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あの世は国のまほろば  作者: 和太鼓
16/17

漸近線上のハッピークリスマス

「勝手に話を進めて申し訳ありません」


「『いえいえ、とても素晴らしかったです。負かした相手、それも向こうから攻めてきたウルフ達を味方に引き入れるなど、私では思いもよらなかったことです』」


「そう言っていただけますと嬉しい限りです」


頭を下げるタケルに対し、ハイドンは笑みを浮かべる。

ウルフ達との面会が終わってすぐ、タケルとハイドンはこれからの方針について話をしていた。


「さて、これからのことですが……」


「『それについて一つよろしいですかな?』」


話を進めようとするタケルを遮り、ハイドンが口を開いた。


「『今回は助けていただき本当に助かりました。我々だけでは一体どうなっていたことか……』」


「お力になることが出来て良かったです」


「『そこで気づきました。これからは他の種族とも関わって行かねばならないと』」


「と、言いますと?」


静かに問うタケルにハイドンは頭を下げる。


「『あなた方は同族からも見放された我々を助けてくださいました。あなた方さえよろしければ我々の村で共に生活していただけませんか?』」


「んー……」


これは予想外だ。

そう思いながらタケルは腕を組む。

まさか相手から共生のお誘いが来るとは。


「エルフの皆さんは良いのですか?」


「『もちろんです。若い者達は皆あなた方から様々なことを学びたいと言っています。この話も若い者から上がってきた話なのです』」


「そうでしたか」


結果としてはタケルが求めていたもの。

それを向こうから自発的に言ってきた以上、それは願っても無いことだった。


「では、ありがたくそのお話をお受けいたしましょう」


「『そうですか! いやはや、ありがたい限りです』」


「そのお話に関して細部はまた後ほど改めて詰めるとしましょう」


「『そうですね。では次に助太刀頂いたお礼についての話です』」


「お礼、ですか」


「『はい。我々に出来ることならなんなりとお申し付け下さい』」


明るい顔でハイドンが促す。


「では遠慮なく。我々からの要求は三つです。

一つはこの村の周辺の資源を自由に使用させていただきたい。

二つ目はこの村の土地を自由に使わせていただきたい。

三つ目はこの村の運営に関わらせていただきたいということです」


「『三つですか』」


「はい。三つ目に関してはデリケートな問題ですので今すぐとは言いませんが」


「『いえ、大丈夫です。あなた方は知識と胆力、そして信念を持っておられるようだ。百年前の大変革以来、村に引きこもっていた我々よりも世界を知っておられる』」


「では、受け入れて下さいますか?」


「『もちろんですとも。実の話、金品などを要求されたらどうしようかと思っていたところでした』」


「そうでしたか」


ニコニコと語るハイドン。

それを見ていると彼らがいかに交渉慣れしていないか、世間慣れをしていないかが、ただの高校生でしかないタケルにもよく分かった。


***************


「あ、おかえり。どうだった?」


「ただいまユイナ。この村で住んでくれって頼まれたよ」


「じゃあ、交渉は成功ってこと?」


「最低限の仕事は出来たよ」


そういうと仮設の建物へと足を向ける。


「流石に眠い。みんなが起き出したら起こしてくれ」


「あ、タケルくん……」


「おやすみユイナ」


慌てて引き止めようとするユイナにタケルは背を向けたまま手を振り、そのまま建物の中へと消えていった。


「もうみんな起きてるのに……」


「仕方ないお。僕らが仮眠を取ってる間もずっと後処理だったり長老さんとの交渉したりで頑張ってたんだ」


「そうだね。寝かせておいてあげよう」


「ユウキくん、ショウコちゃん……」


優しい言葉を口にする二人に思わずユイナも微笑む。

そのすぐ後ろでミクがフラフラのアンナにも声をかけた。


「アンナ。あなたもちゃんと寝なさいよ」


「アリガトウ、ミク。私モ寝テクルネ……」


「「おやすみー」」


覚束ない足取りのアンナも建物の中へと消え、後に残されたのは9人。


「……野球でもする?」


「あー! 野球かぁ! そう言えばしばらく見てない気がするな!」


「テレビもネットもこっちにはないからな


「あっても試合は見れないけどね」


ダイスケとコジロウがはぁーっとため息をつく。


「そういえばもう一週間もネットに接続してないンゴ……」


「確か、転移してきたのが12月15日だったよね?」


「そうだね。で、それから一週間と2日経ったから24日……」


ネット環境に涙を流すユウキを無視し、ユイナとミクが顔を合わせて叫んだ。


「「今日はクリスマスイブだ!!!!」」


***************


「ん……んー……」


身体が重い。

金縛りにあったように動けない。

寝苦しさでハッと目を開けるとそこには金色の世界が広がっていた。


