十万億の宇宙を過ぎて世界有り
静かな夜。
岩からの遠望にはただ暗闇が広がるのみ。
日本で何度も見た美しく輝く町の灯りなどはどこにも見えない。
だが、空を仰げば日本ではついぞ見られることのなかった美しい星の海が広がっている。
その大海原の下、タケルは一人座っていた。
見張りではない。
最初の洞窟よりも格段に魔素濃度が高いここでは動物は生育できないため、襲ってくるような獣はおらず見張る必要がないことがわかって以来、見張りは置かないようにしていた。
では彼は何をしているかというと、ただボンヤリと夜風に当たっているだけである。
何もする訳でもなく、眠れぬ夜にただ空を見上げているだけ。
そんな彼の元へ忍び寄る影が一つあった。
「よっ、テラショウ・タケル上等兵! 見張り任務は退屈かなっ?」
「ん……? ミクさんか」
タケルのすぐ後ろにミクが立っていた。
「見張りじゃないけどな。ミクさんこそ、そのもったいぶった喋り方はなんだ?」
「そうかぁ、見張りは退屈かぁ!」
「何も話聞いてねぇな」
「退屈なら仕方ない、私が一緒にやってあげよう!」
「はいはい、ありがたく手伝ってもらうよ」
「うんうん! それでよろしい!」
テンション高めのミクが楽しそうに隣に座る。
それに対して呆れ半分で軽口を叩きながら、タケルは再び空を見上げる。
「また、空を見てるの?」
「……あぁ」
「……眠れないの?」
「この世界に来てからショートスリーパーになったみたいなんだ。知ってたか? ショートスリーパーの人は成功しやすいらしい。この世界では俺は成功者になるかもな」
「……ばか」
軽口を叩くタケルに対し、ぼそりとミクが呟く。
彼女には本当のところは分からなくても、彼の言葉が本心ではない事は分かっていた。
「ミクさんこそ、こんな遅くまで起きてどうしたんだ?」
「私は……その……」
ミクは少し赤くなりながら口ごもる。
「わ、私もショートスリーパーになったのよ! それくらいわかりなさいよ!」
「そ、そっかぁ。あ、あははは……」
真っ赤な顔で言い訳をするミク。
照れ隠しのような嘘、そして逆ギレだが、タケルはそれに気づかない。
本当に怒られたと少ししょげるタケルに、ミクが口を開く。
「そ、そんなことより、今日はどうしたの? スライム達との深夜の密会、まだ今夜はしてないみたいだけど」
「え?」
「毎晩毎晩みんなが寝てから行ってるじゃない。気づいてないと思ってた?」
「さ、流石は優等生……目端が効くなぁ」
スライムの話はされたくない。
そういう思いからタケルは論点をずらそうと軽口を叩く。
だが、ミクに効果はない。
「もしかしてヴァントさんの話が気になってるの?」
ヴァントの話、それは一言で言えば同盟の提案だった。
ヴァントの本来の任務は偵察要員としてタケル達の動向をチェックすることだった。
多種族からの脅威に晒されているエルフの一族にとって転移組は新たな脅威になる可能性があった。
敵か味方かを見極めることが、窮地にあるエルフ達にとって最重要課題だったのだ。
そしてその任務に着いて5日、ヴァントは本来の任務を放棄していた。
一人の少年の操る魔法を見てから他の任務を全て放り出したのだ。
四苦八苦しながらも見たこともない高みへと登っていく少年とその支援魔法。
それが彼女の好奇心を強く刺激したのだった。
そしてこの日の昼、少年が支援魔法の限界を超えたのを見たことで彼女は我慢ができなくなった。
「……調査対象が魔法使ってるのを見て本来の任務を放り出した上にその対象に話しかけるってなかなか凄いよね」
「それで良いのかって話だけどな……」
ヴァントの話を思い出し、その行動に二人で少し呆れる。
「それにしても、毎晩お忍びで何をやってるのかと思ったらそんなことをしてたのね……」
「むしろ何してたと思ってたんだよ」
「そりゃぁ……男の子は深夜にあんなことやこんなことを……」
真っ赤になってゴニョゴニョ言い出すミク。
「……あの、大体何想像したかは分かるけどそんなことしてません」
