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 全学年共通学力・身体能力調査テストまで今日を含めて残り6日、一週間をきった日の放課後、アキラとユウは別行動をとることにした。ユウはクラスの愉快な友達たちと一緒に部活動の見学へ、アキラは学校裏にある喫茶店「ヴァート」へ1枚のはがきを片手に足を運んでいた。


(ここか…、)


 アキラの前にはレトロな造りの入り口があった。木製のドアには「OPEN」と書いてあるプレートがさげてあった。アキラが恐る恐る扉を開けると1人のおじいさんがいた。


「…アルバートさん?」


「いえ、私は弟の()()バートでございます。ここのオーナーを勤めております」


 目の前にいるベルバートと名乗る人物はカルパス邸で執事をしているアルバートに瓜二つだった。そんなベルバートに促されるまま人の気配のない店内のカウンター席に座った。


「なにをお飲みになられますか?」


 ベルバートはそう聞いてきたがアキラが見渡すかぎりメニューらしきものは見当たらなかった。


「(…コーヒーならなんでもあります的なやつ?)アイスカフェオレください」


 アキラがそう言うとベルバートは豆を引き出した。時間がかかりそうなのでアキラは店内の内装を見てまわりだした。机、椅子、床すべてが木でできていて店内はまだ日が出ているのにも関わらず薄暗い、そこに香るコーヒーの香り、それが心からリラックスのできる空間を作り上げていた。


「…ところで…なぜ、この招待状を…?」


 アキラが思い出したかのようにはがきを取り出して尋ねた。アキラがそう思うのも無理はない、朝起きてポストの中を見たら、地図と店名それから「お一人でのご来店をお待ちしています」とメッセージの書かれたハガキが自分だけに届いているのだ、その状況で謎に思わない人の方がおかしい。アキラは科学都市に来てからは学校へぐらいしか個人情報は伝えていない。だから届くはずがない。しかし、届いたのだ。もう罠だとしても行くしかない。


「兄からの数少ない頼みなので、アキラ様のため、情報屋としてお役に立てたらと思った次第でございます」


 そう言いながらベルバートが注文したアイスカフェオレをアキラに出した。一口飲むと驚いた。大学生の時にカフェオレにはまり、様々な喫茶店や専門店にまで行って自分の好みの味を探求していたアキラだが、今はじめてこれ以外では嫌だと思う一杯に出会った。


「…毎日…毎日通って…いいですか?」


「お気に召していただけたようで何よりでございます。どうぞ、今後ともご贔屓に」


 一口飲むたびにほのかな甘さとほどよく残る豆の香りが心にまで染み渡る。そんな香りを感じているうちに飲みきってしまった。時間もユウがそろそろ帰りたくなる頃合いだった。


「お会計お願いします」


「ここは()()なので《A-Z》のメンバーの方々には情報料以外の料金は発生いたしません」


 これまた驚いた。国営の喫茶店らしい。いままでの人生でそんなこと聞いたことない。とても怪しくて怪しいかつ怪しいそして、そこから怪しいを引いて怪しいを足したレベルの怪しさだった。それでも嘘をついている気がしないから本当の話だろう。そんな下らない思考を働かせたアキラはせっかくだからと1つ依頼してみることにした。


「あ…あの、1つ依頼してもいいですか?」


「この私、ベルバートが全力でその情報を入手してご覧にいれましょう」


 いままでの柔らかい雰囲気から遠くから獲物を狙っているかのような鋭い雰囲気にきりかわり漂わせた。


「自分がアンダーグラウンドに居たときの観察記録的な情報が欲しいんです」


 雰囲気に流されてアキラが素でしゃべってしまうほどの本気の雰囲気だった。


「承知いたしました。次回のご来店時までに必ずや…。アキラ様、お店を出られる前にこちらをどうぞ」


 そう言って差し出されたのは細い革を編んで作られた少しおしゃれなブレスレットだった。


「これがないとここにはたどり着けないようになっております。ご来店の度にお忘れのないようお願い致します」


 アキラはうなずくとブレスレットを受け取り店をあとにした。


(もうあれ雰囲気じゃなくて圧だろ。びびって外にいるときのキャラ設定守れなかったよ)


