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1001

 気がつくともうとっくに下校時間は過ぎていて周りには誰もいない。待っているうちに寝てしまったらしい。保健室に一人取り残されていた。


「あら、やっとこ起きたのね?」


 後ろから急に話しかけられあわててずれている眼帯を直して振り向いた。


「あれ…ベットで寝てた人たちって…」


 そんなことを聞いてみるとはっきり言われた。


「帰ったわよ。今出れば追い付くかもね」


 その言葉にうなずくとポケットから棒つき飴を取り出して口にいれ、急いで後を追いかける。

 昇降口につくともうすでにその人たちは門を出ようとしていた。

 このまま追いかけないでまた明日、ということもできる。それでも、今日起きたことはその日のうちに、後回しにせずきっちり終わらせようと考えて走り出した。


「ちょっとまってくれー!!そこの5人ー」


 らしくなく門の前にいる5人を大声で呼び止める。すると、その5人は気がついたのか止まってくれた。棒つき飴を口からとると軽く走る。

 何かにつまずいた。世界が何回転かして何かに頭をぶつけた…。地面だった。


「だ、大丈夫…ですか?」


 一人が声をかけてきた。聞こえかたからして目の前にいるのだろう。


「(これ周りからみたら土下座だろうな…ま、いいか)今回はよそ見して怪我をさせてた。すまなかった。」


 転んで偶然出来上がった土下座姿勢のまま謝罪する。少々やり過ぎてしまった感はあるが後悔はなかった。それにしてもどこか聞き覚えのある声がしていた気がする。冷静になってみれば5人いる。今謝らなければいけないのは4人…。人違いをしたかもしれないとすこし焦ってきた。徐々にだが頬が赤くなってく熱を感じる。そして、我慢ができなくて帰るためにあらかじめ門の前に呼び出しておいたバイクに急いで乗って逃げてしまった。

 この一連の動作にかかった時間は5秒ほど、アキラにとっては長い時間だったが5人にとっては一瞬過ぎる出来事だった。


「アキアキ先輩、なんだね、助ける人(ターゲット)って」


(ミフユさん、先輩相手でも呼び方はそれなんですね)


「うん」


「え!?(心読まれた!?)」


 アキラの逃げていく背中を見送りながら2回目の人生で助ける人(ターゲット)をヒナに確認したのだった。



アキラが家につくとリュウとユウが夕御飯を食べていた。


「あ、アキラお帰り早くごはん食べないとなくなっちゃうよ」


「おかえり、帰ってきたときユウ一人しかいなくててっきりアキラが誰かに拐われでもしたのかと思ったよ」


 アキラはなぜユウが一人で帰ってきたか知っている。理由は単純、負けたからだ。ユウはディオクと言うやつに腹を刺されて負け、直ぐに人のないところに逃げて空間転移したのだった。

 なぜ知っているのかは当然だ。最近意識していなかったがユウの左目に写る景色はアキラの視覚と繋がっているからだ。

 アキラは軽くため息をつくと手に持ったままだた砂まみれの飴をゴミ箱に捨てて夕食の席につくのだった。


「…ヒナは?」


「ヒナちゃんは()()()()のお家によってから帰るって、珍しいよね」


アキラの疑問にたいしてユウが答えてくれた。

結局この日は睡魔に勝てず寝についてしまった。


全学年共通学力・身体能力調査テストまで残り5日

 今日は土曜日、学校は休みの日だ。しかしそれでも教師には仕事があるらしくリュウはいつも通り仕事へ向かった。アキラはそれを見ながら朝食を済ませ、歯を磨き、ソファの前に座りこんむ。すこし長くなったあまり整っていないもみあげをいじる。


「ね、アキラは今日は何か予定あるの?」


 リビングで朝のニュースを見ているとユウが遮るようにテレビの前に仁王立ちして聞いてきた。例のごとく大きめのパーカー1枚着ただけのユウだ。


「…ない」


「アキラもせっかくの学校生活なんだからもっっっっと楽しんでいいんじゃない?」


 そんなことを言われてもそんなつもりは微塵もアキラには無かったのでアキラはそのままスルーして自分の部屋に戻っていく、後ろから微かに「遊びにいってくる」とユウの声が聞こえた気がした。


