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あの世は国のまほろば  作者: 和太鼓
1/17

その昔、ヤマトタケルノミコトは死に際に歌いました。「ヤマトは国のまほろば」と。

俺は明日の今頃。何をしているだろう。


毎日毎日繰り返される単調な日々。


きっと明日も明後日も同じ日々の繰り返し。


それに飽きて嫌気がさして、いつも心で願っていた。


世界がガラリと変わればいいのに、と。


だけど――――


「こんなの……おかしいだろ!!」


親友の手を握りしめて少年は叫ぶ。

彼の制服は真っ赤に染まり、命が溢れていた。

それをどうすることも出来ないまま、少年――――寺庄(てらしょう)建人(たける)はただ慟哭する。


矢真人(やまと)矢真人(やまと)! しっかりしろ、油日(あぶらひ)矢真人(やまと)! あぁ……あああ……あああああああ!!!!」


悲鳴と銃声が溢れる教室の中、ただ座り込んで少年は親友の名を呼び続ける。

もはやそれは親友――――『油日(あぶらひ)矢真人(やまと)』では無い、ただの骸だというのに。


「ぅぅ……」


「……!」


震えるようなうめき声が微かに彼の耳に入った。

その瞬間、少年の身体が弾かれたように起き上がる。

彼の目の前には、机の下で怯える幼馴染の少女。


「建人くん……何が、何が起きてるの!?」


「落ち着け! 落ち着くんだ、結菜(ゆいな)! 大丈夫だから!」


幼馴染の少女――――石部(いしべ)結菜(ゆいな)の姿を見た瞬間、頭が一気に正常に戻る。

今まで自身が混乱していたことが嘘のように建人は冷静になっていた。

彼女を……守らなければ。


「あの、銃を持った人たちはなんなの……? なんで私たちを襲うの? 私たちは……死んじゃうの!?」


「大丈夫。 大丈夫だ! 落ち着け!」


取り乱す少女に建人は必死で声をかける。

結菜との距離は机二つ分。

たったそれだけの距離が、今の彼には果てしない遠さに感じられた。


「俺がお前を守る! だから落ち着け!」


「うん……うん…………もう、大丈夫だよ。大丈夫……」


必死の声かけが功を奏したか、パニックになりかけていた結菜が落ち着きを取り戻す。

自らに言い聞かせるように大丈夫と繰り返す結菜。

そんな彼女に、建人は呟く。


「逃げないと」


「どこに?」


泣き出しそうな顔で、結菜が問いかけてくる。

それに建人は答えることが出来ない。


「廊下には見張りがいて、逃げようとした人は殺されてたよ! 逃げ場はない!」


「窓からは……三階からじゃ出れないしな……」


どこにも逃げ場などない。

ならば、捨て身で戦う?

