A Whole New World The Dead Only Knows
変わってやる――
そんな思いを胸に、寺庄建人は異世界転移を選択した。
次の瞬間、襲ってきたのは頭をかき乱され、身体がぐにゃぐにゃになったかのような感覚。
「うっ……ぐぅ…………」
思わずうめき声をあげる。
いつまでも続くようなその不可思議な感覚がやっと消え目を覚ますと、タケルは森の中にいた。
それまでの白く閉ざされた、どこかフワフワとした狭い部屋ではなく、どこまでも広がる質量感のある世界。
その次の瞬間、彼は車に酔ったような不快感と頭痛に襲われ思わず頭を振る。
「ここは……? 今まで白い部屋にいたよな……?」
「タケルくん!」
「!?」
混乱するタケルの耳に、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。
それは彼がもう一度聞きたいと望んでいた声。
救うことのできなかった少女の声だった。
信じられない思いのまま声の方に向き直ると、そこにユイナがいた。
「タケルくん!」
「ユイナ……ユイナなのか……?」
走り寄る少女の姿に声が震える。
そこに、ユイナが確かにいた。
目の前の人物の存在が信じられず、ただ茫然とする。
「会いたかったよ……」
抱きついてきたユイナを受け止める。
「うっ……」
一瞬、彼女の最期がフラッシュバックする。
手にジワリと広がっていく血の感覚。
「タケルくん?」
「いや、大丈夫だ……」
必死で頭を振ってその幻想を振り払う。
彼女は今、生きている。
どこからも血は流れていないし、腕の中の暖かさが彼女の生存をはっきり僕に伝えてくれる。
「大丈夫だ……俺達は今、生きている。俺は、これからもユイナのそばにいる。だから大丈夫」
「……うん」
優しく声をかけ、身体を離す。
何も言わずに、ただお互いの存在を確かめ合う二人の下に、無数の足音が近づく。
「み、みんな?!」
そこには見慣れたクラスメイトの姿があった。
その先頭に立っていた男が口を開く。
「よぅ、タケル!」
「あ……あぁ……」
「元気そうだな」
「ヤマト……」
親友の姿を認め、再び胸がいっぱいになる。
涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
ヤマトの他にも見慣れた顔がいくつもいるが、一方で見えない顔も何人かあった。
「……クラスの全員はここにいないの。ここにいるのはタケルくんが25人目」
「40人クラスだから、15人はまだ来てないってことか」
「多分」
ふぅ……と悲しげに息をつくユイナ。
ここは異世界。
見知らぬ土地では知り合いは少しでも多い方がいいという気持ちはわかる。
だが、たとえ誰かが他の選択肢を選んでもそれに文句はないし、何かを言う権利もない。
「……他にも誰か来るといいな」
そのことがわかっていても、それでもタケルもユイナと同じ希望を持たずにはいられなかった。
そんな彼の言葉に小さく頷くユイナ。
「さて……」
誰がいるのか確認しないと。
タケルがそう思った時、突然脳内に声が響いた。
《今回の新規転入者は25名です。これからあなた方にはこの世界で二度目の生を送って頂きます。質問がございましたら、初回特典で三つだけお答えいたします。この特典は今回だけのもので、以後あなた方に干渉することはありませんのでご了承ください》
突然の通告。
思わず皆で顔を見合わせる。
今の天の声はなんなのか。
いや、それよりも三つだけ質問に答える、だと?
