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あの世は国のまほろば  作者: 和太鼓
15/17

バウリンガルは狼でも使えるらしい。

「……ねぇ」


「……なんだよ」


「なにしょげてるのよ」


「別に凹んでなんかいねぇよ」


ミクの言葉にタケルはそう呟く。

その足元には燃えて真っ黒になった木。


「一度失敗したくらいで……」


「一回? バカ言うなよ。俺が何回……何回失敗したと思ってる……」


「3回目で、『あーこれ無理だわ」って言ってたよ?」


「ぬわぁた!?」


シリアスな空気に似つかわしくない、のほほんとしたユイナの声がタケルの名演を遮る。

予想外の攻撃にたじろぐタケルに呆れながらもミクが口を開いた。


「戦いはあっけなくこっちの勝ち。でも、モンスターウルフを操ることはできなくてタケルくんはがっかりしてる」


「現状説明どうもありがとう」


現状の再確認を行うミクにタケルが拗ねたような返事を返す。

白む空の下、いつのまにか消えた焚き火の燃えかすを前に彼はずっと座り込んでいた。


「それにしても怪我人も出なくてよかった」


「相手も味方も誰一人殺すことなく、なんて無茶をよく完遂できたね」


「みんなの、特にヤマトとムサシの大口径コンビのおかげだよ」


そう話すミクとタケルの顔に朝日が差し込む。


戦いは一瞬で終わった。

ウルフ達の爪も牙も、人間が築いた防御施設を崩すにはあまりにもか弱い存在だった。


ムサシを中心とする遠距離攻撃によって先頭を進んでいたリーダーと思しきペアが戦闘不能になると、ヤマト達の一次迎撃隊が次々と残りのウルフを屠った。

特にゴブリンを蹂躙したムサシとヤマトのペア。

ムサシが遠距離攻撃で足を止め、ヤマトが仕留めるという二人の見事なコンビプレーによりあっという間に勝負は決まった。


「半数が動けなくなった時点で降伏するなんて、諦めのいい狼達だったね」


「仲間意識が強いんだろうよ。ムサシとヤマトがいなければ被害が広がる前に降伏してたかもしれない」


武蔵の言葉にミクも深く頷く。


実際、タケルの言う通り、ウルフ達は仲間意識が強く仲間の犠牲を良しとしない。

だからこそ攻める際も被害が出ないよう慎重に少しずつ攻め、確実に仕留めようとする。


だが、今回は相手が悪かった。

あまりに手際の良い戦い方で、あれよあれよと仲間が倒れていくことに、さしものウルフ達も呆然として何も出来なかったのである。


「で、降伏したウルフたちを一時的に収容してるのがあの区画な訳だが……」


村の一部に作られた、土塁によって区画された収容所。

そこにウルフ達が全部で30体。


「なんだか……凄い光景だね」


「そうだね……全員が『おすわり』か『伏せ』をしてるけど、それでもなかなかの威圧感よね」


ユイナとミクが苦笑いをしながら感想を漏らす。

だが、それよりも気になることがあった。


「どうして子供までいるんだろうね……」


捕らえたウルフのうち、実に5体が幼体だった。

これが何を示しているのか、それが一番ミクにとって興味のあるところだった。

だが、それを確かめる方法は今の所思い浮かばない。

とりあえず疑問は棚に上げ、彼女はタケルに笑顔を向ける。


「タケルくんの目標だった『支配下に置く』ことは達成できるかな?」


「実験は全て失敗したからなぁ」


だがそれにタケルは暗い顔で応じる。


「意外と固い表皮と体毛でブービートラップは不発だったし、脳みそ操作とか意味わかんねぇし」


「まあ前者はともかく後者は予想通りだったかな?」


「なっ!」


「私もミクさんと同じ感想かなぁ」


「ま、ユイナまで……」


二人に否定され、タケルはがっくりと肩を落とす。

そのまま彼は肩を震わせ始めた。


「な、泣いてるの?」


「ふ……ふふふ……」


「「ふ?」」