 外に出てユウからの迎えの催促メッセージを≪メニュー≫で確認しながらそう思った。

 そのあと、アキラは急いで学校に向かって走り出した。そして、それからアキラが学校の正門についたのは、あらかじめ呼び出しておいたバイクが正門に着くのと同じタイミングだった。


「あ、アキラ!遅いよーどこ行ってたの?ん?なにそのブレスレット」


 さすがはユウだ。再会して早々に食いついてきた。


「これは、たまたま寄ったリサイクルショップでたまたま見つけてたまたま安くなってたから買ってきたんだ」


「へーそうなんだー。たまたま、ねぇー」


 ユウが浮気した夫の言い訳している様を見るような目でアキラを見るのだった。


「…。」


 アキラはなにも言わないままバイクに乗り無言でユウにヘルメットを投げた。


「…ん?家帰ったら…覚悟…しといてよね?じゃーねーみんなー!」


 見事にアキラに対してとみんなに対しての声のトーンが明らかに違った。あの様子だと、まだ、ユウの本性を知らない人たちだとわかる。アキラはヘルメットの中で深いため息をついたのだった。


「お手柔らかに…」


 しかし、アキラのブレスレットの件は家に帰ったと同時に忘れ去られてしまった。


「私、部活に入ることにした!!」


 その一言が放たれた一瞬はアキラにとっては驚きではなく確信の一瞬だった。


「近距離戦闘鍛練部ってゆうなんか変な部活があってね、門の前で一緒にいたみんなと一緒にやるんだー」


 思い返してみればそんな感じの人たちがいた気がする…。確かあの人たちはうちのクラスの…思い出せない。


()()がそうしたいならそうすればいいじゃん」


 少し冷たい言い方をしてしまったと少し後悔したがむしろチャンスだと考え()()()訂正をせずに自室へ戻った。


 次の日、朝からユウと戦い、バイクで登校、そして勉強、昼には隅でボッチ飯たまにケンタ、まだまだ学校生活が始まって一週間だというのにこの生活が定着してきつつあった。


「アキラくん、君の相棒はなんか変な部活に入るっぽいけど君はなんかの部活はいるのかい?」


 ユウがまた部活動見学へ行った後の放課後の賑やかな教室でケンタがロッカーの上に座りながら話しかけてきた。もちろんアキラは声に出すことなく首を横にふって返事を返した。


「アキラくんってほんと無口だよね…、あ、そういえばさ、バイク専用駐輪場のところに出るて噂知ってる?」


 ニヤニヤしながらケンタがアキラに心霊話を持ちかけてきた。アキラが首を横にふり否定すると声をひそめて話し出した。


「そいつはね、フードを目深くかぶっててね黒い服を着てるんだ、授業、昼、放課後どんな時間にでも駐輪場にある特定のバイクに近づくとね、目の前に出てくるんだって、でね、恐ろしいのはここからなんだよ、そいつに軍事科の生徒が攻撃したんだって…そしたらね……」


 わざとだろう、いいところで話を止めてきた。アキラは少しムッとしたが冷静を装うために無言を貫き通した。


「すこしは反応してくれてもいいじゃん」


 そう言いながらロッカーから降りて帰っていた。結局、噂の落ちを言われず攻撃した生徒がどうなってしまったのか、有耶無耶にされてしまったが、アキラは昨日行った喫茶店「ヴァート」へ向かうことにした。校舎の外に出るとバイクを呼びだす、たかだか徒歩五分の道のりだが昨日のように急いで戻ることになったときのことを考えるとバイクの方が早いのでは?と思ったからだ。そんな道中少し変な感じがした。ずっとなにかに見られている気がする、けれどまわりには誰もいない。所々にある細い路地を警戒し、いつ襲撃されても対応できる最低限の体制をとった。しかし、そうこうしている内に目的地に着いてしまい結局こちらも有耶無耶なまま終わってしまった。