「…せめて外ぐらいは出ておくか…」


 そう口にすると机の上においてある眼帯をつけ、クローゼットからテキトーに長ズボンと半袖Tシャツを着てテキトーな上着を羽織り革製のブレスレットをつける。行き先はひとつ喫茶店「ヴァート」だ。あのカフェオレが飲みたい気分になった。

 ガレージにいくと2つあるはずのバイクの片方がない。白の方だ。


(やっぱりでかけたんだ)


 アキラの愛車の黒いバイクにまたがり棒つき飴を口にいれると家を後にした。


(俺、黒そんなに好きじゃないのに…なんでこんなに黒いものばっかり与えられるんだろ)


 心の中で軽く落ち込みながら学校裏の喫茶店「ヴァート」に向かう…。それにしても()()だ、()()、誰かがアキラをみている…?前回と同じやつかもしれない。そんなことを考えているうちにまた店の前に着いてた。


()()こうなったか)


 諦めて店にはいると相変わらずベルバートがカウンターで食器などの手入れをしている。アキラは変わらずいつもの席について変わらずカフェオレを注文した。程なくしてカフェオレは香らせながら出てくる。しかしそこへわざとらしくドアの音をたてながら『そいつ』がやってくる。そしてアキラは気にせず飴を片手にカフェオレをすする。


「いらしゃいませ、6()()()でよろしいでしょうか、ではこちらへどうぞ」


 そのベルバートの言葉を聞いて耳を疑った。「6名様」と言ったのだ。ここには簡単には近寄れないような仕掛けが施されているはず、アキラはどうしても気になり注文をとるベルバートの方をみた。


「え?ヒナ?と、春と夏と秋と冬のひと?」


 その6人のうちの1人であるヒナとその他のメンバーと目があって思わず素が出てしまう。アキラはもう隠すのがかなり下手くそになってきている。隠居した方がいいのだろうかと考えるほどだ。すると『そいつ』がアキラに手招きをしてきた。アキラは警戒しつつも飲み途中のカフェオレを持つと6人の座っている窓際のテーブルまで移動した。


「アキラ先輩、俺たちを先輩のいる≪SMDs≫にいれてもらえねぇっすか?」


春、ハルミチが話を切り出す。しかし、突然すぎてアキラよりもなぜか他のメンバーが慌てた。


「おい、ハルミチお前ちょっと待てよ話には順序ってもんがあるだろうが」


秋、アキトがハルミチを睨み付ける。それでもハルミチは動じずにアキラを見続けている。


「あ、あの、こ!これにはふ、深いわけが」


「…帰る」


 ヒナがことの収集をつけるために話し始めたところでアキラが残ったカフェオレを一気に飲み干して席を立つ。…すこし冷静になってゆっくり飲みながら理由を聞くのもアリだったのでは?とも思った。


「アキラ、待て、話、聞かない?」


『そいつ』が呼び止めた。相変わらず1単語ごとに違う声が聞こえる気味が悪いやつだ。


「リーダーとして、お前達を入れるわけにはいかない、ましてやまだ中学生だ」


 アキラが冷たく突き返して持っていた棒つき飴をくわえると入り口まで行きドアに手をかける。……突然後ろから何かが飛んできてドアに刺さった。バタフライナイフだ。後ろをみると赤毛の子がもう一本ナイフを持って立っている。


(あ、危ねぇ)


「アキっち先輩、あんたとはそれほど年は離れてない、なんなら同じ年齢なはず、何がダメなんです?」


(ミナツさん、あなたも呼び方はそれなんですね)


(ヒナヒナこの状況でフツーそれ考える?)


(え?)