「ふぅっはっはっははははぁ!」


「「え?」」


少しいじり過ぎたかと心配し声をかけようとしたミクは、その異様な光景に思わず固まった。

その眼前には突然笑い始めた変態。


「甘いな! この俺様がこの程度でへこたれるとでも思ったのか!」


「……ねぇ、タケルくんはどうしたの……? どこかで頭でも打ったの?」


いきなり痛々しい事を言い出したタケルにドン引きし、余所余所しい話し方になるミク。

ユイナも目をパチクリとしている。


「助手よぉ」


「は? 助手……はぁ?」


「次の作戦に移行! 今すぐだ! 俺様に続けぇい!」


「は、はいな!」


「え、ちょ……ユイナちゃん……?」


流されるままに返事をするユイナ。

ドン引きと困惑でツッコミの追いつかないミクの呆れた声に耳も貸さず、タケルは手を大きく広げる。



「今度こそ俺様の……」


「何やってんだよ」


「楽シソーダネ!」


調子にのるタケルの頭が突然はたかれ、詠唱が中断する。

思わず振り返ればそこにはユウキとアンナがいた。


「アホなこと言って周りを困らせないこと」


「ユウキさん、マジ痛いっす……」


拳によるツッコミに悲鳴をあげるタケル。

そんな彼にため息をつきながら、ミクがアンナを振り返る。


「アナ、どうしたの?」


「タケル君ニ呼バレテ。ウルフト、話ガシタイッテ」


「話? 出来るの?」


「多分出来ルヨ」


また何を企んでいるのか。

ユウキとじゃれ合うタケルを見て、思わずミクは頰が緩む。


「あ、長老さんだ!」


ユイナの声に再び視線を戻せばそこにはハイドンとヴァントがいた。


「おはようございます」


「『おはようございます。どうですかな?』」


「どう、というのは……?」


「お待ちしておりました。これから試すところです」


ハイドンの言葉に困惑するミク。

代わりに、その隣にいつのまにか立っていたタケルが返答する。


「『そうでしたか。では、早速お願いしてもよろしいですかな?』」


「おまかせを」


ニッコリと微笑み、タケルはアンナを振り返る。


「ほんじゃ、やるか」


「OK!」


やる気十分な返事を返すアンナ。

そんな彼女を連れ立ってタケルは、ウルフたちを見下ろす土塁の端へと歩みを進める。


「えー、俺の言葉が分かるかな? 分かったら一度吠えて欲しい」


土塁に囲まれた収容所。

その中で大人しくしていたウルフたちが一斉に吠えた。


「わぉ……」


「すごい迫力だね……」


タケルの横に並んだミクとユイナが驚きの声を上げる。


「テレパシーは通じるみたいだな」


「ソウダネ」


「よし、じゃあ続けよう」


意思疎通が可能なことにタケルは一安心する。

さて、本題はここから。


「ウルフ達。最初になぜエルフの里を襲ったのか、その理由を教えてほしい」


アンナの隣に立つハイドンを見ながら問いかける。


「本来はそのような事をする種族ではないと聞いているのだが、何か理由があるなら教えて欲しい」


「『……実は、事情があるのです』」


そう言いながら一匹のウルフが立ち上がった。

堂々とした体躯と艶やかな毛並み、満ち満ちた風格は恐らく群れのリーダーだろう。


「『我々は元々少し離れた森を寝ぐらにしていました。小さなケモノなどを獲りながら、ヒトと関わること無く静かに生活していたのです」


ここまではエルフの武闘派、ベトホーフから聞いた話と一致している。


「じゃあ、なぜいきなり?」


「『はい、それは七日ほど前のことでした。突然ヒトが我らの森に入ってきたのです」


「ヒト?」


「『はい。それは今まで私が見たことのあるヒトとは違う、とても恐ろしいものでした。ひどく好戦的で、扱う魔法も格の違う強力なモノ。襲って来た相手に対し、私たちも必死に戦ったのですが力及ばず、住処としていた森から追い出されてしまいました』」