「いらしゃいませ、アキラ様、お待ちしておりました」


 カウンターで食器やカップの手入れをしながらベルバートが迎えた。アキラは昨日と同じ席に座ると昨日と同じカフェオレを注文した。


「お待ちいただいている間に昨日のご依頼の報告をしてもよろしいでしょうか」


「はい、お願いします」


 アキラはもうここでボロを出して普通に話せることをベルバートに知られてしまっているので話し方を変えず素のまま返事をした。


「では、結果から報告いたしますと記録はおろか関わったであろう者の()()()()()消えており情報の収集が不可能でした。申し訳ございません」


 ベルバートが悪いわけではないのにも関わらず頭を下げてきた。


「しかし、1つ重要な情報を入手いたしました」


 雰囲気からかなり重要な情報だと伝わってくる。アキラは聞く姿勢を整えた。


 チリンチリン


 ドアの開けられる音がした。ドアの方を見ると人が一人立っていた。来客のようだ。その人は顔が確認できないほどフードを深くかぶり上下黒の服をきていた。ひたすら無言で入り口に突っ立っている。外で感じた視線と同じような視線を感じた。ベルバートは『その人』をアキラからなるべく遠い窓際のテーブル席に誘導した。席につくと『その人』はアキラの方を指差す、同じものを要求しているのだろう、『その人』はカフェオレを出されると窓の外を眺めながらカフェオレをすすり出した。否、黄昏ているのかもしれない。アキラの方は一切見なくなった。


「アキラ様、先ほど話そびれた情報はレシートの裏に書いておきます。見たら()()()閲覧不可能な状態に…お願いします」


 レシートを受け取りうなずくとそのまま外に出て学校へ戻っていく、レシートの裏に書かれていた情報を見てアキラは計画を次の段階へ移行したのだ。


「さて、ここからは、いかに()()()自分を信じさせるかだ」


 そう小さく呟くとレシートからインクが流れ落ちた。 アキラは手元に残った紙をポケットにしまうとユウがいるであろう闘技場と呼ばれる施設に入った。中ではちょうど戦闘をしているらしく剣のぶつかる音やなにか大きなものが叩きつけられるような音が聞こえてきた。2階の客席から覗くとユウが1対複数で戦っていた。周りの生徒が魔法や銃を使っているなかユウは一本の白い刀だけで戦っていた。


「応えよ我が魂、その内に秘めし記憶と真の力、我が肉体にその恩恵をもたらし、立ちはだかる壁を越える力となれ…。」


 アキラの隣に座っていた人が詠唱らしき言葉の羅列をかなりの小声で唱えていた。…、恐らく唱え終わったのだろう、その隣の人は客席から飛び降りて声を発した。


「新入生、久しいなぁ、あん時は邪魔されたが、今回こそは、俺様の実力その身に刻んでやるよ≪魂の記憶(ソウル・リコール) ≫」


「うそだろ、まさか、想起術を無詠唱で!?」


「さすが我らのディオク様だ!」


(さっきがっつり俺のとなりで詠唱してたけど!?恥ずかしくないんかなあんなことして…)


 制服の採寸の帰りにユウがぶつかった軍事科の生徒だった。この場合は大抵、ここまで()()()()()人は秒殺されるのがありがちなのである。

 まず先に攻撃を仕掛けたのはディオクのほうだった。ユウを囲うようにとげを作り出してそこへ先の少し尖ったたくさんの石を今度はユウの頭上へと降らせた。しかし、ユウがそう簡単に負けるわけもなく、手にしている白い直刀で、囲っていたとげを切り去ってまだまだ飛んでくる石を蹴りながらディオクに向かっていく、


(…ユウ、お前はいつからそんなに()()なったんだよ)


 アキラの素直な感想を思いながら闘技場を後にした。()()だった。闘技場の舞台の上には腹にナイフが深々と刺さったユウとそれを見て鼻で嗤い次の獲物を見つけるディオクがいた。