 ヒナとミフユが違う論点の話をしている中、夏、ミナツは理由をききながらもう一本のナイフをかまえた。


「実際は歳は何十か上だし経験の質が違うからだ…一戦やるか?そうすれば引き下がってくれるか?」


 アキラ自身、学校ではそれなりに戦える方だが軍の中ではそれほど強くない。それでも、王様直属の班のリーダーだ。バレたからにはそれに恥じない堂々とした立ち振る舞いをしなければならない。そんな明らかにおかしな考えから出たアキラの言葉だった。


「それでしたらちょうど良い場所がございます。ささ、どうぞこちらへ」


 ベルバートがいつの間にかにカウンターから出てきていた。アキラが立ち上がりベルバートについていくとベルバートはカウンター席の真ん中辺りにある椅子を時計回りに回転させ始める。何回転かしたところで足元からガコンと何かが動き出す音が聞こえた。そこからベルバートがさらに回すと今度はなにかの仕掛けが動き出す音が聞こえる。多分歯車の音だ。 しばらくすると石の擦れる音と共に足元に地下へと続く階段が出てきた。

 ベルバートが降りていき、それに続いてアキラも降りる。その後ろにヒナ達もついてくる。下に行くにつれて徐々に暗くなっていき周りが見えなくなった。


「足元にご注意ください」


 ベルバートの声だ。確かに階段は幅が狭く一歩踏み間違えれば下に転がっていってしまうだろう。そんなタイミングで不意に次の段がなくなった。アキラは一瞬転びかけたがなんとか踏ん張り転ぶことを避けることができた。


(階段が終わるから注意しろってことかい、紛らわしい)


 そんなことを心の中で呟いていると急に辺りが明るくなった。


「広い…」


この場にいた全員が思ったことだった。


「ここは、初代≪A-Z≫の訓練施設です。左の部屋は武器庫右はトイレとなっております」


 みてみるとかなり頑丈そうな扉が右と左にあった。心なしかかなりボロボロになっているように見える。アキラは迷わず左の武器庫へむかう。

 少しするとアキラは一丁のアサルトライフルを片手に倉庫から出てきた。


「今回俺はゴム弾5発が装填されてるこの()()()を使う、そっちはなんでもありだ」


 そう言い放つとアキラはヒナたちと距離を取ってコッキングをする。それを見てヒナ達もそれぞれの武器を手にする。ついてきていた『そいつ』は壁に寄りかかりポケットに手を突っ込み様子を見ている。


「それでは合図は私がとらせていただきます……始め!」


 ベルバートの合図と同時に左右からミフユとミナツが正面からハルミチが攻撃を仕掛けてくる。

 手始めに右へ心臓辺りを狙って銃を向ける。それを見てミナツは弾に当たらないように予想して横へ飛んで避ける。()()()()でよかった。

 今度は勢いよく振り返り左のミフユに同じように向ける。ミフユはこれを前転で避けようとする。

 しかし、アキラは1()()()()()()()()()。回避行動の隙を利用して次は大剣を振り下ろそうとしているハルミチのその後に隠れるアキトを狙う。

 アキラはがら空きのハルミチの横を抜けてアキトに近づく、アキトはこれを予期していなかったのか簡単に接近を許してしまう。アキラはハンドガードを握り銃床でアキトの右側頭部を殴り空かさずに鳩尾にもう一撃、仕上げに銃床を顎に引っ掻けて急接近してきていたミナツの方へ投げ飛ばした。


「アキト様、ミナツ様、脱落でございます。武装を解除してください」


 ベルバートにはアキラは特に何も指示をしていないが安全面を配慮したのだろう二人を脱落とした。止められた二人は悔しそうな顔で戦いを見守ることにした。


  残り3人、


 現在アキラは三角形になるように囲まれている。先に動いたのはアキラだった。

 ミフユまでの距離およそ2.5メートルその位置まで距離をつめる。ここで初めて1発撃った。ゴム弾はミフユの頭に直撃し、ミフユを気絶させた。


「ミフユ様脱落でございます。」


  残り2人だ。


 アキラはハルミチとヒナを交互に見比べハルミチの方へ向きを変える。今度のアキラは動かなかった。2人は警戒しつつもアキラに接近していく、それでもアキラは動かない。そこへヒナは右ストレートをハルミチは大剣を上段から斬りかかる。アキラはそこでまた1発撃った。放たれたゴム弾は大剣を掠めて方向を変えハルミチの喉に直撃する。ついでにそのまま反動を使って、また銃床で殴って、ヒナを気絶させた。

