聖域
本来は十話ほどストックがあり、昨年内に投稿する予定でした。
遅くなってしまい楽しみにしていただいた皆様にはお詫び申し上げます。
「あ、タケルくんとユウキくんが帰ってきたよー!」
すっかり日も暮れたころ、森の方に人影を見つけたユイナが声を上げる。
「タケルとユウキ、そして……誰だアレ?」
「さぁ……?」
見慣れぬ人影に眉をひそめる。
「ミク、ムサシ、警戒したままここに待機」
「ヤマトくん……?」
「ちょっと見てくる」
戦力になる二人に声をかけ、ヤマトは近づいてくる三人へと歩み寄る。
見たことのない人影に対し、警戒心が湧き上がる。
「タケル、それにユウキ。そちらの方は?」
「お客さんだよ。名前はヴァント。なんか話があるらしい」
「話?」
「そう、話。言葉は通じないけどな。とりあえず森の中ではなんだからここまで連れてきた」
「……わかった。みんなにも伝えてくるよ」
「できれば人払いも頼む。大勢で一人を囲むのはアレだからな」
「了解」
それだけ聞くとヤマトはタケルの元から去り、一同を洞窟の中へと連れ込んでいく。
タケルたちが焚き火の側までヴァントを案内する頃にはあたりは静けさに包まれていた。
焚き火の周りには昼間にマリノが中心になって作った木製の長椅子がいくつか置かれており、そのうちの一つを彼女に勧める。
「さて……」
一息つき、タケルは呟く。
「意思疎通はどうしたものか……」
タケルは困っていた。
洞窟に戻ってくるまでの間、言葉の通じない相手との会話方法を必死に考えていたが良い案は思い浮かんでいない。
ここへ連れてくる時は身振り手振りでなんとか通じたが、ちゃんとした話となるとそんな事ではよろしくない。
「だけど言葉が分からん以上、身振り手振りでやるしかないか」
そうタケルが諦めかけたその時、彼の元へヤマトが再び現れた。
その後ろにはフィンランドからの留学生、アンナ。
「どうした? 二人とも」
「さっき話が通じないって言ってただろ? その話をしたらアンナがついてきたいって」
「どういうことだ?」
「アンナは魔法の他にも特別な能力があるみたいなんだ」
「プレゼントをくれるとか?」
「誰ガ、サンタクロース、ヤネン!」
「おお!ナイスツッコミ!! やっぱフィンランドって言ったらサンタさんだよなぁ!」
ビシッと身振りまで入れてツッコむアンナにタケルは感動を覚える。
そんな彼を呆れたように見るヤマト。
「アホなこと言ってる場合じゃないだろ……アンナの能力はテレパシーだ」
「なんだと?」
「アノネ、死ヌ直前、私ハ後悔シタノ。モット日本語話セタラ、モットミンナト、仲良クナレタカモッテ……」
「死に際の後悔、か……」
死に際の想いが強いものには特殊な能力が目覚める――――
『能力』は魔法とは限らないということなのだろうか。
「日本語、マダ下手。デモ、ゴブリンヤ、スライムノ声ハ分カッタ」
「スライム……だと?」
「イエス」
アンナの言葉にタケルはギクリとする。
スライムと話を……?
どんな事を話しているのか不安になるタケル。
そんな彼を見て頰を染めるアンナ。
「おい、何故赤くなる」
「スライム達ハ、気持チ良イコトシテクレルッテ、喜ンデルヨ!」
「は? アンナさん何言って……」
困惑するタケルより先に、二人が口を開く。
「うっわぁ」
「彼女いないからってタケルさん、スライムにエロいことするのはいかんでしょ……」
「お、おい! 違う、違うから! そんなことしてない! ってかユウキ! お前は分かってるだろ!」
ジト目で批難の声をあげるヤマトとユウキ。
そんな二人のあらぬ誤解にタケルは慌てながら必死に否定する。
「し、支援魔法をかけまくってるだけだ! 別に変なことはしてない!」
「ほんとぉ?」
「マジだよ! てかユウキは面白がってるだろ!」
嬉しそうに繰り返すユウキにツッコんでいるタケルに、アンナが口を開く。
「今マデ、私、役立タズダッタ。ダカラ、役ニ立チタイノ」
「突然シリアスに戻るなよ……」
「ダメ、カナ?」
「……いや、助かる。よろしく頼む……」
彼女が役に立ちたいと考えていることは痛いほどに伝わってきた。
それと同時に自分のことを役立たずと自虐していることにタケルの胸は少し痛んだ。
「……じゃあ、早速話を始めるお」
ユウキが口を開く。
タケルが目配せをすると、アンナもヴァントに向かって念波を送る準備を始めた。
「はじめまして、ヴァントさん。僕はユウキ。隣にいるのがタケルとヤマト、そして金髪の女の子がアンナだお。仲間は他にもいて全員で11人。僕らは元々違う所にいたんだけど、一週間前、気がついたらここにいたんだお」
死んで神に転移させられた、などというのは話がこじれそうだったので少し誤魔化しながら自己紹介をする。
それをアンナが謎の言語に変換し、ヴァントに向けて発していく。
「……なぁヤマト、なんで『テレパシー』なのに音だしてるんだ?」
「俺も同じ疑問が浮かんだところだったんだ。聞かれても困る」
困惑する二人を置いてけぼりにしたままユウキは話を続ける。
「ヴァントさん、あなたも話したいことがあるのは分かっている。でもその前にこの世界について教えて欲しいお。僕たちもいきなりここに放り出されて何が何だかわかっていないんだお」
彼らは何も知らない。
日本という特殊な国で、そしてあの特殊な時代で『教育』を受けてきた彼らであっても知識を持たずに生きていくことは厳しい。
何も知らない彼らがようやく会うことのできた『ヒト』に対して、知識を求めることは当然の帰結といえた。
「頼むお」
ユウキが口を閉じる。