「な、何にも言ってないでしょ! バカ!」
「でも、美少女にそんな想像されるってちょっと嬉しい」
「何も想像してないっ! ばかっ!」
さらに赤くなるミクをからかうタケル。
そんな彼にますますミクは口を尖らす。
「べ、別にいいでしょ……」
「まぁ別に悪くはないけど今はそんなエロトークは求めてないです」
「なっ、たっ、タケルくんが話を振ったんでしょ!」
「自滅じゃん」
「う、ぐぅ……」
ひとしきりいじったところでタケルは真面目な顔になる。
「ミクさん、聞いておきたいことがあるんだけど、良い?」
「……なによ。 えっちなことはダメだよ?」
「だから今は求めてねぇって言ってんだろ」
「ふ、普通、少年漫画的には王道な台詞でしょ!」
「どんな王道だよ! どんな少年漫画を読んだらそれを王道だと思うんだよ!」
いちいち脱線することにため息をつきながら話を戻す。
「ヴァントの話だよ。みんなにも言った通り、エルフの部族、フタフタ族はピンチらしい。それに加勢するかどうか、意見を聞きたい」
ヴァントの最初の目的は“タケル達が敵かどうかを調査する”という事だった。
それが火急の要件とされた背景は彼女の所属部族、フタフタ族の危機である。
「確か狼みたいなモンスターに襲われてるんだっけ?」
「モンスターウルフって言ってたな。そのままだよなぁ」
「害獣を追い払ってくれそうな名前ね」
「で、ヴァントはそいつらとの戦いを手伝って欲しいらしい」
「タケルくんはどう思ってるの?」
「助けるべきだと思う」
「優しいんだね」
「いや、『困ってるから助ける』なんて理由じゃない。これは俺たちにとってもプラスになると思うからだ」
「……なるほど、原住民族とのパイプが欲しいのね」
たった一言で、ミクが核心を突く。
「流石は優等生」
思わずタケルは賛辞の声を上げる。
同時に心の中で疑問も湧き上がってきた。
ミクは才色兼備でクラスの中でも突出した生徒だった。
そんな彼女がどうしてタケル達について来ているのか。
そんなタケルの小さな疑問など気づくこともなく、ミクが話を続ける。
「このまま11人で生活するにはマンパワーも足りないし、その日暮らしが精一杯。加えてこの周辺は外界から物理的に隔絶されてる」
「そう。つまり、このままだとジリ貧なんだ。ここにいても生活はできるけど、それで終わり。ここに縛られたまま一生が終わっちまう」
「だから、エルフの人たちと同盟……あわよくば共生をしたいって腹ね……」
完璧な読みにタケルは何も言うことがなかった。
「でもちょっと急ぎすぎなんじゃない? もう少し力を蓄えてからでもいいんじゃないかな?」
「でも、今がいいタイミングだと思う。拠点が完成してからだったらみんなも転居を渋るだろうし、エルフ達も自分達だけで撃退できたらこっちの条件を飲まなくなる可能性がある」
「共生のために、対等以上の関係になりたい。そのために『助力した』っていう事実が必要って事ね」
「そう。確かに危険もあるだろうけど、今は賭けるべき時だと思う」
そう言ってタケルはミクの目を見る。
「これが俺の考えだ。だけど、もちろん異論があることも分かってる。だからみんなの、ミクさんの意見を聞きたいんだ」
「……タケルくんの考えはよく分かったわ」
そう言ってミクはふぅと息をつく。
「私も、タケルくんの考えに賛成。いいタイミングだと思うよ。それにせっかく新しい世界に来たんだもん、色んなところをみて、いろんなことをやってみたい」
そう言いながら、彼女は手を天に伸ばす。
その先にはどれだけ見ても飽きないほどの星の海が広がっている。
「そしていつか、空へ、そして宇宙へ……」
ミクの目には何が映っているのか。
それがタケルには分かる気がして、そしてそこへ辿り着くことはきっとないだろうということが分かって。
「いつか……いつか行こうな」
「……うん」
どこまでも広がる星空を、二人はいつまでも見つめていた。
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