 攻撃と言う攻撃はひとつもできずに5人全員が床に膝をつく、


「もうこれで諦めてくれるな?…ほら、促進剤やるよ」


 アキラは座り込んで喉を押さえるハルミチに話しかける。

 それと同時に一粒の錠剤を渡す。これは自然回復力を飛躍的にあげる薬だ。骨折なら30秒ぐらい激痛に耐えれば完治する。耐えられればの話だが…。しかし、自然回復では治らないダメージや部位の欠損は治すことはできない。あくまでも自然回復でなおる範囲のみだ。

 今回アキラが与えたダメージはかなり少ない、よって、数秒の激痛を耐えるだけで完治できる。


 これをヒナとミフユを除く3人に飲ませた。みんなそれぞれの負傷箇所に経験したことのないほどの激痛に襲われ地面に倒れてもがき苦しむ。自然と苦しむ声も漏れる。アキラが手加減をしておいたお陰で今回は3秒ほどだった。


「わるいな、今手持ちにあるのがこれだけだったんだ」


「アキラ、この子達、師匠、なって、みたら?」


 後ろから『そいつ』が提案してきた。店でアキラを引き留めた時といいこの提案といいどこか焦っているのが伝わってくる。何を焦っているのかはアキラにはわからない、が、この5人を何としてでもアキラのそばに使えさせたいそんな意思が感じ取れる。


「なぜ、そんなにお前は必死なんだ?なぜ、そこまでしてこいつらを俺のそばに置こうとする?」


『そいつ』はアキラに質問されると何も答えず静かに姿を消した。足元をみると一冊の本が落ちていた。表紙などには何もかかれていないためなんの本かは分からない。


「契約、した…から…です…」


 1ページ目をめくろうとすると目を覚ましたヒナが頭を押さえながら立ち上がりミナツとミフユに支えられてアキラに近づく


「契約?」


 もちろんアキラにはそんな契約をした交わした覚えはない。すると、ヒナが左手の甲をアキラに見せた。


「契約」


その一言でヒナの左手の甲に謎の模様が浮かび上がった。


「これは?」


「契約したときについた紋章です。私たちは生き返ることの対価にアキラ様を助けると、『あの方』と契約しました」


 アキラの質問にヒナが応答する。すると、アキラは大きめのため息をついた。


「あっそ、じゃぁな」


 アキラは持ったままになていた本をヒナへ投げて降りてきた階段の方へ歩きだした。


「生憎、俺は年下に助けられるほど弱くないし、契約したってそれは俺とじゃなくて『あいつ』との契約だからな…そうだろ?」


 振り返ることもせずにそう言うと階段を登り姿を消した。沈黙がその場を支配した。


「中等部は近々催しがありますね」


 ベルバートの一言にヒナ達は顔をあげた。近々ある催し物は2つある、1つは全学年共通学力・身体能力調査テスト、もう1つは中等部チーム大将戦だ、ベルバートが言いたいのは後者のことだろう


「説得してみます」


理解したヒナの一言だった。


「あ!ヒナっち!あれだよ!テストのことだよ!あれ?でもどうやってテストで?」


ミナツには分からなかったようだ。


「んなわけあっかよ、その2ヶ月後の大将戦のこったろうが」


「あ、そうかもしれませんね」


「さすが、ミナミナー」


ハルミチの否定は女子陣の耳には届かなかったようだ。


「ったく、騒がしい、大将戦のことだってハルミチがいったろ」


 アキトが止めにはいる。これで場は収まった。あとはヒナの説得次第というところだろう……。



 バイクを走らせる1人の青年アキラ、彼の中にはいろいろな考えが渦巻いていた。

 ユウとリョウのこと、任務のこと、化身のこと、急に出てきた『あいつ』のこと、初めて聞いた単語の「想起術」とその「暴走」、5人が『あいつ』と結んだ「契約」……そしてこの世界……

 現状何もかもが解決していない。やるにしても次から次へと問題が出てくる。


(とりあえず最優先は…はぁ、決まらない)