「アキラ先輩、少しいいっすか?」


 闘技場から出たところで後ろからマッチョな生徒が話しかけてきた。彼の後ろには追いかけてきたのか息を切らしている眼鏡と剣を携えた女子が二人いた。記憶が正しければヒナと一緒にいた人たち、今回はヒナはいないようだが…。

 そこは気にせずアキラは安定のうなずきで対応し…た…。


「何に逃げてんだよ、今度はてメェの番だぜ」


 さっきまでユウと戦っていたディオクが今度はアキラをターゲットにしてきた。突然の序列26位の出現にマッチョな人と眼鏡な人あと女子二人は少し後退りしていた。


「アキラ先輩…まずいぜ!暴走してるっすよ!」


 しかし、アキラはどこか検討違いの方向を向いて止まっていた。


「(あ、思い出した、たしか、マッチョがハルで…眼鏡がアキで、ん?フユとナツどっちがどっ)え?」


 目の前の光景に思わず素が出てしまった。1戦が終わろうとしている光景だ。男子は全滅している、2人とも身体中に打撲や切り傷、さらに泥だらけになって倒れている。剣を握る女子2人は…


 この時、この2人は立っていることすら奇跡のレベルで消耗しきっていた。それでもまだまだ倒れるわけにはいかなかった…。後ろにはボーと突っ立っているアキラがいるからだ。それでも、もう持たない、2人の前にはかなり大きい土の塊が用意されていた。


 塊は無慈悲にも男子たちの方にも向けられていた。


「任、せ、て」


「え?(思考追い付かないんですけどー!?)」


 三人の聞き覚えのない声が1語ずつ聞こえた。

 それと同時にアキラは男子2人の塊の前に立たされる、だが、破壊したり防ぎきったりすると相手が余計に攻撃してくるかもしれない。そう考えたときアキラの体は自然と動いた。


 今回は黒い氷槍を作り出し塊の側面を殴って軌道を変え、そこから一気にディオクの背後に回った。


 ー刹羽流戦闘術突撃四連 ≪四損(しそん) ≫ー


 とりあえず気絶させ、起きてもすぐに動けなくするために四肢の付け根を急所をはずしつつ氷槍を刺していった。傷口は氷槍が凍らせているお陰で出血はない。


「四人、保健室、そいつも、」


 今度はまた違う3人の声がした。よく見ると喫茶店「ヴァート」に来ていたフードを深くかぶった黒服の人だ。しかし、その人はこっちに向かって手を降ると急に消えてしまった。


「いったい、何者なんだ」


 やはり、誰なのかわからなかった。



 起き上がると知らないところにいた。辺りには草木や石、岩が無くどこまでも平らな地が続いて、空も黒い雲で見えなくなっている。


「やっほ、ハルっち寝坊だよー」


「おはよう、ハルハル寝坊だよ」


 そう言いながら後ろにいたミナツとミフユが正面に来て手をさしのべてくれた。


「おう、ありがとよ」


「ったく、騒がしいと思ったらやっと起きたか」


 ミフユとミナツの後ろからアキトが顔を見せた。


「おう、騒がせたな、……、で?ここはどこだ?あの世ってやつか?」


 ハルミチの一言に他の三人のは黙り込んでしまった。


「死んだ、保健室、寝てる、ここ、()


「な、なんだよ、だれだ!」


「生きる、死ぬ、皆、判断、次第」


 1単語づついろんな声がいろんな方向から聞こえてきた。不意にバタッとアキトの後ろから物音がした。みんなが恐る恐る音にした方を見ると行動を別にしていたはずのヒナが倒れていた。そしてなぜか少しずつ浮いて行っている。