なぜ三つだけなのか、そして声の主は誰なのか。
疑問は無数にあるが、今はそれを追求する時では無い事だけはハッキリしていた。
「質問……か」
質問、疑問はいくつもある。
だが、三つしか聞けないなら重要なことだけを聞かなければならない。
その三つに、何を選ぶか……
やはり、こういうことはみんなで相談して決めた方がいい。
そう考え、一同に声をかけようとするタケルの隣に一人の男が立った。
「……25人って、俺たちだけですか?」
《はい》
「「!?」」
突然質問が発せられ、思わず声の主をみる。
それは自他共にクラスのカースト最上位と認める男、ユウダイだった。
人当たりが良く勉強もできてクラスの代表的な存在の男だが、なんでも出来るが故に軽率な行動を取ることも多い。
そして、学校が襲撃された時に武装集団へと真っ先に襲いかかりクラス壊滅の引き金を引いた男でもある。
「お、おい! ユウダイ! お前何やってんだ!」
思わずタケルはユウダイに食いかかる。
「この中で一番能力があるのは俺だ。 俺がリーダーとしてみんなを引っ張る。タケル、こういうのは俺に任せてくれ」
「いや、最初くらい皆で相談しようぜ。一人でやるのは良くないだろ」
「学校で習っただろ? 緊急事態で迅速な判断、対応が必要な時は少人数での決定が大事だって。 で、お前は俺よりも上手くみんなを導けるのか? 落ちこぼれのお前が、俺よりも上手く出来ると?」
「そんなこと言ってねぇだろ!」
「俺に意見してる時点で同じだろ!」
「ちょっと! いくらなんでもタケルくんに対してひどいでしょ!」
何故か強くタケルに噛み付くユウダイに対し、女子の一人が声を上げる。
「なんだ、ミク? お前も俺に楯突くのか?」
「そんなこと言ってないじゃない」
「ミクさん、大丈夫。これは俺とユウダイの問題だ」
「黙ってられない。ユウダイくんがそんな人だとは思ってなかった」
「うるさい!」
突然叫び声をあげ、ミクに向け右手を振り上げるユウダイ。
反射的に彼女を庇ったタケルは、次の瞬間宙を舞っていた。
あっと思う間も無く背中から地面に叩きつけられる。
何が起きたのかわからず、タケルは倒れたまま目をパチクリとした。
「手から……光?」
タケルの腕の中でミクが呆然と呟く。
「魔法……か?」
「そうだ……」
ヤマトの言葉に不気味な笑みを浮かべるユウダイ。
クラスでの様子と全く異なる彼に、全員が背筋の凍るような思いを抱いた。
「あの時、僕にもっと力があれば君たちを救えた! 今度こそ、僕が手に入れたこの力で僕が君達を導く! 二度と失敗はしない!」
凍りついた空気の中、こちらに向いたままユウダイは声を上げる。
「魔法は俺だけが使えるんだよな! 他の奴らは使えないよな?!」
堂々と、自信に溢れた二つ目の質問。
天に向けて放たれたそれは、もはや質問ではなく確認といっても良かった。
《いいえ、全ての人が使えます》
だが、自信に満ちた彼の言葉は冷たく否定される。
答えを聞き、真っ青な顔になるユウダイ。
「嘘だ……嘘だ嘘だ……」
《この世界の原住民と同様に転移者にもランダムに能力が付与されます。しかし、一部の転移者には死に際の感情によって稀に特別な能力が発現する場合もあります。あなたがそれに該当する可能性はあります》
ブツブツと呟いていたユウダイが顔を上げる。
天の声をどう解釈したのか、その顔は再び生気を取り戻し目は爛々と輝いていた。
「俺は特別って言ったな! 特別って言ったぞ! この特別な能力で、お前らを救ってやる!」
もはや支離滅裂だった。
狂気に取り憑かれたかのように声を張り上げる彼に、口を開くことの出来る者はない。
「この力があればこんな世界なんか余裕だ! 特別なんだ、あの時みたいに何もできない訳じゃない! そうだろ? この世界なんか俺には余裕だろ!?」
三つ目の質問。
だが、もはやそんなことはどうでもよかった。
ユウダイを支配している感情は何なのか。
何が彼を突き動かしているのか。
その異様さ、危うさをなんとかすることの方が、タケル達にとっては質問の権利を失うこと以上に重大なことだった。
だが、誰も動くことはできない。
何をして良いか、誰にも分からなかった。
《この世界の文明レベルは16世紀終盤の地球と同等です。以上で、あなた方への干渉を終了いたします。幸運をお祈りいたします》
それだけを伝え、天の声は消えた。
誰も何も言わない。
ただ一人を除いて。
「……くっくっくっ……16世紀? 戦国時代か? つまり神は俺にこの世界の徳川家康になれと言うんだな!」
ユウダイが全員に目をうつす。
「さて、そこの出来損ないについていくか、俺についていくか。どっちが良い?」
ユウダイの身体が宙に浮く。
「いや、これは……飛んでいるのか?」
ヤマトが呆れたような声を上げる。
見上げる先の、白い光に包まれたその存在まるで――
「まるで天使だな……綺麗で、醜い……」
ヤマトがぼそりと呟く。
そんな彼の隣で、タケルは声を振り絞る。
「おい、ユウダイ! みんなで協力して……」
「黙れ!」
口を開いたタケルに対してユウダイは憎悪をぶつけた。
襲いくるあまりに異様なその感情に、思わずタケルは口を閉ざしてしまう。
彼はそんなタケルを睨みつけたまま、クラス全員に問いかけた。
「さあ、選べ。 新世界の創設者について世界を変革するか、この負け犬に付き従って土に還るか!」
動く者と留まる者。
静寂の中、見下ろす天使の下で少年少女はそれぞれの道を選んでいく。
新たな世界に着いてすぐ、こうして彼らは袂を分かつこととなった。
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