エルフの郷の七色プレリュード
「……随分と眠そうだな」
「昨日夜更かししちゃってな」
ヤマトの言葉にタケルは欠伸混じりで返事を返す。
穏やかな昼下がり、タケル達は深い森を進んでいた。
その目的はエルフのフタフタ族の長と会談し、彼らの助力となること。
激しい音が響き渡る中、軽い足取りで一行はエルフの村に向けて歩んでいた。
「いや、これで本当にいいのか?」
そんな中でヤマトだけが重い足取りで森を進みながら言葉を零す。
「何が?」
「こんな……木を切り倒しまくって……」
重い足取りの理由はその前方。
ムサシが魔法で森を切り開いている事にあった。
光が一閃し、その直後木々が轟音を立てて倒れる様はまさに豪快の一言。
「いや、豪快すぎるだろ……」
「まあいいだろ? こっちの方が歩きやすいし」
「いや、まあそれはそうだけど……」
ヴァントの案内をアンナが通訳したものをムサシがその通りに道を切り開いていき、その後ろをタケル、ヤマト、ミク、凸凹コンビ、そしてユウキがテクテクついて行くという行軍方法。
確かにこのやり方は歩きやすいが、流石に豪快すぎやしないか。
そんな疑問を抱えながらヤマトはタケルの後ろを歩く。
「いやまあそんなことより、本当に良かったのか? エルフ達を助けるっていう結論で」
「ああ。 多数決を取って全会一致で決めたことだからな」
そう答えるタケルの顔に迷いはない。
数時間前、11人全員が揃った朝ごはんの後、今後についての話し合いが行われた。
ずばり、エルフの村を助けるか否か。
当然、戦闘になる可能性もあるため慎重論も出たが、昨晩話をしたミクの巧みな話術により全会一致で助ける事に決まった。
「まあ、とりあえず会談をなんとかしないとなぁ……ヤマトぉ、こっちの礼儀作法とか知らないか?」
「知ってるわけないだろ」
「やっぱそうだよなぁ……先にヴァントさんに聞いといた方が良かったかなぁ……」
「タケルぅ、エルフの村ってどこぞ? もうすぐ?」
ブツブツと呟くタケルのその後ろからユウキが声をかける。
考え事をしていた彼はそれに反射的に口を開いた。
「東経105、北緯20、地点……」
「駄目だ! それ以上は駄目だ!」
ユウキが慌ててタケルの声を遮る。
丁度その時、アンナの声が辺りに響いた。
「ミンナ! モウスグダヨ!」
「おお! やっとか!」
「長かったンゴねぇ……」
誤射を避けるためにムサシに魔法使用はやめさせ、草木を掻き分けながら少し歩くと、突然開けた広場が現れた。
そこには多くの人影がゆったりと過ごしている。
「ここが……エルフの村……」
「村っていうか郷って感じだね。日本の山奥の秘境の郷みたい」
「人がたくさんいる時点で秘境ではないけどな」
「雰囲気の話よ」
タケルのツッコミに、ミクが彼の腕をつねりながら付け加える。
「それにしても噂に違わず美女に美少女がいっぱいだお!!」
「こいつ女の子しか見てないぜ」
「知ってたけど、やっぱヤベーわこいつ」
感嘆の声をあげるユウキを凸凹コンビがドン引きしたような目で見る。
言い方はアレだが、確かに彼のいう通り目につく全ての人が美形である。
ユウキのことを言いながらも、思わず全員が「ほぉー」と見とれてしまう。
「……ハ、ハヤク来テッテ、ヴァントガ言ッテル」
そんな彼らに少し笑いながらヴァントが先に進んでいく。
その言葉を通訳したアンナの声で一同は我に戻り、慌てて後を追った。
ヴァントの案内に従ってエルフの村の中を進んでいくと、しばらくして他よりも少し大きな建物に突き当たった。
「ここは……?」
「ここが、エルフの長の館らしいな」
ムサシの言葉にヤマトが答える。
と、その扉が静かに開き一つの人影が現れた。
「もしかして……あの人がこの村の長か?」
「ウン。一番偉イ人ラシイヨ」
問いかけにアンナがそう答えるのを聞き、タケルは背筋を伸ばす。
失礼のないようにしなければと思いながらその人影を仰ぎ見る。
「うわ、かっこいい」
太陽の下に出てきた人影は、立派なヒゲを蓄えた滅茶苦茶カッコいい老人だった。
その老人にヴァントが何かを言う。