「ヒナヒナ!?」


 そう言いながらミフユが駆け寄っていく、しかし、見えない壁に阻まれて近くにいけない。


「揃った、プログラム、開始」


 ーサーキュレーションシステム起動・エネルギー充填開始……


 今までバラバラの方向から聞こえてきていた声が1ヶ所から聞こえるようになった。


 ……エネルギー35%充填完了……


 その声の聞こえた方向、つまり、上空に目をやるとそいつは大きな銃をこっちに向けて空に浮いていた。『そいつ』はフードを深くかぶり黒服をなびかせながら動かない。


 ……エネルギー75%充填完了……


 それを見て各々の剣や銃、拳を構えてそいつに応戦する意思を示した。


 ……エネルギー100%充填完了・サーキュレーションシステム停止・圧縮…完了ー


発射(ファイア)


 その一言と共に引き金は引かれハルミチへ一筋の光が通った。この一瞬は普通の人には見えない一瞬だ。ハルミチはこれをギリギリで避けた。これがアキトやヒナに向けられたら避けることは不可能だっただろう。


「みんな、あれは絶対に避けろ、あれはそこら辺の対物ライフルより強いかもしれない」


 アキトが黒服の『そいつ』を睨み付けながら警告した。


「「りょーかい」」「おう!」


 立体的な動き専門のミナツとミフユは魔法で空中に作り出す足場を駆使して黒服の『そいつ』に突っ込んでいく、そして、その二人を『そいつ』が攻撃しようとするタイミングでMptm50bチャージ式変形銃Pro型を使ってアキトが狙撃をする。ハルミチは空中戦ができないのでアキトに予備の銃を借りて戦いに参加した。

 しかし、攻撃が当たらない、攻撃をしてもすべて避けられてしまう。


「うっ、」「ぐっ、、」


 気づくと黒服の『そいつ』の手には武器ではなくミナツとミフユの首が収まっていた。完全に首を絞められている状況だがそれでも足で攻撃をし続けている。それでも勝てず。


 ()()()()()()()()姿()()()()()


 アキトもハルミチもなにもできなかった。しかし、『そいつ』はまってはくれない、今度はアキトが後ろから首を絞められている。今度こそはとハルミチは体つきからは想像のでいない速さでアキトの背後にいる『そいつ』の背後に回った…。目があった。それと同時に左脇腹に痛みが走った…。わからなかった。気づいたら『そいつ』からかなり離れていた。


「くっそ、(なんなんだこいつは)」


『そいつ』はまたあの大きな武器を手にしていた。今度は銃ではなく片刃の大剣のようだ。

『そいつ』からは殺気もなにも感じない、何を考えているのかもわからない、恐怖だった。そんな恐怖に陥っているハルミチに『そいつ』は一歩一歩ゆっくり歩いて近づいてくる。


