第7話 子守なんて出来るかよ!
家の床は土間で部屋の入り口にはドアがない。
この地域の住環境はよくわからないが、この孤児院のようなところがあまり豊かではないのは間違いないだろうとジンは思う。
祠守とか言っていたが、もしここが教会的な場所であると言うなら、下手をすると村全体が貧しいのかもしれない。
子どもたちのいたのは、柱と屋根だけがある東屋のような場所だった。
建物的には続き部屋になっていて、屋内という判断でいいのだろう。
子どもは全部で五人ほどだろうか、同じような服を着ているので、男の子と女の子の差がわからない。
そこで、ジンは自分が寝ていたときに覗き込んでいた子どもを見つけた。
「熱で苦しいときにバレリお姉ちゃんを呼んで来てくれてありがとう」
ジンはその子に近づくと、礼を言った。
それまでは黙り込んでジンの様子を窺っている風だった他の子どもたちが、そのやりとりを痛い程注目していて、なんとなく居心地の悪い思いをする。
しかしお礼だけはきっちりと言っておかなければと思ったのだ。
(まぁ余所者だしね、俺。しかも外国人だし)
とりあえず警戒されるのは当然だろうとジンも思う。
「もうだいじょうぶ?」
ジンの様子を見に来ていた子はどうやら女の子だったらしい。
心配そうに確認した。
優しい子だなとジンはしみじみ癒やされる気分だった。
何しろ拉致されてからこっち、不安と恐怖ばかりで、癒されることなどなかったのだ。
この場所に来て、バレリやこの子とのやりとりで、やっと人間らしい交流が出来て心底うれしい気持ちになる。
「ああ、君とバレリお姉ちゃんのおかげで助かったよ」
「よかった!」
女の子は全開の笑顔を見せてくれた。
どこの誰だかもわからないようなジンのことを本気で心配してくれていたのだろう。
「あのね、お兄ちゃんを見つけたの、アンなの」
「アンちゃんって言うんだ? お兄ちゃんはジンって言うんだよ。そっか、アンちゃんは命の恩人だな。何かしてもらいたいことある?」
ジンの言葉に、アンという少女は嬉しそうにしながら照れたようにモジモジし出した。
「あ、あのね、背中に登っていい?」
「ん? 背中? ああ、もちろん」
よくわからないながら、ジンはしゃがんで背中をアンに向ける。
アンは「んしょ、んしょ」と言いながら、ジンの背中によじ登り、首に腕を巻きつけた。
「ぐうっ」
少女の腕によって首が締まってしまい、ジンは思わず声をもらすものの、お礼なのだから弱音を吐く訳にはいかず、好きにさせる。
さすがに自分が窒息する前に満足してくれるといいなとは思ったが。
「えへへ、お父ちゃんみたい」
「アンちゃんいいな、私も!」
「僕も!」
ヤバイとジンは思ったが、ときすでに遅し。
瞬く間にジンは幼児たちのためのジャングルジムと化した。
「いてぇ! 髪、髪ひっぱらないで!」
見ると、ジンにたかっているのは幼少組らしく、残った二人はまだ遠巻きにしている。
(まぁいいか。いい機会だ。この際落ち着いてこれからのことを考えよう)
ジンはこれから自分がどうすべきかを考えた。
心ならずも外国に来てしまっているのはまず間違いないだろう。
とすると、とてもまずいことがある。
ジンはパスポートを持っていない。
しかも入国審査も受けていない。
明らかな密入国者ということになる。
ジンは被害者的立場だが、それが通用するかどうかははなはだ疑問だ。
もしここが日本と国交のある国なら問題ない。
なんとか日本の大使館に連絡して、事情を話せばなんとかなるだろう。
しかし、もし日本と国交がない国の場合、まともに保護してもらえるかどうか怪しい。
警察に出頭して、日本に強制送還となるならいい。
もし、裁判もなしに刑罰を受けることになったら?
最悪処刑されることになったら?
ジンは、あの女、リリスの言っていた、王国という言葉が気になっていた。
国連に加盟していない宗教国家だったりした場合、捕まったらどう処分されてしまうのか見当もつかないのだ。
「あんた、聖王国の関係者じゃないんだな?」
突然、子どもたちのグループで最年長っぽい少年がジンにそう尋ねた。
見た感じ十才前後か。
しかし到底子どもとは思えないようなしっかりとした雰囲気だ。
「ええと、ここってその聖王国とどんな関係なの?」
問いに問いで返すのは失礼だとは思ったが、たとえ相手が子どもでもうかつに返事をする訳にはいかない。
ジンにとっては命が掛かっているのだ。
「ここは一応聖王国に支配されている」
少年の口調から、聖王国への憎しみが感じ取れて、ジンはある意味ほっとして返事をする。
「俺は外国人だよ。よその国から攫われて来たんだ」
「逃亡奴隷か?」
「えっ!」
奴隷?
ジンは一瞬意味が掴めずに困惑した。
今この少年は確かに奴隷と口にした。
まさかと思うが、この国には奴隷がいるのだろうかと、ジンは寒気を覚える。
「わ、わからない。何もわからなくて、虐待されている馬と一緒に逃げた」
「そっか。俺はバイスだ。よろしくな」
なんだかわからない内によろしくされてしまったジンは、「よろしく」と応えて片手を差し出した。
その手に、バイス少年は拳をポンと当てる。
ん? と思ったジンだが、おそらくそれがこの国の挨拶なのだと理解した。
そこでジンも広げていた手を握って、それを少年の拳に軽くぶつけた。
「俺はジン。よろしく」
バイス少年は一つうなずくと、後は興味なさそうにそこから離れて、切り株のような椅子に腰掛けて本を読み出した。
どうやら勉強家のようだ。
流れ的に、ジンはもう一人、離れている子どもに目を向けた。
その子は地面に膝を抱えて座り、小枝を持って何かを描いているようだった。
ジンには全く興味を示さない。
(まぁ危険なことさえしなければいいだろう)
ベビーシッターの役割をそういうものと捉えたジンは、あえて子どもの遊具としてのひとときを過ごしたのだった。