「ん……?」


寝惚け眼を擦ればそこにいたのは金髪の少女……


「あ、アンナ!?」


「ふぁあぁ……おはよ……」


「いや、おはようじゃねーよ! ここ男子部屋だぞ! なんでお前がいるんだよ!?」


「んふふ〜むにゃむにゃ」


「ね、寝るな! 早く向こうに行け!」


タケルの上に覆い被さるようにアンナが眠っていた。

男女で部屋を分けていたにも関わらずアンナがいるということは寝ぼけて間違えたのだろう。

再び眠りに吸い込まれていくアンナを必死に揺り起こす。


「ちょい! アンナ! 起きろ!」


「ん……んー…あっ! オハヨー」


「起きたか」


ようやく目をこすりながら体を起こしたアンナに安堵する。


「アレ? 何デ、タケル君ガ?」


「多分寝ぼけてたんだろう。アンナが」


「エ!? アッ……エ!?」


驚いたように周りを見渡すアンナ。


「アッ、アノッ!」


「はっ、はい!」


「……スミマセン」


「いえ……こちらこそ……」


お互いに赤くなりながら謝る二人。


「と、とりあえず外に行こうか」


「ハ、ハイ!」


気まずさに耐えきれず二人揃って外へ出た。


「「「おはよー!!」」」


「お、おはよう……」


「オハヨウゴザイマス」


「どうしたの? 二人とも顔、赤いよ?」


「「ナンデモナイ!」」


思わず外に出たものの、やはり心の整理がつかないタケルとアンナ。

そんな二人の姿を認めたユイナとマリノ、ショウコが近づいてきた。

マリノの言葉に少し動揺しながらふと周りを見回す。


「アレ? 人少なくね?」


「うん、今ね、クリスマスツリーを作ってるんだよ」


「クリスマス? なんで?」


ユイナの突拍子も無い言葉に面食らう。


「今日はクリスマスイブなんだよ!」


「マジ!?」


「そ。だから今みんなで準備してるとこ」


そう言うショウコの案内について村の外へ出ると、そこにはエルフたちと共に働くみんなの姿があった。

その中心には一本の木の幹。

枝や葉は取り除かれ、ただ一本の棒が直立しているようにしか見えない。


「これがツリーか?」


「あ、起きたんだね」


怪訝な顔をするタケルに気づいたミクが駆け寄ってくる。


「随分長い間寝てたから心配してたんだよ。もうすぐ夕方だし」


「そうか」


「そうだよ」


そう言うとミクはツリーに向けて足を進める。


「でももう元気だ。ありがとう」


「うん。じゃ、そんなタケル君に私からプレゼントをするよ」


「プレゼント?」


「うん。クリスマスプレゼント」


掌を木に向けるミク。


「行くよっ!!」


掛け声とともに青く輝く彼女の手。

それと同時に幹が根元からビキビキと凄まじい音を立てながら凍り付いていく。


「す、すげぇ……」


三分の一ほど凍ったあたりで幹から氷がせり出し、枝や葉が出来始めた。

幹が最上部まで氷に覆われた時、そこにあったのは紛れも無く針葉樹。


「氷のクリスマスツリー……」


「そう。で、プレゼントの残りは暗くなってからのお楽しみ!」


息を切らしながら微笑むミク。


「きっと凄いよ」


***************


すっかり暗くなったころ、人口の灯りに照らされてほんのりと明るい道をタケル達は歩いていた。


「意外と歩きやすいな」


「町からツリーまで街灯があるからね」


「マリノの技術、本当に凄いな」


「ツリーのオーナメントから街灯まで作っちゃうなんてね」


マリノを褒めるタケルとユイナ。

そんな二人に対し首を横に振りながらマリノは呟く。


「私だけじゃないよ。手伝ってくれたみんなのおかげ。それにエルフのみんなの魔法がなければこの灯りは完成しなかった」


マリノが設計し作り上げた街灯。

その中に入れる光を提供してくれたのはエルフ達だった。


「アマデアスさん達には本当にお世話になりました」


マリノがすぐ後ろを振り返り頭を下げる。

そこにはエルフ達の一団。

その先頭のハイドンの側に控える、アマデアスと呼ばれたエルフの少女がニッコリと微笑む。


「彼女の光魔法は凄い。レーザーを使うムサシ君とは違って周囲を照らすことに長けてるの」


「だよね! それに、エルフさん達の使う魔法にはびっくりしたよ。まさに魔法って感じで呪文唱えてたから」


アマデアスが街灯に灯を入れた時の様子を思い出したようにユイナが顔を輝かせる。

エルフ達は魔法を使う際、詠唱を行なってから効果を発動する。

その様子はタケルも見ていて、そして疑問に思っていた。

無詠唱で発動する自分達の魔法と詠唱を必要とするエルフ達の魔法の違いは何なのか、と。


「ユウキ、これに関してはどうだ?」


「あー……あのアニメの続き気になるンゴ……悲しいなぁ……痛っ! なにするんだおっ!」


「ブツブツうるさい。蹴るぞ」


「蹴ってかr」


「お約束はいいから話聞け」


「ひどいお」


「エルフ達の魔法の原理はどういうものだ?」


再び質問するタケル。

雑な扱いに涙を浮かべながら、それに関してユウキはえーっと考える。