 結局どこに行くでもなくアキラは家に帰ってきた。静かな家の中を歩き自室に入ると服を脱ぎ部屋着に着替えて枕に顔を埋めた。


「アキラ、ご飯だよー」


 ユウの声でアキラは枕から顔をあげる。

 どうやらあれから寝てしまっていたようだ。時計は19時を指している。アキラは急いで起きるとリビングへ向かった。

 リビングには全員揃っていてアキラが遅れてきたような状態だ。


「あ、あの、およそ2ヶ月後に中等部でチーム対抗の大将戦をするのですが…ユウ様かアキラ様のどちらかに参加をお願いできませんか…」


ヒナが申し訳なさそうに話し始めた。


「アキラ、任せたよ、私は部活で忙しいから、ごちそうさまでしたー」


 ユウはいつの間にかにご飯を食べ終えていて、アキラに面倒事を押し付けるとさっさと自室へ戻っていってしまった。リュウの方をみるとリュウはもうすでにいない。


「(不本意だけどチャンスってやつか)…はぁ…、明日…10時に同じ場所に全員できて」


 返答の一言。ヒナは驚いた。あそこまで仲間に入れるのを拒み弟子を持つことも拒んだアキラがなんの説得もなしに引き受けたのだった。すこし落ち着き誰もいなくなったリビングで端末を取り出してミナツ達とのグループチャットに「明日、ヴァートに10までに集合できますか」と書き込むのだった。


全学年共通学力・身体能力調査テストまで残り4日

 起き上がり時計をみると6時を指していた。ベットから降りて洗面所に向かい、顔を洗って小豆色のセミロングの髪を櫛でとかしヘアアイロンをかけサイドアップにする。

 そこから部屋に戻り私服に着替える、今日も動きやすいストレッチ素材のズボンをはく、いつでも動けるようにするためだ。もう一度リビングにいくと壁にかけてあるエプロンを身に付け乾燥機から洗濯物を取り出し、リビングでニュースを見ながら洗った物を畳む。


(今日は日曜日、アキラ様以外は11時ぐらいに起きるから…朝ごはんは作らないでお昼ごはんだけ用意しておけば大丈夫なはず)


 そうして次は掃除を始める。床の掃除は掃除ロボットに任せ、床以外のところをきれいに掃除していく、物音をたてず静かにかつ、もくもくと……


「…ヒナ…おはよう」


「おはようございます」


 アキラが起きてきた。もうすでに私服に着替え終わっている。ご飯を食べたらすぐに行くつもりなのだろう。ヒナが時計をみるともう9時を過ぎていた。


「今日、乗ってく?おくるよどうせ目的地は一緒だから」


「は、はい、お、お願いします」


 テーブルの上にユウとリュウの昼ごはんを置くとヒナは自室に戻り一冊の本をリュックにいれてアキラのいるであろうガレージに向かった。道中は何もなかった。ただ、ヒナは何かあったらしく少し顔を赤くしていた。


「いらっしゃいませ」


 かわらずベルバートが迎えてくれる。どうやらもうコーヒーを淹れ始めている。アキラはカウンター席ではなく窓際のテーブル席に座る、その正面にはヒナが座った。

 そこへ、ベルバートが6人分のカフェオレを置いていく。そしてベルバートがカウンターへ戻ったタイミングでミナツ、ミフユ、アキト、ハルミチの4人組が入店してきた。


「あ、みなさんこっちです」


 ヒナが4人を手を小さく振りながら呼び座らせる。その後しばらくカフェオレをすする静かな時間が続いた。 そこからアキラが口を開いたのはカフェオレを半分ほど味わった後だった。


「今回だけだ」


 アキラからやっと話された一言だった。そこからそれ以上の言は口にせずただただカフェオレを飲み続けるだけだった。誰も話さず時だけが流れる。


「…理由を聞いてもいいですか?」


 誰も言い出せなかったこの質問をヒナはアキラの顔色をうかがいながら聞き出す。


「…俺にとって好都合だからだ」


 返答としてはあまりよくないものだ。ヒナ以外の4人がすこし冷たい目でアキラを見る。

 それらを気にもとめずヒナは家からずっと持ってきた表紙のない本をアキラの前に置いた。これは昨日『あの人』が落としていった1冊の本だ。アキラは本を手に取り1ページ目をめくる。そのまますこし固まった。