それに対して、意思疎通ができる事に驚きの表情を浮かべつつ、ヴァントが口を開いた。
「『話があったのは私の方なのですが、少しなら良いですよ。いくつか質問して頂ければそれにお答えします』、か。
じゃあ、まず1つ目。僕らの世界ではヒトは1種族しか存在していなかったお。
でも、ゴブリンがいるということは『ヒト』に含まれる種族は複数いるのか、教えてクレメンス」
ヴァントの返事を聞き、ユウキが疑問をぶつける。
これは、ヴァントに出会ってからずっとユウキが抱えていた疑問だった。
もしかしたら彼女は二次元でよく見た『エルフ』では無いだろうか。
そんな期待が彼の心の中で鎌首をもたげていた。
もちろん聞くべきことは他にもあるが、彼にとってそれは重大な事だったのである。
それに対して少し考え込んだ後、ヴァントが返してきた答えはユウキの期待通りだった。
「『複数います。私はそのうちの一つ、エルフです』……まじか! まじか! キタコレ!うおおおお!! 二次元世界キタコレ!!」
「……つづけて質問、いいかな?」
めちゃくちゃに興奮するユウキ。
突然荒ぶり始めたユウキにドン引きしているヴァントに対し、今度はタケルが口を開く。
「この周辺に人は住んでいるんですか? ヴァントさんの仲間とか。人だけじゃなく、動物もいるんでしょうか」
「『いえ、この近くには人も動物もいません。ですが、ここを離れればどこにでもいますよ』」
「そうか…… 分かった、ありがとう。このまま質問し続けるのもアレだし、一応最後の質問。……ここは、この洞窟や山の周辺はやっぱり、異常なのか?」
タケルの言葉に、全員が驚いたような表情になる。
「タケル……それはどういう……」
「ヤマト、俺たちは一度も動物を見ていない。それって変だとは思わないか?」
「え、あ、ああ……」
「どこにでもいるはずの動物がここにはいない。それってここが生物にとってあまり良い環境では無いということかもしれない。そして俺たちに悪影響のあることなら早いうちに知っておきたい」
「……わかった。アンナさん、頼む」
「OK」
最後の質問をアンナが伝えると、ヴァントの表情はガラリと変わった。
「『ここは、地獄。空気には瘴気が充満し、水や植物には、ヒトがそれらを一口でも口にするだけで中毒になるほどに魔素が含まれている。それは、人はおろか動物や魚ですら近寄ることは出来ないような環境なんです』」
アンナの訳すヴァントの言葉にこの場にいる全員が身を固くする。
『ここは地獄』
その端的で直球な彼女の言葉が鋭く冷たく彼らに突き刺さった。
彼女の言った言葉が本当なら、最早自分たちの命運は尽きているようなものでは無いだろうか。
そんな地獄のような場所で一週間も過ごしてきたことの意味が、彼らに分からないはずもなかった。
「俺たちは死ぬのか……?」
ヤマトの漏らした言葉に誰も答えることはできなかった。
暗くなる彼らに向け、ヴァントは話を続ける。
「『そして、私がここに来たのもそれが理由です。あなた達がどこから現れ、何を目的としていて、そしてどうしてここで生きていられるのか。それを知りたくて私はここに来ました』」
「俺たちはさっきも言ったようにいきなりここに飛ばされて右も左も分からないんです。目的とかもないし、あなた達に敵対しようとも思っていない」
「『そうですか……』」
信じていいのか分からない、という表情をしながら考え込むヴァント。
そんな彼女にヤマトが不意に声をかける。
「普通なら生きていられないような場所。そんな所にどうしてあなたは入ってこれるんですか?」
「『あぁ……それは理由があるんですよ。私の能力というか。とにかく私は大丈夫なんです』」
ヴァントはあたふたとしながらそう答える。
その様子からするに、信用し切れていない相手にどこまで話していいか迷っているのだろう。
一方で、タケルは彼女を信用し始めていた。
ゴブリン達のように明確な敵対の意思を示しているわけでもないし、こうして穏やかに話をできていることが彼に信用を与えていたのだ?
だがここまで話をしてきたからこそ聞いておきたい疑問もある。
「ヴァントさん、どうしてこのタイミングであなたは俺たちと話をしようと思ったんですか?」
そう問いかけるタケルの顔を、ヴァントはまじまじと見つめる。
興味、好奇心、そしてわずかに含まれる恐れ。
「『それはタケルさん、あなたの魔法を見たからです』」
「俺の?」
「『はい。私たちは魔法の名手として有名な一族です。しかしながら、あなたがさっき使っていたような高次元の魔法を使うものはいないんです』」
キラキラとしたヴァントの目。
ユウキとアンナは突然饒舌に話し始めた彼女の言葉を訳すのが大変そうだ。
「そ、それで、どうして話を?」
「『とても高次元な魔法を使うあなた方に助けていただきたくて……』」
「たすけ?」
そう問いかけるタケルに、彼女は顔を伏せる。
「『はい。私はあなた達と話して分かりました。あなた方は信じるに足る人達です。だから、お願いしたいことがあるんです』」
「お願い……?」
「『私達と協力してくれませんか?』」
そう言った少女の目にはいつのまにか涙がいっぱいに溢れていた。
ありがとうございました!
前書きでも記載しましたが、投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。
本当はこの話を含めた序章全体のクライマックスをクリスマスに合わせて投稿する準備ができていたのですが……
現実世界とは少し季節感がズレていますがこれ以降の話もお楽しみいただければ幸いです。
長文失礼致しました。