一方通行
試練の迷宮1Fの探索は難航していた。
広すぎる迷宮内、歩き廻ってマッピングしながら空白部分を埋めるが、上に昇る階段はまだ発見できない、もう雑魚に感じる普通のスライムとの戦闘は回避して、逃げられないジャンボスライムとの戦闘だけを余儀なくされる。
戦闘でLVが上がればそれにともないSPも上昇する。
SPが上昇すれば活動時間も多くなるが、それに伴い飢餓感が大きくなる。
やはりスタミナポイントを維持するためには多くの食料を必要とするのだろう。
そんな訳でマモルの手持ちの食料は、迷宮探索5日目で底をつきかけていた。
マモルの不死身の肉体は餓死することは無いとはいえ、飢餓感に襲われれば自我を失うという危険性がある。
こまま飢餓感に襲われ自我を失って迷宮内彷徨い歩く、それはアンテットのグールみたいでそんな存在にはなりたくない、もし冒険者がこの迷宮に探索しに来たら、1Fで不死身のグールと御対面になってしまうだろう。
そんな事を考えながら、迷宮の未探索区域をマモルは歩いて行く。
この未探索区域を探索れすれば、マップは埋まることになる。
歩く足も必然的に速くなる。
「ああ、ここが最後の通路だな」
マップを確認してそんな事をつぶやく、この広大な迷宮を探索しつくした感慨が含まれている。
たぶんここを進んで行けば上に行く階段があるのだろう、期待に胸が膨らむ。
足早に通路を歩く、そして通路の先に待望の階段が存在する。
しかしそれは期待した上に昇る階段ではなく、無情にも下に降りる階段だった。
頭が混乱する。
マッピングは完璧だったし、全ての通路は記入されている。
この階で行っていない場所はもうないはずだ。
上に昇る階段は最初から無かったのか?
とりあえず引き返してもう一度最初から、全ての通路を隈なく確認する必要があるんじゃないか?
混乱する頭でそう考えて引き返そうと歩き始めたら、幅5メートルの通路を覆い隠すばかりの巨大なジャンボスライムが出現して退路を塞いでいる。
今まで遭遇したことのない巨大すぎるスライム、通路全体を覆うようにモゾモゾとこちらに近づいてきている。
あれと戦えるのか?巨大スライムはその大きさが計り知れないほど巨大で、弱点である核の場所も確認できない、あの強酸の体内に侵入しても死にはしないが、身動き出来なくなって永遠に囚われてしまうかもしれない、今はとにかく階段を降りてあれがどこかに行くのをやり過ごした方がいいかもしれない。
そう考えてマモルは通路を引き返し始めた。
下に降りる階段、目の前までまで来てためらう、ゲーム何かでダンジョンは下階に降りるほど強敵が出現することになっている。
この試練の迷宮も文字道理ならそんな仕様に当然なっていてもおかしくない、1Fに出現するスライムはもう強敵とは言えなくなっているが、だからどいって楽観視できない、どんな敵が待ち構えているのかわからないからだ。
しかし今は躊躇っている場合ではない、巨大スライムは退路を断つようにゆっくりとこちらに近づいてきている。
仕方なくマモルは階段を下り始める。
10メートルは降りたか階段はそこで途切れて目の前には代わり映えしない、迷宮石の通路がぼんやりとした光りに照らされているだけだった。
とりあえずマッピングする為に鞄から紙を取り出し、おおよその位置を記入して後ろを振り返る。
「何だと!」
今まさに降りてきた階段が消滅している。
理解するのに追いつかず思わず叫んでしまった。
これで1Fに戻るという選択肢はなくなってしまった。
また試練の迷宮で彷徨うことしか出来ないのだろう、神の与えたチュートリアルという名の試練、それは単なる遊びではないと実感する。
とにかくここでじっとしていたも何も始まらない、それに食料も乏しい、何か食べられるモンスターでも出現しないとは限らない、とりあえずマモルは重い足取りで試練の迷宮の2Fを探索することにする。
しばらく歩くと最初のモンスターに遭遇する。
半透明で黒いそれはまたしてもスライムだった。
いつもの感覚でスライムに腕を伸ばして核を取り出そうとして、突然の頭痛に襲われる。
色違いのスライムと侮っていた相手、認識で確認を怠ったつけだと考える。
『猛毒状態に陥りました』
機械音声さんのそんな声を心で聞いて、痛む頭で目の前のスライムを認識して見る。
『種族』ボイズンスライム
『LV』5
『HP』32
『MP』0
『SP』15
『俊敏』18
『器用』12
『知能』5
『防御』18
『攻撃』20
『技能』毒液噴射、強酸消化
『魔術』なし
なるほど俊敏が高いから1Fのスライムよりもサクサク動いている。
そしてこの頭痛の正体は猛毒液をかけられたせいなのだろう、とにかくこの頭痛を軽減するためには、猛毒耐性を獲得する必要があるのだろう。
スライムの上位進化形態と言うような存在なのだろう。
とにかくボイズンスライムを大量に倒して、襲い来る頭痛と倦怠感をなくすのが優先だ。
毒液を飛ばしてくるボイズンスライムを通路の横に追い込んでから、右手を伸ばして体内に突っ込む、そして核を取り出して右手で握りつぶす。
酸に侵され右手は軽く火傷しているぐらいの状況だ。
技能、耐酸性超の恩恵でほとんどダメージを受けない、とにかくボイズンスライムを倒しながら休憩部屋を見つけ出さなけならない、食べるものがないとしても水は貴重だからだ。
出現するボイズンスライムをやみくもに倒していく、そうこうしているうちに。
『技能耐毒性微小を獲得しました』
技能を習得したことで頭痛と倦怠感が少しましになる。常人なら最初の猛毒攻撃を受けた時点で多分倒れてしまいボイズンスライムの餌食になってしまうのだろうか?