「エルフの魔法は精霊の媒介を必要とするんだお。呪文を唱えて自然界の法則を司る精霊と契約を結び、その力を借りて魔法を発現するんだお」


「精霊デスカ!」


「フィンランドの人達と馬が合いそう?」


「ハイ! 気ガ合ウト思イマス!」


「そういえば前にもそんなこと言ってたな。また後でエルフの人たちに魔法教えてもらいなよ」


「ハイ! 是非トモ話ヲ聞キタイデス!」


そんなことを言っている間に彼らはツリーの近くに立っていた。

辺りは真っ暗。

空には星が無数に瞬き、涼しい風が頬を撫でる。


「えー! みなさん! 今日はお集まりいただき、ありがとうございます!」


突然、大きな声が辺りに響いた。


「アレはミクか?」


「そうだよ。 先にこっちで準備するって言ってた」


ユイナがそばに立って答える。


「今日は私たちの元いた世界でのクリスマスイブです! そして、エルフと私達と、そしてモンスターウルフが仲直りした記念日でもあります!」


彼女の言葉をアンナがテレパシーしているのだろう。

エルフやウルフたちからも歓声が上がった。


「是非とも今夜はみんなでゆっくりと楽しみましょう! では、ハイドンさんのご挨拶です」


ミクの可愛らしい声が消え、続いて野太いハイドンの声が聞こえてきた。


「『えー、んん、皆さん、こんばんは。ハイドンです。先日、私は良い言葉を知りました。“昨日の敵は今日の友”。モンスターウルフの皆さんとの戦闘もありましたが、それは過去の話。互いに過去のことは水に流し、これから共に頑張っていきましょう! 今日が新しい生活の門出として素晴らしい一日となりますよう願っています』」


「ありがとうございました!」


ハイドンが挨拶を簡単にすませると、再びミクが声を上げる。


「では、これからツリーに明かりをともします! 皆さんも一緒にカウントダウンよろしくお願いします!」


「「「10!!」」」


カウントが始まると同時に街灯の明かりが消えた。

突然訪れた暗闇にどよめきが起きながらもカウントは減っていく。


「「「3!!」」」

「「「2!!」」」

「「「1!!」」」


その瞬間、狼たちが吠えた。

美しく切ない遠吠え。

その美しい声に思わず心が奪われた瞬間、世界に光が満ちる。


「メリーークリスマーーース!!!!」


上空で光が弾けると同時にツリーが美しく輝きだす。

緑、赤、金、そして……。


「雪……?」


空から白が舞いおりていた。


「すごい!!」


「雪だよ! 雪が降ってる!」


「信じらんない!! 暖かいのに雪が降ってる!!」


思い思いの歓声をあげる一同。

その中でただタケルはその風景を見ていた。


ただ、見ているだけしか出来なかった。


「……よっ」


いつものように、だが、いつもよりも優しくそして静かにタケルの背中を押す感触。


「ミクか」


「うん」


振り返ることなく問いかけると静かな返事。

いつもと違って、ミクは彼の背中に手を当てたまま動かない。


「綺麗だな」


「でしょ?」


「凄いな」


「頑張ったもん」


「そうか」


「そうだよ」


素っ気ない会話。

だが、そのショートラリーが心地良い。


「……これが、そうなのか?」


「うん。私からのクリスマスプレゼント」


「なんで俺に?」


「感謝の印」


「感謝?」


そう問いかけるタケルの服が引かれる。


「この世界に来てすぐ私を助けてくれた事。山の上で泣くだけだった私を慰めてくれたこと。ゴブリンと大鬼が攻めてきた時に助けてくれたこと。いつか、宇宙(うみ)に連れて行ってくれるって言ってくれたこと……」


「ミク……」


「もっともっとたくさん……言い切れないくらい沢山助けられた」


「俺は……俺は何もしてない」


「ううん。少なくとも私を助けてくれた」


そう言うと、背中から彼女の手が離れる。


周りの皆はお祭り騒ぎ。

エルフたちが用意した料理に舌鼓を打ち、ウルフとエルフと人間が肩を並べて笑っている。

この世界に来て初めて食べる肉に感動の涙を流す者もいた。

タケルの周りにいた人たちもいつの間にやらみな料理の方へと行き、タケルとミクは二人きりになっていた。


周りの喧騒は届いていても、タケルの耳にそれは入ってこない。


光り輝くツリーを背景に、雪の舞い散る中で微笑む一人の少女の声しか入ってこない。


「タケルくん」


「ん?」


「私ね、どうしていいか分からないの」


「何がだよ」


「私の気持ち」


そう呟いて、ミクは下を向く。


「……本当に分からない。伝えちゃったらきっと気まずくなる。でも我慢できない」


「ミク……」


「こんな状況で、恋愛なんてサイアク……」



そういうとミクは顔を上げ、タケルの目を見た。

動く唇、染まる頰。

光と雪の降り注ぐ世界が二人を包む。

近くの喧騒はいつの間にか遠くへと消え去っていた。

メリークリスマス(投稿日はひな祭りの日)

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