とんでもねぇ、あんたを待ってたんだ
「やっぱそろそろ屋内で飯を食えるようにしたいよなぁ」
「でも洞窟の中で火を焚くとかムリだし、かと言って家を建てる技術は無いからねぇ」
「アレはどう? 弥生時代のアレ!」
「竪穴住居?」
「それ! あれなら建てることができるんじゃないかな?」
「でも全員が入れる大きさに作れるかなぁ?」
黄昏に染まる世界。
パチパチと爆ぜる焚き火の周りで談笑しながら夕食を食べる11人。
そこにはのどかな時間が流れていた。
「それにしても一週間ずっと山菜だけだと流石に飽きるね」
「ミク氏、それは動物がいないんだから仕方ないンゴ。まあ、パワーアップした僕の鑑定スキルで栄養素までバッチリだから身体には良いと思うお」
「それにどうしても野菜以外が食べたいならスライムがいるよ」
「嫌よ! 可愛いのに食べたくないっ! ショウコちゃんには情けというものがないの!?」
「食べたくない理由はそれなんだ……」
「でもやっぱ、肉が食いたいな」
ヤマトの言葉にウンウンと頷く一同。
こちらの世界に移ってきてから、動くものと言えばゴブリンとスライムしか見ていない。
ヤマトたちは肉が手に入らないことに不満げだったが、タケルにはそれ以上に心配なことがあった。
初めに天の声が『文明レベル』について言及していた。
つまり、人間はこの世界のどこかにはいて、しかも文明を築き上げ維持できる程度の食料があるということだ。
また文明の構成には労働力――――かつての日本では牛や馬のような存在が担っていた役割――――が不可欠。
魔法があると言ってもできることに限界はあるし、そうした動物たちの助けは必要だろう。
だが、住処としている洞窟周辺に動物はいない。
この世界はタケルの予想に反して動物の力を必要とせずに文明を築いたのか、それとも洞窟の周辺が動物にとって異常な場所なのか。
もしここが動物にとって異常な場所なら、自分たちはここに滞在するべきでないのではないだろうか。
「どうしたの? タケルくん?」
「ん? あ、ああ、ユイナか。悪い、考え事をしてた」
思考の波にさらわれていた意識が一気に引き戻される。
「それで、どうした?」
「ユウキくんが呼んでるよ?」
「ユウキ?」
その言葉を聞き、ユイナを挟んで隣を見るとユウキが真面目な顔をしていた。
「どうした? そんな真面目な顔するなんて珍しいな」
「たまにはまじめになるんだお。ちょっと相談があるから付いてきて欲しいお」
「分かったよ」
よいしょ、とタケルは腰をあげてユウキの後ろついていく。
焚き火から離れ、洞窟からも離れ、なおもどんどんと歩き続けるユウキ。
「ちょっ!」
森へとどんどん近づくユウキにギョッとしながらタケルは声をあげた。
「流石に動物を見てないからって夜に森の中に入るのは危ないだろ」
「いいから」
「お、おい!」
タケルの言葉を無視してズンズン森の中へと入るユウキ。
そのまま少し進んだところで足を止め再び彼は口を開いた。
「……ここ、何の場所がわかるか?」
「こ、ここは……」
その口調はいつものふざけたものではなく、普通でとても真面目なものだった。
「ここは、お前が昼間スライムと『戯れて』いた所だ」
「……」
「俺の魔法は鑑定魔法だ。少しスライム達とお前の鑑定をすればその異常な変化くらいすぐに気がつく」
「えっと、あ、あははは……」
「誤魔化そうったってそうはいかねーぞ」
誤魔化そうとするタケルに対し、真面目なトーンを崩さないままユウキは話を続ける。
「お前、また無茶してるな?」
「うっ……」
「やっぱ図星か……みんなに隠れてお前が努力していることは知ってるし、それがオレ達のためだってこともわかってる。でもな……」
ユウキは頭をガリガリと掻きむしりながら、言葉を探す。
「毎回鼻血を出し、時には血を吐いてまで魔法の訓練をするのはやりすぎだ」
突然ユウキがまくし立てる。
その内容はヒステリックなものでも何でもなく、ただ正論であることがタケルには突き刺さる。