毒に侵されたらどうなるのだろう?そんな疑問を感じて自分のステータスを確認してみる。
種族』人間
『LV』19
『HP』60-5
『MP』55
『SP』48-18
『俊敏』40
『器用』20
『知能』20
『防御』12+21
『攻撃』12+30
『技能』『耐酸性超』『耐毒性微小』
『魔術』なし
『状態』毒
『ユニークスキル』『不死身』
『スキル』『認識』『再生』『剣術LV1』
『言語』『エルシオン共通言語』
ありゃHPが減少してきている。
このまま減少してHPが0になれば死んでしまえるんじゃないのか?
基本的に生きたくないマモルはついそんな事を考えてしまう。
ボイズンスライムの繰り出す毒液の噴射をなんとか躱しながら、手を突っ込んで核を取り出し握り潰す。
耐酸性が超になったおかげか苦痛は感じるが、手は損傷を受けない。
とりあえずこの階にも休憩部屋はあるはずだ。
あるとすれば外延部に違いない、あそこは水が上から流れているから下にもその流れが通じているはずだ。
そう考えて見知らぬ迷宮の中を彷徨い歩く、迷宮のマッピングは起点の位置がわからないため適当だ。
外延部を探し出す目的で歩き廻るしかない、とりあえず分かれ道を右にさえ曲がって行けばたどり着けるはずだと、頭痛と倦怠感に襲われながら、迷宮の通路を歩いて行く。
しかしそんな思惑をあざ笑うように右に曲がった通路は行き止まり、このパターンなら振り向けばあれが存在しているはずだ。
恐る恐る振り向いたらやはりそこには小山のようなボイズンスライム、念のため認識で確認すると。
種族』ジャンボボイズンスライム
『LV』18
『HP』55
『MP』0
『SP』28
『俊敏』32
『器用』20
『知能』5
『防御』30
『攻撃』30
『技能』『毒触手』『強酸消化』『押しつぶし』
『魔術』なし
1Fのジャンボスライムより強敵のようだ。
とにかく逃げられない戦うしかない、鞄を床に置きなんとかジャンボボイズンスライムが接近する前に、駆け足でスライムの体内めがけて飛び込んで行く。
酸に焼かれる苦痛は感じるが行動を阻害するほどじゃない、目は開けられるし核の位置もわかる、素早く核を両手で掴んでゼリー状の中から脱出する。
しかしジャンボボイズンスライムは、素早く毒の触手を繰り出して奪われた核を取り戻そうとする。
その触手が頭や顔に触れるたびに『猛毒に侵されました』と機械音声さんの声が頭に響いてくる。
その度に頭痛と倦怠感が酷くなる。
剣を抜いて核を破壊しなければいけないと考えても気だるさで中々行動できない、仕方なく両手の核を迷宮の床に投げつけて粉々に粉砕する。
ジャンボボイズンスライムは核の破壊と共にその姿を消滅する。
『耐毒性小』を獲得しました」
『経験によりLVが上昇しました』
ぼんやりする頭で機械音声さんの声の声を聞く、とにかく鞄を拾って休憩部屋を探さなければいけない、そう考えて鞄を拾いふらつく足で通路を戻り始める。
とにかく右に進む、それだけ考えて頭痛と倦怠感に襲われる体に鞭打って歩く、やがて倦怠感が酷くなり歩けなくなってしまう、目の前が真っ暗になって呼吸が困難になる。
床に座り込んで倦怠感と戦うが改善することなくやがて意識は薄れていく。
『HPが0になったために死亡を確認、ユニークスキル『不死者』が発動します』
頭の中に響き渡る機械音声さんの声、さっきまでの頭痛と倦怠感が嘘のように無くなっていく。
ああ、これがユニークスキル『不死者』の効果なのか?死ぬことを許されぬ悪夢のスキル、ただ痛みに耐える事を繰り返す地獄の苦行、これが神が自分に課した試練なのだろう。
猛毒状態が蓄積すればHPが0になってしまうことを身をもって体験した。
たぶん『猛毒耐性超』の技能を取得しなければこの階で足止めされるのだろう、ボイズンスライムと戦って技能を向上をする必要がある。
軽くなった体で通路を歩く、出現するボイズンスライムと戦ってまた猛毒状態に逆戻りだ。
頭痛と倦怠感がまた体を襲う、どうせHPが0になっても復活するのだろうと、深く考えずに通路を歩く、今は毒攻撃による倦怠や頭痛より、乏しくなった食料の方が心配だ。
とにかく外延部を見つけるのが先決だ。
食料は無くても、水さえあれば、それで暫くは飢餓感が誤魔かせるはずと、猛毒状態でふらつく足で通路を歩く。
やがて通路は待望のT字路に差し掛かる。
右か左かどちらを曲がれば待望の休憩部屋に辿り着けるかわからないけど、とにかくマッピングして左に曲がってみる。