傍目にはウルフがただ唸っているだけにしか見えない。

だが、アンナの伝えるその真意は全く違うものだった。


「それからどうしたんだ?」


「『様々な所を彷徨いました。我々だけでなく、周辺の森の生物は悉く住処を奪われたようで、我々のように多くの種族が新たな住処を求めて彷徨っていました』」


「他の動物たちも、なのか……」


「『ゴブリンやユニコーンなど、みなが新たな場所を探していました』」


「……!! ゴブリン……だと!?」


思わぬ名前にびっくりする。


「あいつらも……そうだったのか……」


「『お知り合いで?』」


「まぁ、色々な……」


少し昔の事を思い出しながら苦笑いを浮かべる。

良い思い出ではないが、その裏で何かが起きていたということに興味が引かれる。

詳しく聞きたくなる気持ちをグッと抑え、話を続ける。


「そんなことよりここを襲った理由は?」


「『初めは新たな森に住もうと思っていました。ですが、どこも人里に近くて追い払われるのです』」


たしかに大きな身体のウルフ達が近くの森に現れたら警戒してしまう。


「『何度も何度も追われ、疲れ切ってしまいました。そして浮かんだのが、逆にヒトから住まいを奪ってしまえばいいのだという考え』」


想像を絶する経験だったのだろう。

彼らの姿からその苦悩がハッキリと伝わってくる。


「『出来ればそんな手段は取りたくなかった。でも、そうする他に道はなかったんです』」


「……」


「『ですが、多くの村は連合を組んで私たちを追い払っていました。流石にそんなのを相手に上手くいくとは思えません。そんな時にこの村を見つけたのです」


「他の村と協力しないからか」


「『はい。元々我々にもこれだけの大集団になる程度には力がありました。それに度重なる戦いと移動で力が上がっていることはわかっていましたので勝てると思っていました』」


ウルフはその力の大小によって集団の大きさが変化する。

平均が10体前後というウルフの中で、この集団は最強レベルと言っても過言ではない。

そんなことをタケルたちが知るのはもう少し後の事である。


「『あなた方と手を合わせて、身をもってその力の差を感じました。あなた方を侮り、あまつさえ追い払おうと考えたこと、大変申し訳ありませんでした』」


「事情は分かった。謝罪の気持ちも分かった。だが、それだけで終わらせるわけにはいかない」


「『はい。分かっています。ですが、どうか処分は私のみに下してもらえませんでしょうか。全てを決め、仲間達に命令したのはこの私です』」


「自分が全て償う、と?」


「『はい。ですからお願いします。どうか仲間達だけは……』」


そう言って地面にペタリと伏せるウルフ。

それを見ながら、タケルは考え込む。

正直彼には考えがあった。

だが元はエルフたちの問題である以上、それを独断で行うわけにはいかない。


「『……さて、どうします?』」


タケルの視線に気づき、ハイドンが逆に問いかけてきた。


「僕に一つ考えがあります。ですが、これは本来この村の問題。やはりこれはハイドンさんが……」


「『いや、この勝利はあなた方のおかげです。それに、戦いの様子を見ていて思いましたが、私にはあなたのような発想力はない。この場の裁量はあなたにお任せいたします』」


「……わかりました」


あっさりと任されたことに驚きながらウルフ達に向き合う。


「自分が全員に命令したから仲間達には罪はない。そんな道理は認めることができない」


「『……』」


「だから全員に罪を償ってもらう。この村に住み、我々と共に生きること。我々と共に生活し、手助けをすること」


「『!!』」


驚いたようなウルフ達に背を向ける。


「俺たちの力になることで襲った罪を償ってほしい」


「『……ありがとうございます。精一杯お仕えさせていただきます』」


感謝の声に振り向くこともなく、タケルは広場の方へと歩いていった。

バウリンガル、知ってますか?

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