「くっ、おらぁぁぁっ」


 もう一度近づいて、鋭い右ストレートを打ち込んだ。感触は硬かった。見ると大剣を殴っている、恐らく右こぶしは折れた。それでも反撃を食らわないため距離をとる。

 すると、『そいつ』は手に持っている大剣を振り、斬撃を飛ばしてきた。


「(あいつにしちゃぁ温い攻撃だな…まさか)…っ!?」


 わざとだった。そう気づいたときには遅かった。『そいつ』の手にしていた大剣がハルミチの腹を貫いていた。尋常じゃない痛みと共にハルミチ意識は遠退いていったのだった。


 起き上がるとどこか見覚えのあるところにいた。辺りには草木や石、岩が無くどこまでも平らな地が続いて、空も黒い雲で見えなくなっている。


「やっほ、ハルっち寝坊だよー」


「おはよう、ハルハル寝坊だよ」


 そう言いながら後ろにいたミナツとミフユが正面に来て手をさしのべてくれた。


「おう、ありがとよ」


「ったく、騒がしいと思ったらやっと起きたか」


 ミフユとミナツの後ろからアキトが顔を見せた。


「おう、騒がせたな、……、で?ここはどこだ?あの世ってやつか?…なんかデジャヴだな」


 ハルミチの一言に他の三人のは黙り込んでしまった。


「生きてる、()、言った、忘れた?」


『そいつ』が4人の前に出てくる。


「そんじゃ、あの痛みとかはなんなんだよ」


 ハルミチが食いつく


「ハルミチさん、それはただの()()()()ですよ、実際は痛みは発生していません」


 聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。

 振り向くと、また、フードを深くかぶった黒服の人がいた。それにしては少し…少し?少し背が低い気がした。


「あ、今絶対小さいとか思いましたね?…?あ、フードとるの忘れてました」


 背の低いその人がフードをとるといつも通りの笑顔のヒナがいた。


「え…ヒナヒナ…」


「ヒナっち…なんで『あいつ』と同じ服装してるの?」


 そう呼ばれたその人は正真正銘ヒナその人だった。ヒナは理由を聞かれ、少し困った顔をすると少し下に目をそらした。そして、『あいつ』の方をちらっと見た。それに対して『そいつ』はうなずいて答えた。それを確認してヒナはうつむいた。

 1つのため息をつくとヒナは話を始める。


「はぁ、私は今とある一人の人を救うお手伝いをしています。その人は今でも閉じ込められています。でも、私たちがどう頑張ろうともその人がそこから出ることはできません…」


 そこへ話を割ってアキトが手をあげて質問を口にする。


「どう頑張っても助からないのに救うってなんか矛盾してないか?」


 アキトのその一言にヒナと『あいつ』以外のアキトたち4人が首を縦に振った。


「いいえ、矛盾していません。その人は今、孤独の中にます。かろうじてまだ疑心暗鬼にはなっていませんが…私はその人をその孤独から救いたいのです」


 沈黙が訪れた。さっき質問してきたアキトも優しいハルミチもいつも元気をくれるミナツ、ミフユも口にせず黙っている。


「なぁ、なんでそこまで一人の人に力をそそぐんだ?なんかあったのか?」


 沈黙はハルミチによって破られた。いつになく落ち着いた口調だった。すると、ヒナがまた『あいつ』に合図を送った。少しすると空中に1枚の写真が映された。ガラスでできた筒状の何かの中にたくさんのコードが頭に繋がれて手足を拘束されている一人の人がいた。


「でもただ救うだけじゃだめなんです。この人はこれからいろんな戦いを起こしていく…でも一人で戦うのにはかならず限界があり……」


「で?お前は結局俺たちにどうしろっていいたいんだ?」


 アキトが話を聞き疲れて話を遮ってきた。ヒナは驚いて思わずアキトを見た。


「俺にできることなら手伝うぜ?」


「ヒナっちどーんとおいで!」


「ヒナヒナ、どーんと!」


 ハルミチやミナツ、ミフユがアキトに続いた。

 それを聞いてヒナは一度深呼吸をすると4人の方を向いた。


「みなさんお願いです!私と一緒に救うために戦ってください!」


 4人はアイコンタクトを取り合うと代表してアキトが前に出た。


「ったく。最初っからそういえよ…、こっちにはお前は気づいてないだろうが恩があんだよ」


「恩人に頼まれて断るやつがいるなら教えてほしいぜ、いたら俺が語り合(殴り合) ってきてやる」


 アキトとハルミチの2人の言葉にミナツとミフユもうなずいている。


「ありがとうございます!!」


「なら、契約」


 せっかくのいい感じの空気を『そいつ』はぶち壊してきた。内容についてはヒナが簡単に説明してくれた。

 ・命令を聞く

 ・途中でやめることはできない

 ・世界からの回復、強化の恩恵を受けられなくなる

 ・魔法が使えなくなる


「ヒナっち最後の2つの意味がさっぱりわかんない」


「なら、説明」


 ヒナが答える前に『そいつ』が答えだした。

 相変わらず1単語ごとにいろんな人の声がして聞き取りにくいところがあるが説明は始まった。


「完全回復薬、魔力増幅剤、()()、全部、世界、恩恵、契約、後、皆、世界、の、管理、下、なくなる、全て、こっち、管理、世界、認識、出来ない、なる」


 接続語がほぼほぼないせいであまりなにが伝えたいのかわからないとこともあったが、みんな、おおむね理解した。ハルミチ、ミナツ、ミフユの順番で契約を交わしていきアキトの番が来た。