二言三言、言葉を交わすと長はタケルたちに向き直った。
それを見ると同時にタケルたちは最敬礼を取る。
「日本国湖近高等士官特別学校海軍科所属学生、テラショウ・タケル並びに同学生の6名です」
いきなり頭をビシッと下げた彼らに少し驚きの表情を見せながら老人は初めて会った時にヴァントがしたのと同じ、側頭部に拳を当てる仕草をとる。
おそらくこれがこの世界での答礼、もしくは挨拶なのだろう。
「『はじめまして。私はここの長を務めております、ハイドンと申します。本日はご足労いただきましてありがとうございます』」
ハイドンはそう言うと手を下ろす。
それを見てタケルたちも頭をあげる。
「『外で話をするのもよろしくない。どうぞお上りください』」
「ありがとうございます。お邪魔させていただきます」
ハイドンの後ろにつづいて屋内に入ると剥き出しの地面の上に茣蓙が敷かれており、彼はそこへと腰を下ろした。
「『どうぞお座りを』」
「ありがとうございます」
ハイドンの勧めに従い7人が腰を下ろすと、お茶のような謎の飲み物が出された。
それをタケルたちに勧めつつ自分も一口口に含むと、ハイドンは口を開く。
「『さて、改めまして、私はこの村の長をしております、ハイドンです。本日はよくいらっしゃいました』」
「こちらこそ、ヴァントさんのお招き、感謝しています」
「『いえいえ。先ず、ヴァントからもお聞きだと思いますが、あなた方を監視するようなことをして申し訳ありませんでした。現在、我々は多種族と抗争中でして、その中で突然現れたあなた方に対して警戒せざるを得なかったのです。お許しいただきたい』」
頭を下げるハイドン。
ミクを見ると、彼女はわずかに頷いた。
「頭をあげて下さい。こちらとしても特に害を被った訳ではないのでそちらに関しては特にどうということはありません。以降は信頼に基づいたお付き合いをしていければと、私達は考えています」
「『そうですか。お心遣い感謝します』」
再び頭を下げるハイドン。
そんな彼に、こちらの本題を伝える。
「ハイドンさん。実はヴァントさんからお聞きしたのですが、今困った状況にあるそうですね」
「『お恥ずかしながらその通りです。先程少し触れましたが、私達は現在多種族との抗争中です。モンスターウルフを相手にしているのですが、少し手こずっておりまして……』」
「他の種族や部族との連携は取れないのですか?」
気になっていた質問をぶつけてみる。
正直、他の部族とかではなく、わざわざ自分達のような新参者に頼む理由がわからなかった。
「『我々は本来他の種族や部族との交わりのない部族なのです』」
「なのに我々と関係を持っても良いのですか?」
「『交わりを持ってはならない訳ではなく、今までは待つ必要がなかったのです』」
「と、言いますと?」
タケルの言葉にハイドンは深く息をつく。
「『このような状況で言うのもお恥ずかしいのですが、本来我々は強い部族でした。外敵を恐れることもなく、自給自足の生活をしていたため村の中で全て完結していたのです』」
「では、モンスターウルフに苦戦しているのは?」
「『奴らは強い。そして頭も良い。流石に1部族で対抗するのは厳しいのです』」
「ほかの部族や種族には?」
「『パイプが無く、助けてもらえませんでした』」
「……」
『ぼっち部族』、もとい『コミュ障部族』だった。
「だから、最後の頼みの綱として我々を調査、相談したと」
「『恥ずかしながら』」
「なるほど……」
相当厳しいのだろう、ハイドンとヴァントは縋るような目つきでこちらを見てくる。
ちらりとミクを見れば再び軽く頷いている。
そろそろ頃合いか。
「お話はわかりました。ただこちらも仲間たちが大切です。彼らが怪我したり、万一にも命を落とす可能性のあることは無償ではしたくない」
「『では、我々にできる事は出来る限りいたしましょう。どうか、お助けいただけませんでしょうか?』」
よほど焦っているのだろうか。
出来ることはなんでもする、など交渉の席で口にしてはいけない事をハイドンは口にした。