襲い来るボイズンスライムと戦って、猛毒状態が悪化する。
それでも頭痛や倦怠感よりSPが心配だ。
死んで復活しても猛毒状態とHPは回復するが、何故かSPまでは復活してくれない、不死身の肉体でも体力が無尽蔵あるみたいじゃないみたいだ。
継続的に襲い来る頭痛と倦怠感それと飢餓感と戦いながら、ふらつく足で通路をただ歩く、やがて通路が右に曲がっている。やはりここは迷宮の外延部だと、ぼんやりとした意識で考える。
HPの残量が減ってきている。
0になれば地獄のスキル『不死者』が発動するのだろう、しかしたとえ復活してもSPの残量が心もとない、すでに一桁になってしまっている。
突然目の前が真っ暗になる。
きょう二回目の行動不能状態、『HPが0になったために死亡を確認、ユニークスキル『不死者』が発動します』
機械音声さんの声が頭に響く、これで通算2回目の死亡、頭痛と倦怠感が嘘のように引いて行く、しかし飢餓感は癒えることがない、鞄から水筒を取り出して残り僅かな水をごくごくと飲んでいく、これで少しは飢餓感がましになる。
一息入れて歩き出す通路、時々出現するボイズンスライムと戦って、また猛毒状態に陥ってしまう、ボイズンスライムが飛ばす猛毒はタイミングがわからないため、どうしても毒液をあびてしまう、いつの間にかに耐毒性の技能は中にまで上がってきている。
しかし毒に侵された頭痛と倦怠感は軽度になったと思えるが、猛毒状態であることを示すように体に付きまとう。
ふらつきながら歩く通路、そこに待望の存在が見えてくる。
迷宮の壁に存在する木の扉、やはり外延部に存在しているようだ。
思わず駆け寄って扉を開く、十畳ほどの小部屋、水の流れる音がする。
テーブルとベット、内装は1Fと変わらないようだが、テーブルの上には食料が置いてある。
『焼き固めたパン』およそ10個『干し肉』これも約10切れ、それに今まで見たことのない食料が置いてある。
『ルエージュの干し菓子』そう認識できる物は果物を干したものなのだろう、日本にいた時に食べた干し柿をなんとなく連想する。
さっそく干し菓子に手を伸ばして食べてみる。
ちょっと酸味があるが甘くて口当たり良い、この異世界に来てから初めて食べて美味しいと感じてしまう。
もっと食べたい腹いっぱい食べたい、そんな欲求を心で抑え込む、食料は貴重だ。
これがもし神様の贈り物だとするのなら、この階層を突破するまで食料の支給はこれ以上期待できないということだろう、そんな事を考えているうちにまた目の前が暗くなっていく、ああ、猛毒に侵された状態だったな、だからHPが0になって地獄のスキル『不死身』の発動状況になってしまうんだなと、途絶える意識でそう考えてしまう。
『HPが0になったために死亡を確認、ユニークスキル『不死者』が発動します』機械音声さんの声が頭に響く、意識がはっきりとしてきて動けるようになる
頭痛と倦怠感が嘘のように消えてなくなる。
本日3回目の復活してもなぜか心は釈然としない、死んでも蘇る不死身の肉体、それはこの試練の迷宮という地獄から死んでも抜け出せないと言う事なのだろう、これが神が与えたチュートリアルならば外の世界にはどんな地獄が待ち受けているのだろうか?
しかし今日迷宮を探索して実感できたことは、この迷宮に上に昇る階段が存在しないという事だった。
下に降りるためだけに存在する階段、降りてしまえば消滅してしまう、まるで自分を下に下にと誘導するみたいだ。
下に降りるだけの一方通行のこの試練の迷宮、最深部に到達しないと外への道は開かないのかもしれない、そんな事を考えながら食事を再開する。
とりあえず下の階に行けば休憩部屋に食料は準備してある。
それなら飢えに苦しんで自我が崩壊することは避けられるのだろう、死にたいけど死ねない矛盾した存在、そんな自分を捕らえている牢獄、神の意向がわからないが、今はただ導かれるままに迷宮を探索して踏破するしかなさそうだ。
とりあえず食事も終わったし休息するしかない、寝て起きればボイズンスライムと戦いながらの迷宮探索が待ってる。
水場でたっぷりと水を飲んで、まだ癒えきらぬ空腹を誤魔化す。
そうして皮鎧一式を外してベットに寝転がり毛布をかぶる。
SPはすでに残量が少ないのか急速な眠気が襲ってくる。
こうしてマモルは試練の迷宮2Fで最初の眠りにつくのだった。
読んでくださってありがとうございます。