愚策だ。

それをしたバカのせいで、いまこの教室は地獄と化している。


「とにかくこっちに来い! 今、あいつらは他の人たちを撃っている! 今しかない!」


クラスメートの犠牲に何かを感じる余裕はない。

それを利用してでも、彼女を守りたい。


「とにかく早く!」


「うん!」


発砲し続ける奴らの目を盗み、結菜は机の間をすり抜ける。

あと机一つ分の距離。

彼女はすぐそこにいる。


「結菜!」


「建人くn……」


最後まで言わずに、突然斃れる結菜。

建人には何が起きたのか理解出来なかった。


「結菜……? おい……うそだろおい! 結菜!」


結菜の白い肌が真っ赤に染まっていく。

その頭と腹、二ヶ所から血が溢れていた。

その目にはもはや光は映っていない。



「……だよ……これ……」


親友の、そして幼馴染の命が目の前で奪われた。

そして自分は、一番近くにいながらその命を拾うことが出来なかった。

ふと周りを見れば、そこは死屍累々の地獄。

それが目に入った瞬間、建人は思わず握りしめた拳を床に叩きつけ、天を仰ぐ。


「なンだよこれぇ!!!!!」


視界を涙で霞ませながら、幼馴染だったモノににじり寄り抱きしめる。

逃げるとか隠れるなどという考えはもはや建人の頭の中にはない。

ただ、喪失感と敗北感だけが彼の心を占めていた。


「ゆいな……」


掠れた声で幼馴染の名を呼ぶ少年の身体に衝撃が加わる。

背中に熱を感じ、地面に倒れ伏す。


「やま…….と……」


撃たれたことに建人は気づかない。

痛みも感じず地面に倒れたまま、彼の口から親友の名が零れる。


もし、俺にどんな傷をも癒す力があれば……。

もし、俺に二人を救う力があれば……。

そうしたらこんな結末にはならなかったのだろうか。


頭の片隅で少年はそんな事を思う。

その身体からはどんどん力が抜け、死が近づいていることが彼にはハッキリとわかっていた。


熱い……寒い…………。

涙でボヤける視界の中、銃を持った人物がすぐそばに立っていることに建人は気がつく。


「お……おまえたちは……」


どうして俺たちを襲ったんだ。


その疑問を口にするだけの力は彼に残っていない。


ただ、その答えは分かっていた……

これは、こんな時代で日本という特殊な国に生まれた自分たちの宿命だったのかもしれない、と…………


もはや動くことの出来ない建人に対し、銃口を向ける襲撃者。

すでに教室の中に動く者はなく、悲鳴や銃声も聞こえない。

静寂に包まれる世界に最後の銃声が響き、寺庄建人ら、湖近(うみちか)高校一年三組は全滅した。


***************


「うっ……んん……」


呻き声と共に建人は覚醒する。


「ここは……?」


机と椅子しか置かれていない真っ白の部屋。

雪の降り積もったような情景が広がっている。

その中心で建人はただボンヤリと立ち竦み、周囲を見渡す。

一面真っ白で空から白い光の粒子が雪のように舞う、自分一人だけしかいない静かな場所。

既視感のあるその景色に、何かを思い出しそうになった。


「……!!」


身を切るような寒さ。

一面真っ白な雪景色。


「あぁ……あっ…………」


不意に思い出した。


破れたガラス窓から雪が吹き込む教室。

血と硝煙の臭いが漂い銃声と悲鳴が響きわたる。

そして焼けるような痛みと暗闇に引きずり込まれるような死の恐怖。


「う……うああああああああああ!!!!」


建人は言葉にならない絶叫をあげた。

ガクガクと全身が震え、足からは力が抜けて地面に転がる。

思わず閉じた瞼の裏で自分に銃口が向けられる瞬間が、結菜が殺される瞬間が、矢真人の命が自分の手の上で少しずつ喪われていく様子が何度も何度も繰り返される。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も………………


「や、やめてくれ……もう……十分だ…………」


建人は掠れる声で何者かに懇願するように繰り返す。

夢のような、夢であってほしいような光景。

だが、夢ではない。

それはたしかに起きたことだった。


「あの時……」


それは、高校に入って半年ほど経った12月15日のこと。

退屈な日常が突然の銃声によって血の色に塗り替えられた。


突然の乱入者に騒然とする教室。

銃口を向けてくる武装集団になすすべはなく、すぐに制圧された。

そのまま大人しくしていれば、死ぬことはなかっただろう。

全員が大人しくしていれば。


だが、クラスの一部の者は違う考えだった。

隙をつき、反抗したのだ。

しかし、素手の彼らと銃火器を持つ武装集団では結果は見えている。

反抗した者達はすぐに地に伏せることとなり、さらにそれが引き金となって教室の中では一方的な虐殺が繰り広げられることになった。


そしてその血の海の中で、建人も撃たれ命を落とした。


助かったものはおそらくいないだろう。


「撃たれたことは……はっきりと覚えている……」


少し前のことを思い出すと、なおさら建人には現状が信じられない事のように感じる。

撃たれたはずなのに全身がしっかりと動くという違和感がただただ気持ち悪い。


「じゃあ、これは……? というか……ここは……?」


改めて自身の周囲を見回すうちに、窓もドアもない真っ白な部屋が建人には恐ろしく感じるようになった。

強烈な死の記憶、そして目覚めると謎の場所にいたという恐怖。

情報過多と無理解による恐怖で建人は気が狂いそうになる。


思わず頭を抱え座り込んだ彼の耳に、突然声が聞こえてきた。


《机の上の書類に記入を終えた方から、部屋の外へとおいで下さい》


突然響いた声に驚き、彼はパッと顔を上げる。

思考は一時中断され、さぁーっとパニックが遠ざかった。


「なっ……えと、書類? アンケート?」


困惑しながら立ち上がり指示された通りに机の上をみると書類が置かれていた。

それを手に取ると中には短文といくつかの質問、そして選択肢が記載されている。


「『あなたはお亡くなりになりました。つきましては死後処理を行いますので質問用紙にご回答をお願いしたします……』だと? ……なんだこれ?」


首を傾げる。

どうやら回答しろ、ということらしい。


「面倒だけど、閻魔の所まで延々と歩かされるよりは書き物の方がマシか……」


心に余裕が出来たことで、文句を言いながらも建人は書類を読んでいく。

いくつかの文章と簡単な質問。

迷うことなくサラサラと回答を進める。


「ん?」


最後の一問というところで、それまでサクサクと進んでいた彼の筆が止まった。


「これからの……進路?」


そこには、異世界への『転移』か『転生』、元の世界での『生まれ変わり』の三つの選択肢の中から一つを選べ、と書かれていた。

どうやら、生まれ変わりや転生ではこれまでの記憶は全て消えランダムに生まれ変わるらしい。

その二つを選んだ場合は『寺庄建人』としての人格を喪うのはもちろん、人として生まれ変わる保証もない。

一方で、『転移』では異世界で第二の人生を歩むことができると書かれている。


つまり――


「俺が俺のままであるためには『異世界転移』という選択肢しかない、ということか……」


そう呟き、建人は思わず身震いをする。

今までの恐怖や怒りが鳴りを潜め、変わって希望と喜びが溢れてきた。


――こんな世界、変わればいいのに。


そんな願いをいつも持っていた。

退屈な世界でずっと抱えていながらも、心の奥底では変わるはずがないと諦めていた想い。

これはそんな願いを叶える大きなチャンスなのかもしれない。


「新しい世界なら、俺はきっと変われる」


今までの自分とは違う、何かになれる。


そんな思いが胸に広がる。

そうなれるという保証はない。

だが、可能性はある。


せっかく目の前に転がっているチャンスを逃しては後悔すると本能が言っていた。


「どうせ一回死んでるんだ。失うものはない」


そう呟き、建人は『異世界転移』を選択する。

その瞬間、部屋全体が青く光り出す。

驚く建人の耳に、再び声が響く。


《全ての回答の終了を確認しました。変更がある場合はお申し付けください。ない場合はしばらくお待ちください》


変更点などない。


「見てろよ」


瞼を閉じれば浮かぶ、あの地獄。

その恐怖を押さえ込んで建人は心を奮い立たせる。


「俺は変わってやる」


大切な幼馴染、そして親友を救うことのできなかった前世とは違う。

大切な人を絶対に失わないための力を手にしてやる。

そしてその力で誰も失わないセカイを作り上げてやる。


「ぐぅうう!!!」


そんな誓いを胸に、建人の視界は歪んでいった。

お読みいただきありがとうございます!

これから頑張っていきますので、「あの世は国のまほろば」をぜひよろしくお願いします!

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