(『あいつ』の思惑通りになるきがするが…参加するからには1位以外は許されないからな…しかたない…)


 アキラはまだすこし残っていたカフェオレを飲み終えるとカウンターへ行きベルバートに話しかける。ヒナ達には何を話しているかわからなかったが、ベルバートがカウンターから出てくると昨日と同じ椅子を回して訓練所の入り口を開けた。


「降りてこい…特訓だ」


 アキラは表紙のない本の表紙をヒナ達に見せると本を片手に下へ降りていった。

 ヒナ達は互いに目配せをしてうなずくとアキラに続いて階段を降りていく。


「『あいつ』は面白いもの置いていったな」


 訓練所まで降りると先についていたアキラが準備体操をしていた。すこし離れた床にその本はあった。ミフユがそれを拾い上げてページをめくる、ヒナを除くその他も横から覗き見ている。


刹羽流戦闘術さつばりゅうせんとうじゅつの指南書だ。やるからには負けは許さないからな」


 指南書の内容は最初から地獄のようなものだった。

 ・体力作りの走り込みとして1時間全力ダッシュ

 ・筋力・体幹を鍛えるためのトレーニングを1時間

 ※アドレナリン、促進剤を使いながらを推奨


「さっ、始めるぞ早く動きやすい服装に着替えろ(正直こんなハードなのやりたくはないけど負けるわけにはいかないからな…)ベルバートさんお願いします」


「承知しました。任せられたからにはどんな状態であろうとカツを入れさせていただきます」


 ベルバートは武器庫から鉄パイプを持ち出しミフユ達が見ていた指南書を取り上げる。

 これからやる訓練は自分たちだけでは手を抜いてしまう可能性があると考えアキラが訓練所に降りてくる前にベルバートに頼んだのだった。


「五分後に始めますご準備を」


 こうしてこの日からアキラにとってもヒナ達にとっても地獄な訓練の日々が始まった。

 まずは全力ダッシュだ。これは訓練所を壁沿いに走ることになった。スターと地点に机を置き、その上にアドレナリンや促進剤、もちろん水分も準備する。使い方はマラソンなどの給水場所と同じ形式だ。全力で走り、足が動かなくなってきたらアドレナリンと促進剤を飲んで変な形で治らないように配慮しながら無理やり回復、水分補給も忘れない、そのときは筋肉痛の何十倍の痛みに止まりそうにもなった。


「そこ!止まっては行けませんよ!」


 止まりかけるとベルバートの叱責と鉄パイプが飛んでくるのでなんとか止まらずにすんだ。飛んできた鉄パイプは壁に深々と刺さっていた。


((((((止まったらマジでヤバイやつだ))))))


 終わるとすぐに唯一の完全回復ができる「1日10個『あいつ』が持たせてくれる専用回復薬」を飲み、疲れをとる。

※回復薬はもとに戻す薬だから飲む前に必ず促進剤を飲む

 それでは終わらず今度は筋力・体幹のトレーニングだ。

訓練所のギミックのひとつの重力倍加を発動させ、その中で全力ダッシュの時と同じ叱責と鉄パイプ、ついでに水、を浴びながらみっちりと鍛えた。


「あっ…」


 1ページ目にかかれた2つをなんとかこなし終えたところでミフユが倒れた。それにつられたかのようにみんな倒れていく。アドレナリンや促進剤、「1日10個『あいつ』が持たせてくれる専用回復薬」を使っているため疲れてはいない。しかし、この2時間での運動量は普通1ヶ月かけてやっとできる量だ。体は無事でも精神は無事ではない……かもしれない……。