「なぁ、ヒナ、お前はどうして契約したんだ?」


「私は、生きたいからです。それ以上でもそれ以下でもない。例えその道が死の可能性が伴う危険な道でも生きるつもりだからです。」


 その一言にアキトは黙りこんだ。一言も話さないまま『そいつ』の前まで行き右手の甲を差し出した。すると、『そいつ』はその手の甲の上に手をおいた。もう片方の手ではなにかを操作するそぶりを見せている。そして、手をどけると手の甲には魔方陣が光っていてそこを中心に光の線が血管を通るように全身に巡っていった。それを見てどこか一回り成長した気がした。


「これは…」


 もしかして今ので結構強くなったのではと筋肉とメガネは期待に胸を膨らませた。


「演出」


 そう一言残すと『そいつ』は姿を消した。男子2人が感じたのは力ではなく演出による気のせいだった。


「…気のせいかよ…」


 ハルミチが悔しそうに呟いた。それはそうだろう、言い換えれば辛く感じた痛みも強く思った感じも全て…


 ……全て気のせいだったのだから……


「言う、忘れ、起きる、最初、全力、謝罪、人、対象」


 また色々な方向から様々な声が1単語づつ聞こえてきた。


「「「最初に全力謝罪する人が救う対象!?」」」


 三人が一斉に驚いた。単語を繋いだ接続語まで同じとはなかなかに愉快な集団だ。『そいつ』は彼らを見てそう思った。


「ヒナヒナはだれだか知ってるの?」


 なぜかミフユだけは冷静だった。


「はい、でも、会ってからのお楽しみですよ」


 次の瞬間、ヒナたち5人は夢から離れて行くのだった。


 目を覚ますと目の前に黒くて大きいものがおいてあった。その上には細い字で

「君のお腹を貫いた『23mmK2.5bエンター』をプレゼント!!」

と書いてあった。


「おぁぁぁぁ!あのときのやつだ!」


 ハルミチが叫んだ。それを聞いてしきりの向こうにいたミナツやミフユ、ヒナがハルミチのもとへよってきた。そして、こうやって騒いでいるとかならず…。


「ったく、騒がしいなここは保健室だ…ぞ…えぇぇぇぇぇぇぇ!?なんで、なんで23mmがあんな脳筋に…いや、脳筋だからか」


 騒がしいと注意したやつが一番うるさいという状況に陥る。


「おい、誰が脳筋だ?」


「ハルミチさんは気に入られたんですよ、きっと」


 すこしキレかけたハルミチをすかさずヒナがなだめる。存在の定義が変わろうとも己のあり方は変わらず心の中でヒナはひと安心した。しかし、相当うるさかったのか保健室の先生から怒鳴られて保健室を追い出されてしまった。


「よし、俺こいつを使いこなして見せるぞ、重くて今は持っているので精一杯だが、身体強化の魔法を使えばなんとかなるだろう?」


「俺らはもう魔法使えないだろうが」


 この時この5人のうちの何人かは矛盾を感じた。

 ・魔法が使えなくなる

 このデメリットについての矛盾だ。


「でもヒナこの前、授業で魔法使ってたじゃん」


 そう、この学校は高等部ほどではないが中等部でも授業でも魔法の実技授業がある。ヒナたちもつい一昨日授業を受けたばかりだった。ヒナがいつから契約しているのかは定かではないが ここ二日三日の話ではないだろう、しかし、実際授業では無詠唱、魔方陣不使用で魔法を使って先生に「誇りだ」とかなんだとか言われていた。それは同じクラスの人全員が聞かれたらそうやって答えるだろう。


「そ、それは…」


「ちょっとまってくれー!!そこの5人ー」


 ヒナが答えようとした。ところが、だれかが昇降口の方からヒナたちを呼び止めた。ヒナたちは今昇降口から100m以上離れている門のところにいる。下校の時間が終わり人がいないこの時間でもかなり大きな声で叫ばないと聞こえない。そこまでして呼び止めなくてはいけない状態の人…5人に思い当たるのは1つ「全力謝罪をする人」だった。

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