているのではないか……。
「タケルくん……」
心配そうなマリノの声に、物思いに沈んでいたタケルはハッとする。
「きっと大丈夫だよ。いつか仲直りできる。だから私たちも頑張って、今度会った時にびっくりさせようよ!」
ゆっくりと話すマリノの言葉が不安で凝り固まっていたタケルの心を解していく。
「……そうだな。そうだ、頑張ろう。頑張って、いつか仲直りしないとな!」
「うん!」
気を取り直したタケルの言葉に笑顔になるマリノ。
その笑顔を見ると、彼は力が湧いてくるように感じた。
「よし、そんじゃ、とりあえずここから動くか!」
気を取り直して皆に声をかける。
「お昼のうちに泊まるところを見つけたいね」
クラスのムードメーカー的存在のショウコが元気な声でタケルに同調する。
「どんなゲームでも『始まりのまち』があるんだし、まずはそこを探すのが良いと思われ〜」
ヘビーネットユーザーでありゲーム好きのユウキがゲーム脳全開で口を開く。
いつもはネット用語をリアルで使うただのヤベー奴だがこんな時はなんとなく頼りになるように感じる。
その言葉に頷くのはクラス1の高身長コジロウとクラス1低身長のダイスケ。
いつも一緒にいるこの凸凹コンビは何をするにも息ぴったり、二人での行動でこのコンビに勝てる者はいない。
「なら、高いところに登って周り見てみる?」
ショウコの言葉にタケルは困惑する。
「良いアイディアだけど高いところなんて……」
否定しようとして、タケルはショウコの視線に気がつく。
その先には、山。
「おい、まさか……」
「あそこに登るとか、どう?」
嘘だろと聞きたげなタケルにショウコはニッコリと微笑んだ。
***************
春のような陽気な陽射しが照りつける。
汗が滝のように流れ、億劫な気持ちになる。
「あっつい!」
たまらずヤマトはシャツを脱ぎ捨て上裸になる。
制服の冬服の下から現れたのは、鋼のような肉体。
「うわ! すっげ!」
「なんだこの筋肉!?」
「ウホッ!」
「おいユウキ! 自重しろ!」
わいわいと賑やかに騒ぎ立てる男子陣。
モチベーションが高い様に見えて、実際はテンションを無理にあげているだけだ。
山を登り始めてから随分と時間が経ち、なおも見えるのは木々だけ。
独立峰の中腹の木が途切れた所から見える景色は全員に焦りを生んでいた。
「やばいお、山の下には森しか見えないお!」
ユウキがついに声を上げる。
「頂上まで行けば全方位をもっと遠くまで見ることができるはずだ」
「でも、正直疲れたよ」
タケルの言葉にマリノが疲労困ぱいといった様子で応える。
他のみんなにも程度の差はあれど疲労の色が浮かんでいた。
高校の半年間で様々な事を学んできた。
当然機動や行軍などについても座学の一つとして学んではいたが、実地訓練などは二年生になってから行われる予定だった。
知識としては知っていても実際に練習したことのないことはそう簡単にはいかない。
思い通りにはいかない現状に歯痒さを感じながらも、タケルは全員に声をかける。
「そうだな、ちょっと休憩しよう」
その言葉を皮切りに、大半が糸の切れたように座り込む。
立っているのはタケルとヤマト、そしてミクのみ。
「みんなでこれ以上登るのはキツいんじゃないかな」
生き残りの紅一点、ミクがぼそりと呟く。
「かといって、頂上まで行かないと360度全景を見渡すことは出来ないし……」
「タケル」
頭を抱えるタケルに、ヤマトが声をかける。
「みんなを置いて少人数で行くのはどうだ?」
「それは考えた。だけど、流石に離れるのは危険だ。特に今はみんながかなり疲れてる」
「なら、俺が残る。二人で見てきてくれないか?」
自信を持って言い放つヤマト。
だが、正直二人で行くことの方がタケルは心配だった。
「タケルとミクは運動神経が良い方だから心配はしてない。それに少人数の方が動きやすいだろう。どっちにしろ、他の皆はこれ以上動けん」
そんなヤマトの言葉と、夜になる前までに街に着きたいという焦りが、タケルの選択を後押しする。
「わかった。じゃ、俺とミクの二人が見てくる。みんなは休憩していてくれ」
「りょーかい! じゃあ私は待ってるね」
「「お、おれたちも!」」
マリノに続いて手を振るメンバーたち。
その最前列に立つ親友の姿は信頼に足るものだ。
「よし、登ろう! 早くしないと陽が暮れちゃうよ!」
「おう!」
ミクの言葉にタケルは気を取り直し先を見据える。
その先にはまだまだ森が続いていた。
それから二人はただ上を目指して歩いた。
時に岩場を這い上がり、時に岩と岩の狭い隙間をくぐり抜け、歩き続けること小一時間。
「やっと頂上が近づいてきたな!」
「だね! ふぅ……やっとだ……」
いよいよ頂上がすぐ近くにまで迫っていた。
ゴールが近づきホッとしたついでに、タケルは道中で気になっていたことをミクに問いかける。
「俺たちの体力、上がってないか?」
「私も同じ事思ってたの。力も体力も結構上がってる! 全然疲れないよね」
険しい道のりが長距離に渡って続いていたにも関わらず大して息も切らさずにそれを踏破出来た。
それは身体能力の向上の証左だった。
「こっちに来てから、身体が変なの。自分の身体なのに自分の物じゃないような。筋肉ムキムキな人の身体を借りてるみたい」
そう言いながらサクサクと歩みを進めるミク。
力が満ち満ちて、溢れるような感じ。
加えて、時間が経つにつれて次第に出力も大きくなっているような感覚。
彼女の言うような違和感をタケルも持っていた。
「他のみんなはどうなんだろうな。合流したら確認してみよう」
「そうだね」
天の声が言っていた『魔法』も気になる。
現状自分たちに何ができるのか、確認がしたかった。
「ここを登れば頂上だよ!」
タケルが先に登り、ミクの手を引き上げる。
「よいしょっと! 登頂!」
ミクが歓声をあげる。
「いやぁ、良い汗かいたね!」
はしゃぐミクに微笑みかけ、周囲に視線を移す。
ここからなら、きっと町が――
「えっ……」
口の端から声が漏れる。
呆然とするタケルに、ふらふらとミクがもたれかかった。
「うそ……でしょ…………」
震えるミク。
正直、心のどこかで楽観視していた。
すぐに人と会えると思っていた。
人肌と触れ合い、美味しいものを食べ、安全な布団の中でぐっすりと眠ったあと、新たな生活を楽しむことが出来ると思っていた。
だがそんなのはただの幻想だと、目の前の現実がはっきりと教えてくれていた。
「どこにも……町がない……」
そこに広がるのは雄大な自然。
山と森と平原が交互に広がり、その間を縫うように川が流れる。
人の手が加えられていない原始のままの世界が眼下に広がっていた。
「これから……」
これからは右も左もわからない中で自分たちだけで生きていかねばならない。
眼下に広がる、この美しく寂しくそして強烈な恐怖を感じさせる世界の中で。
一気に押し寄せてきた絶望感にタケルは全身が締め付けられるような気がした。
「うっ……うぅ…………」
「……」
タケルに抱きついたまま泣き崩れるミク。
タケルには涙を堪えてその背中をさする以外、何もできない。
「なんでだよ……」
さっきまでよりも高度を下げた太陽の下で呆然とタケルが呟く。
夢見ていた華の異世界生活はあっけなく崩れさり、突きつけられた現実にすすり泣く少女の声だけが、世界を見下ろす山の頂に響き続けた。
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