第2話 襲撃なんか恐れない!
狭い通路を進みながら、ジンは機会を伺った。
しかし通路は石造りで狭く、窓もなく、いつの間にか背後に人がいる。
ほぼ身動きが出来ない状態だ。
(くそっ! なんとか脱出出来る隙が出来ればいいのに)
ジンは焦りながら、ほのかに闇に浮かび上がるリリスという美女の背中を見る。
金の髪がさらさらと流れるさままでが光を発しているような恐ろしい美しさだ。
こんな美人を使っているのだからそうとう金もある大きな組織に違いないとジンは焦燥が大きくなるのを感じる。
(そういえば王国がどうこう言ってたっけ、騙すための設定とは言え、国とはな。まさか本当に国ぐるみってことがあるのか?)
世界にはジンの知らない国もたくさんあるに違いない。
そのなかに怪しげな宗教集団が作った国もあるかもしれない。
確か海に浮かぶ採掘場かなにかを独立国家とした話をジンは聞いた覚えがあった。
どれだけの間薬で眠らされていたのかわからないが、かなり遠くに連れて来られた恐れもある。
(こんなとき、映画なんかだったらアメリカの軍隊とかの強襲作戦とかあるのに。巻き込まれたらたまらないが、隙があるとしたらそういう突発事態しか有り得ないよな)
と、その時だった。
ゴウンッ! と鈍いこもった音が響いて、建物が揺れる。
「なんだ!」
「誰か調べてきなさい!」
リリスが硬い声で命じる。
その声を聞いたジンは、やはりこの美女は只者ではないと警戒を新たにした。
お供の一人が先に駆け出して行った。
「申し訳ありません、勇者さま。何か問題が発生したようです」
「はい」
ジンは用心して必要最低限しか会話をしないようにしていた。
ハニートラップ専門なら会話をするだけで相手の思う通りに誘導されてしまう危険があると思ったからだ。
「姫さま!」
やがて、どこかへ行っていたお供の人が戻って来て、リリスに耳打ちする。
瞬間、闇のなかに浮かび上がるリリスの顔が憎悪の色を浮かび上がらせたのをジンははっきりと確認した。
その表情はすぐに拭い去ったように消え、リリスはジンに向き直ると、右手を胸に当てて膝を曲げて屈んでみせた。
「勇者さま召喚を聞きつけた悪しき者たちが暴れているようです。すぐに排除いたしますが、その間危険の無いように隠れていていただけますか?」
「もちろんです」
ジンはやった! と思った。
天に祈りが通じたのか、どうやら軍隊か警察の手が入ったのだろう。
もしかすると単に主義の違う敵対組織の襲撃かもしれないが、どちらにせよチャンスだった。
「こちらへ」
リリスは通路を進んだ先の階段を登ると、小さなドアを開ける。
「ドアにめくらましをかけておきます。そうすればこの部屋の存在を気取られることがないので安全ですわ。絶対にここから出ないようにしてくださいね」
リリスの言葉と共に、お供の人間たちが部屋に入って灯りをつける。
ジンはざっと視線を走らせたが、この部屋にも窓はなかった。
(建物自体が監禁用なのかもしれないな)
リリスが優雅に屈んで手を胸に当てて見せ、扉を閉める。
ジンはさりげなく扉の隙間に袖を挟んだ。
閉じた扉の向こうで、なにやら呟くリリスの声が聞こえ、しばらくすると複数の足音が遠ざかる。
物音が何も聞こえなくなってからも、ジンはしばらくじっとしていた。
ゆっくりと頭の中で数を百数えて、ジンはそっと扉を押す。
「よし、思った通り開いてる」
アクシデントで慌てて確認をしなかったのだろう。
袖に阻まれて、扉の錠はきちんと閉まっていなかった。
ジンは通路の様子をそっと窺うと、一度部屋へと戻る。
今着ている服は白くて夜目にも目立ってしまう。
何か上から羽織るものが欲しいところだった。
室内の棚や扉を漁った結果、クローゼットらしきところに連中が着ていたローブのようなものが見つかった。
「う~ん。悩ましいところだ。これ着ていると犯人一味と間違われて俺も撃たれるんじゃないかな? いや、そもそも現場にいる時点で見つかったら撃たれるか」
外国の軍隊や警察は容赦がない。
人質事件で助ける相手がいる場合ならともかく、単に敵地を攻撃している状態なら見つけた相手を撃つのにためらわないだろう。
「まぁ、何を着ていてもその時は同じか」
そうなれば、せめてここの連中の目をごまかす意味でローブは有用だと判断する。
ジンはローブを被るとさっと通路に出た。
ふと振り向くと、自分が出て来た扉がない。
「扉を壁に偽装しているのか、なるほど、それでここに放り込んだんだな」
ジワジワと、ジンは自分を攫った組織の強大さを感じる。
「ヤバすぎる。とにかく逃げないと」
先程感じた地響きは、未だ続いていた。
襲撃されているのは間違いない。
幸いにも、通路には灯りが灯され、人の気配はなかった。
ジンは嫌々ながらリリスが進んだ方向に用心しながら進む。
そちらが出口の可能性が高いと踏んだからだ。
しばらくゆっくりとカーブしていた通路が途切れ、小さな階段と両開きの扉が見えた。
「やった、出口だ!」
ジンは用心してその扉に近づく。
風の気配を感じて、その扉の向こうが外であることを確信した。
扉越しに騒がしい様子が伺える。
人の怒鳴り声、何かが爆発するような音が遠くに聞こえた。
足音や声は近くにはない。
ジンはゆっくりと扉を開いた。
外に、篝火のようなものがあり、ぎょっとしたが、人の姿はない。
ジンは身をかがめて、できるだけ影の部分を選んで走り出る。
騒ぎと逆の方向へ進んだが、そこで進退に迷った。
「こういう襲撃の場合、表と同時に裏も押さえるのは常識だよな。裏口があったとしても逃げ出した犯人と思われて撃たれるかも」
となると、現実的なのは、騒ぎが一旦収まるまでどこかに身を潜めておくということだ。
幸いにも敷地内には何かわからないが様々な建物や茂みなどがあり、身を隠す場所は多そうだった。
「ん?」
ふと、ジンは気になる臭いを嗅いで立ち止まる。
「これって……」
ジンは子どもの頃からかなり長い間、近くのふれあいパークに通っていたことがあった。
そこで嗅いでいた馴染みの臭いだったのだ。
「ていうか、さっきもだけど、少しずつ思い出しているっぽいな」
相変わらず、家族や生活環境のことを思い出そうとするとモヤがかかったように曖昧になるが、何かきっかけがあると普通に過去のことを思い出すのだ。
その記憶から少しずつ自分のことがわかって来て、ジンも精神的に不安定な状態からだいぶ落ち着きはじめていた。
懐かしいとも言える臭いを辿って行くと、大きな建物が夜の闇に浮かび上がっている。
なかに何かの気配があった。
――……ブルル……フッ、フゥ
「やっぱりそうだ」
建物には鍵がかかっておらず、容易に侵入出来た。
真っ暗闇のなか、ジンはいきなり動かずにじっと様子を窺う。
するとジンの近くの気配が不安そうに身じろぎするのを感じた。
「しー、大丈夫だから、落ち着いて」
優しく語りかけると少し静かになったが、それでもジンを警戒している気配をひしひしと感じた。
「厩舎か」
ジンは小さい頃から馴染んだ存在である馬小屋の臭いにほっとしながら、幼い頃の記憶を思い出していた。