それを聞き、タケルは立ち上がり最敬礼をする。
「では、我々はエルフ・フタフタ族と同盟を結び、フタフタ族による防衛作戦に助力します」
その言葉を聞いてハイドンの顔は明るくなった。
***************
「タケル、タケル」
「どうした?」
行きの道中で切り開いた道を洞窟に向けて戻りながら、ヤマトが口を開く。
「これからどうする?」
「一旦帰ろう。で、居残り組に報告してからこっちに移動かな。基本的に夜に紛れて攻めてくるらしいから暗くなる前に全部準備とかを終わらせてしまいたい」
「洞窟は放棄か?」
「いや、使えるかもしれないから一応残しておこう。気になることもあるしな」
「気になること??」
「ああ。まあそれよりも、今はまずエルフ達を助けることを考えよう」
「そうだな」
タケルの言葉に頷くと、ヤマトはユウキの方へと去っていった。
今の話を伝えるつもりなのだろう。
その後ろ姿を見送っていると、背中に軽い衝撃を感じた。
「ミクさんか」
「面談おつかれ、タケルくん!」
「うまくいったのはミクさんのお陰だよ。ありがとう」
会見の時、話のタイミングなどを考えるのに、ミクの反応がとても役に立った。
以心伝心とはいかないが、ミクの考えが何となく読めたことで安心してハイドンと話をすることが出来たのだ。
「特に何もしてないけどね。それより呼び方」
「ん?」
「なんで半年も同じクラスだったのに『さん』付けで呼ぶのよ」
「あ、ああ。じゃなんて言えばいい? ミクちゃん?」
そう答えたタケルに呆れた表情を見せる。
「なんでそうなる……普通に呼び捨てでいいんだよ?」
「じゃあ、ミクで」
「はい。それでよろしい」
ミクはにっこりと微笑むと、さて、と話を続ける。
「それで、気になることってなんなの?」
「え?」
「ヤマトくんに言ってたでしょ? 気になることがあるって」
聞かれていたのか、と思いながらタケルは口を開く。
「さっき、怪我人を見てくれって言われて魔法使ったんだよ。で、その時に感じたんだけど、魔力の回復が洞窟の周辺より遅かったんだよ」
「ふむ……」
顎に手を当てて考えるミク。
会見の後、ハイドンに一つ頼まれたことがあった。
それは戦闘で怪我を負った者の治療だ。
その時にタケルは違和感を感じていた。
「洞窟周辺で魔法を使った時は魔力の回復も早かったんだ」
「なるほど」
「別にパワースポットとは言わないけど、俺らにとっては必ずしもあの洞窟付近は地獄とは限らないんじゃないかと思ってさ。むしろ力をくれてるような……」
「……私達にはあの環境に対する耐性ができてるかもしれないってこと?」
タケルはそういうこと、と頷く。
「最初は自分のものじゃなかったような身体も一週間ですっかり自分の物と思えるようになっただろ? 」
「うん」
「もしかしたらこの一週間が、魂もしくは身体がこの世界に定着する期間だったのかもしれない。で、その期間にあんな環境にずっといたことで、その過酷な環境に適応した可能性がある」
そうね、と考え込むミク。
その顔を見る限り、タケルの考えにまるっきり反対、と会うわけでもないようである。
「ユウキの鑑定魔法がもうちょい進化したら、そこら辺の確認をしてみたい。で、もし俺たちに耐性があるとしたら……」
「他の何者も入れないあの空間は、私たちにとって最高の砦となる」
「……まだ可能性の話だけどな。データも何もない、ただの妄想」
そう呟くタケルに、ミクは突然笑い出した。
「な、なんだよ?」
「ううん、ふふ……私には思いつかないような事、よくそんなにポンポン思いつくよね」
「なんかバカにされてる気分……」
「逆。褒めてるんだよ」
ミクはそういうと並んで歩いていたタケルの前にぴょんっと飛び出る。
驚くタケルにいたずらっぽく笑う少女。
今まで見たことのないその表情にタケルは少し面食らう。
「びっくりした……」
「まあ、洞窟はまたこれから調べたらいいよ。とにかく、今晩はがんばろーね!」
そう言う少女の笑顔は、今までよりもずっと美しかった。
ありがとうございます!