「……みてたんだな。自分でも分かってる。やりすぎかなぁとは自分でも思ってたんだ。でも、やってるうちにどんどん自分の力が強くなるのが分かってくるんだよ……」
思わず、必死に心の奥底に隠していた想いが口をついて流れ出る。
「ある時突然、支援魔法の限界のその先に気づいたんだ。その時から、世界の見え方が変わった。これを極めることが出来たらもう昔の弱い『テラショウ・タケル』じゃなくなる気がしたんだ」
「タケル……」
「目の前で倒れていくみんなを守れなかった、あの教室でただ叫んでいるだけだった俺に助けるための術が与えられた。やるしかないだろ?」
「……」
ユウキは何も言うことができない。
心配する気持ちの一方で、彼に対する理解もあった。
「……分かった。特訓することにはもう何も言わないお。でも僕らに隠すこともないんじゃね?」
「まあな。でも努力って人に見せるものじゃないだろ?」
「まあ、そういうなら隠すのもこの際良いとしておくお。それよりも、どうせなら支援魔法を極めて欲しい。だからしっかり休憩を挟むことだけは約束してほしいお」
「……わかった」
「よし! じゃあ、湿っぽい話は終わりだお。みんなのところに帰るンゴ」
暗くなりゆく森の中。
言いたいことを言えたのか、少し軽くなったような足でユウキは歩く。
その後ろをテクテク進むタケルの耳に突然、ガサガサと大きな音が聞こえた。
「なぁ、絶対何か聞こえたよ?」
「何のネタだ、その言い方」
いつもの調子でネット用語を使うユウキに少し安心しながら、周囲を警戒する。
「さっき聞こえたのは海軍が発砲した音だと思うか?」
「日本兵はバトルフ●ールドに帰って下さい。2時の方向、森の中だ」
ユウキにツッコミを入れつつ少しずつ近づいてくるその音に警戒を強める。
やがて草木をかき分け姿を現したそれに、二人は思わず驚嘆の声をあげた。
「お、おい……」
「あ、ああ……」
二人して思わず棒立ちになる。
その視線の先には美しい金髪の少女が一人立っていた。
「人、人じゃねーか!!」
この世界に来て一週間。
初めて遭遇した『ヒト』のような存在に二人のテンションは大きく跳ね上がった。
「て、敵……か?」
「分からないお。でも、敵ではなさそうな感じじゃね?」
「鑑定魔法は使ってないのか?」
「いや、人相手にそれは失礼かと思って」
「なるほど……いや、緊急事態だから気にするなよ……」
一瞬納得しかけて、慌ててかぶりを振る。
今は緊急事態、礼儀などと言ってる場合ではない。
「と、とりあえずどうする? 殺す気ではなさそうだけど」
「よし、声をかけてみる。……あの! すみません! あなたは誰ですか?」
そう問いかけると少女は握りこぶしを作りそれを側頭部に当てながら何かを言った。
予想はしていたが、日本語でも英語でもない言語。
「すまねぇ、ロシア語はさっぱりなんだ」
「タケルは筋肉モリモリマッチョマンの変態だったんですね……」
「こっちは警官の方だ」
「筋肉には変わりないからセーフ」
「どこがセーフだよ。いや、それよりも意思疎通できないのは困るな……」
「味方との会話は困難だけど、一応彼女が何言ってるかはわかるお」
「おい、それは俺のこと言ってるのか?」
「『私はフタフタ族のヴァント。あなたたちのボスと話がしたい』って言ってるお」
「無視するなよ!」
互いにボケをはさみつつ、ユウキの訳したヴァントの言葉に疑問を持つ。
彼女の顔を見ればかなり真剣な顔をしていた。
「わかった。とりあえず森の中ではアレだから俺たちの洞窟に招待しよう。彼女にもそこで話をしようって伝えてくれるか?」
「了解だけど……どうやって伝えるん?」
「え?」
「進化した解析スキルで言語の解析まではできるようになったけど、それは話せるというわけではないンゴ」
「マジか……」
ようやく会った『ヒト』のような存在。
だが、そこには言語という厚く高い壁が立ちふさがっていた。
あけましておめでとうございます!