「今日はこんなもんですね、ベルバートさんありがとうございました次回もまたお願いします」


「1日10個『あいつ』が持たせてくれる専用回復薬」の空の小瓶を片手にアキラが礼を言う。


「承知しました。…おっと、…アキラ様もお疲れ様でございます」


 ヒナ達同様気絶してしまったアキラをベルバートが支え、そのまま床へ寝かすのだった。


「ベルバート、アキラ達、どう?」


 入り口の壁に『そいつ』は寄りかかってベルバートに話しかけた。


「まだ1ページ目しかこなしていないのにも関わらずご覧の有り様でございます。恐らく数時間はこのままになるかと…申し訳ございません」


 片手を胸にあてもう片手を腰に回し一礼して応答した。


「ベルバート、悪い、ない、しょうがない、ここ、時間、いじる、これからも、頑張、」


 そう言うと壁に触れて何かを操作して消えていった。


「主人様の仰せのままに」



 高い天井だ。何をしていたのだろう。どれくらいの間こうしていたのだろう。味噌ラーメン。

 各々まだハッキリとしない意識の中にいる。アキラが目を覚ますと椅子に座り本を読むベルバートの姿があった。


「俺たちは……」


「およそ12時間ほどです」


 どれぐらいこうなっていたのか聞こうとしたところで遮るようにベルバートが答えた。


「……ってことは、深夜!?フユねぇ門限!」


 ミナツがあわてて立ち上がる。


「大丈夫ですよ。地上はまだ夕方の5時ほどです」


「え?味噌ラーメン?」


 ミフユの意識がすこし戻った瞬間だった。


「誰もそんなこと言ってない!」


「さすが…ミフユさん…、マイペースですね…」


 そんなやり取りにヒナが目を覚ます


「やっぱり塩ラーメンバタートッピングで…」


「だから!いい加減しっかり起きてよ!」


「ったく、騒がしい」


 決まり文句をいいながらアキトも復活した。


「それではみなさん、暗くなる前にお開きにいたしましょう」


 ベルバートが本を閉じて区切りをつけた。しかし、アキラはそこで1人足りないことに気がついた。


「春は?」


「あけぼの」


「ミフユさん、多分ハルミチさんのことです」


 アキラの質問にたいしてまだ寝ぼけているミフユが答えてヒナが正す


「みなさんよりも早く起きて先に帰えられました」


 ベルバートの一言にヒナ達はすこし表情を暗くした。アキラはあえて何も触れず今はただ何も気づかないふりをすることにした。


「ヒナ、家に帰るぞ、みんなももう今日は解散だ」



「ただいま」


 玄関を開けると泣きじゃくるちびっこ達が駆け寄ってきた。奥からはここのセンター長がやややつれた顔を出す。辺りをよくみると飾ってあった花瓶が無くなっていたり床にくつの足跡がすこし残ってたりしていた。おまけに壁には穴も空いている。


「また、取り立てっすかセリエナねーさん」


「えぇ、そうよ、お陰でこの有り様…」


 ここは住宅街の端の方にある都市が管理する孤児保護センター、前任のセンター長が運営資金を横領、それどころか孤児保護センター名義でヤミ金に手を出し夜逃げ、最年長者であるセリエナが代わりにセンター長に就き今に至る。

 このままでは、お金がなくなりセンターは続けられない。かと言って上に報告すれば多額の負債が原因で閉鎖されるだろう。

 みんなが路頭に迷うのも時間の問題だ。

 それを回避すべく今は下は10歳上は15歳までが働きに出ている。


「セリエナねーさん話があるっす部屋いっていいっすか」


 センター長室に入ると机をはさんで向かい合って座った。


「セリエナねーさん、俺バイト増やす週2から週5に…」


「だめよ、ハルくんは…。大丈夫!どうにかするから!」


 もう限界だった。これ以上仕事を増やさない限り大丈夫なんてありはしないとわかっていて、それでもどうにかすると言われ、どうにもならずそれでもまだ大丈夫、どうにかすると言われる。

 自分の無力さを恨んでしまう。


「そう言ってどうにかなってないから言ってんすよ!このままじゃみんなを路頭に迷わせちまう、俺はちびっこ達にはそんな目にはあってほしくないんっすよ!」


 思わず声を張り上げてしまった。つり目のせいで怖さは増し増しだろう。ハルくんことハルミチはここでは2番目の年長者だ。しかし、それと同時に進路を決めなければならない中等部3年生なのだ。

 今回順序を飛ばしてアキラに仲間にいれてほしいと頼んでしまったのもこれが原因だろう。

 ハルミチは自分の部屋に駆け込んだ。

 枕に頭を沈めてどうすればどうすればと考えそのうちに今日にさよならを告げた。


全学年共通学力・身体能力調査テストまで残り3日

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