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第9話 迫害なんて許せない!

 お世話になる以上は、ある程度事情を話すべきだろうとジンは思った。

 そこでジンはバレリに改めて向き直る。


「バレリ、実は俺を国から誘拐して来たのは、聖王国と名乗る連中だった。この村を征服したと言う連中と関係があるかもしれない。……その、今更こんなことを言い出して悪いとは思っているんだが。やっぱり、迷惑だよなぁ」


 ジンの言葉にバレリはくすりと笑った。


「ジンが王国に何か関係しているのはわかっていたわ。着ていたローブに紋章が入っていたもの」

「え……」

「なんとなく察しているとは思うけど、私たちは大なり小なり王国に対して恨みがあるの。でもだからといって、苦しんでいる人を見捨てるのは理に反する行いだわ。だからあなたを助けた。でもね、本当はすぐに追い出すつもりだった。だけどあなたは傍若無人な王国の人たちとは違う。だから、あなたから事情を話す気になるまでは何も聞かないことにしたの」

「そうだったのか。改めてありがとうバレリ」

「お礼はアンとあなた自身に言うことね」

「俺?」

「あなたの態度それ自体があなた自身を証明してみせたの。それはとても大事なこと」


 バレリはそう言うと、今度は少し目を伏せて、何かを決断したようにジンを見た。


「あなたが事情を話したのに私たちの事情をあなたが知らないのはズルいと思うから、この村の立ち位置を話しておくわ。それを聞いたら、あなたはここから逃げたくなるかもしれない。そうなったら遠慮せずに逃げていいからね」

「俺は……」


 バレリの言葉を否定しようとしたジンを、バレリはその仕草で止める。


「駄目。今はまだ何も決断しないで。後から後悔する決断に価値はないから」

「わかった。事情を聞かせてほしい」

「その前に、身体が冷えないようにお茶を用意するわね。病み上がりだもの」


 微笑んで、バレリは部屋の隅にある暖炉にかけてある鍋からお湯を汲んで、フタのない急須のようなものに入れる。

 二人分の木椀を出すと、それにお茶らしきものを急須から注いだ。


「はい」

「ありがとう」


 そのお茶はジンの馴染んだ日本茶とも紅茶とも違っていた。

 味はほうじ茶に少し似ている。

 何かを炒ったものを使っているようだ。


 暖房に関して言えば、この家はほとんど保温ができる環境ではない。

 夜になると部屋ごとの入り口に板戸のようなものをはめ込んで外気を遮断していたが、そもそもが隙間が多く、風が入って来るのだ。

 ジンが日本にいたときには初夏だったが、地球上のどことも知れぬこの場所ではやや肌寒く、秋か初春のような気候だった。

 ジンは思わず身を震わせる。


「そうね、だいたい十年ぐらい前だったと思う。私がちょうどアンぐらいの頃だったわ。それまでこの村は別の場所にあったの。どこの国にも所属していない私たちの部族は、それでも穏やかに暮らしていた。村の土地には湧き水があって、村のなかには小さな川も流れていた。季節ごとに花が咲いて、贅沢ではないけれど豊かな暮らしだったと思う。まぁこれは、私自身の思い出というよりも、村の人たちから聞かされた話でそう思った部分が多いんだけどね。私自身はまだ、自分の暮らす場所について何かを思うような年齢でもなかったし」


 バレリは何かを噛みしめるように仄かな笑みを浮かべた。


「ある日突然、武装した兵士がやって来て。村を明け渡すように言われたの。もちろん村人は抗った。その結果、何人か見せしめに殺されたのだそうよ」


 なんだそれはどこの盗賊だ? と、ジンは思った。

 何の事前勧告もなしに国がそのようなことをやるなど信じがたい話だ。


「村人は仕方なしにほとんど何も持たされずに追い出されたわ。その頃村の教師だった方は真っ先に殺されてしまって、まだ修行中だったヴィスナー教師が村長と一緒に村人を導いて、この地に再び村を造ったの。ここはあまり豊かな土地ではなかったけど、だからこそ同じことは起こらないだろうという判断だったらしいわ」


 利便性よりも安全を取ったということなのだろう。

 なんて酷い選択だと、ジンは憤る。

 そしてその憤りと共に、凄みがあるほど美しいリリスの顔が思い浮かんだ。

 あの非人間的な美しさがその残酷さと結びついて、ジンの背を震わせる。


「それからのことは私も覚えているわ。水が足りなくて、最初の年に赤子と老人が亡くなった。みんなで来世の幸せを祈りながら送り火を焚いたの。ヴィスナー教師が靑茎の草を採って来て、乾いたときにはそれを噛むようにと言ったことも覚えてる。青臭くて、嫌いだったな」


 バレリがくすりと笑った。

 どこか切なげな笑いだ。


「井戸を掘って、やっと落ち着いて暮らし始めた頃に、彼らはまたやって来た。自分達がお前達を守ってやっているのだからお前たちも共に戦うための兵士を出せと言って、働ける年頃の男たちを連れて行った。反抗したら殺される。でも役に立つと思われれば待遇が良くなるかもって、昔傭兵をやっていたカランドお爺ちゃんがみんなを説得した。でも、それは間違いだった。それから半年ぐらいして、連れて行かれた男の人の一人が酷い状態で帰って来たの。逃げて来たって言ってた。そしてみんな殺されたって。敵の仕掛けた罠のなかに突っ込まされて、生き残ったら同じことを繰り返す。そういう役目だったって」


 ジンは同じような話をどこかで聞いたことを思い出す。


(確か被征服民族を使って、地雷原を歩かせるって話を聞いたことがある。そうか、ここは紛争地帯か!)


 そうだとしたら帰国はほぼ絶望的だとジンは感じた。

 どこでいきなり戦いが始まるかわからない紛争地帯は、外国人にとっては身動き取れない場所だ。

 海外の支援団体などに運良く巡り合う可能性に賭けるしかない。


「私のお父さんも連れて行かれた一人だったの。それを聞いたお母さんは病気になって死んでしまった」

「そう、なんだ」


 なんと言っていいかわからずに、ジンはそんな間抜けな言葉を発した。

 テレビのなかのニュースとして観ていたときには真剣にその人たちのことなど考えたことはなかったようにジンは思う。

 今、その悲劇の只中にいるバレリにかける言葉を、ジンは自分の豊かではない経験のなかから引っ張り出すことが出来なかった。


「カランドお爺ちゃんは責任を感じて、それ以来誰とも口を利かなくなっちゃったの。村は働き手を亡くして、行き詰ったわ。そんな私たちに追い打ちをかけるように、無頼者のような兵士が無理難題を言って来るようになった。言うことを聞かないと平気で人を殺すの。お前たちは祝福されていない民だから獣と同じだって」


 バレリは泣いていた。

 語る内に辛さを思い出したのだろう。


(少数民族への迫害はどこでもある話だ。確かチベットやクルドとかもそんな感じじゃなかったっけ。今聞いたような話を、俺は今までテレビとかで見聞きして知っていたはずだ。だけど、どこか現実味のない話として聞いていたんじゃないかな。今、彼女から聞いた話は、テレビの話よりもずっと重くて辛い)


 ここは死や暴力や非道が身近な場所なのだとジンは理解した。

 

「その、バレリがそんな格好をしているのも、理由があるんだよね」


 今までの話で、ジンはなんとなく察した。

 バレリが男のような格好で、髪を短くして体型がわからない大きめの服を着ている理由を。


「うん。村長さんが、若い女の子はみんな男の格好をするようにって。兵士が来たら顔に泥や炭を塗ってわざと汚くするように言われてるの」

「そうなんだ」


 同じような返事しか出来ずに、ジンはバレリの重い告白を聞いた。

 正直なことを言えば、ジンは今すぐここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 平和で豊かな日本に逃げて帰りたい。

 だけどそれは無理だから留まるしかない。

 そんな理由でここにいる自分が、ジンはなぜか辛かった。


「ジンは体が本調子になったら遠慮せずにこの村から出ていってくれていいよ。ここじゃない場所ならもっと安全なところがあるかもしれないし」

「……それは、駄目だよ。それは、駄目だと思う」

「ジン?」


 ジンは真剣な顔でバレリを見た。

 バレリは先程の緊張した顔からいつもの柔らかい優しい表情に戻っていた。


「俺は家訓で恩を受けたら返さなきゃならないんだ。だから命を救ってもらった恩を返すまでここにいる」

「っ! そんなこと」

「俺にはとても大事なことだから」


 嘘だった。

 そんな家訓などない。

 そもそも伝統とか格式とかあるような家柄でもなかった。

 ジンの家族はごく普通のサラリーマン一家だ。

 それでも、ジンはそう言わずにはおれなかったのだ。


「……ありがとう」


 少しして、バレリはふっとそう言った。

 ジンのほうこそが、その感謝に少しだけ救われたように思ったのだった。


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