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第13話 古い地図はわからない!

「せんせ~おかえりなさい!」

「おかえり~」


 子どもたちが群がるようにヴィスナー教師と呼ばれている男に我先にと飛びついた。

 そんな子どもたちを微笑んで見ながら、バレリーが、お帰りの挨拶と、留守中の出来事を報告して行く。


「それで、彼がジンです。聖王国に自分の国から攫われて来たと言っていて、噛み虫に噛まれて高い熱を出して倒れていたところをアンが助けたんです」

「お兄ちゃんね、赤いお顔で目を開けなかったの」

「そうですか。アンはいい子ですね」

「えへへ」


 褒められてアンが嬉しそうに笑う。

 ジンはその光景を眺めながら、もっと褒めてもいいよ! と、思いつつ心和んでいた。

 この孤児院の子どもたちは日頃ほとんど遊びもせずに自分たちに割り当てられた仕事をこなしている。

 だからこそ、子どもらしく甘えている姿に、ジンにはどこかほっとする気持ちだったのだ。


「ジン。私はヴィスナー・アイ・レクトと言います。長らく不在で失礼しました」

「あ、いいえ。俺こそ留守の間にお邪魔してしまって、申し訳ありませんでした。みんなにはとても良くしてもらったんです。今生きているのはここのみんなのおかげです」


 ヴィスナー教師という人は、不思議な雰囲気の男だった。

 ジンが父を感じたように、責任感のある大人の男性には違いない。

 しかし、その佇まいには、ジンがいままで周囲の大人に感じたことのないものがあった。

 それは、存在感というものなのかもしれない。

 体格は決して大きくはないのだが、そこにいることを強烈に意識してしまう雰囲気があるのだ。

 それでいながら、それは威圧的ではない。

 例えるなら、草原のなかに一本そびえる古い大木のような、安心感を伴う存在感だ。


 ヴィスナーは、しばしジンを見つめると、柔らかい口調で語りかけた。


「ジンは、聖王国に他国から連れて来られたということですが、そのときのことを覚えていますか?」

「いえ、それが、攫われる以前の記憶が曖昧になってしまっているんです。薬かなにか使われたんじゃないかと思っているんですが」


 そう言えば、この人は医者でもあるのだった。と、ジンは思い出す。

 今ではだいぶジンも昔の記憶が蘇ってきてはいたが、虫食いだらけであることは間違いない。

 この状態をなんとかできるのではないか? という淡い期待があった。

 とは言え、この人が正式な医師免許を持っている可能性はかなり低いだろうとはジンも気付いていた。

 おそらく昔の呪術師に近い感じなのだと、バレリーたちとの話で当たりをつけていたのだ。


「そうですか。それではそのことも併せて、あなたの今後の話をしましょう。バレリー。私の部屋を使うので、二人分のお茶を頂けますか?」

「はい!」


 ヴィスナーに言いつかったバレリーは、緊張を顔に露わにしていた。

 ジンがこのままここにいることができるかどうかは、このヴィスナーの判断に掛かっている。

 バレリーとしては、もう、身内のように感じ始めていたジンの運命の行き先に不安があるのだ。

 もちろん、自分の師の判断に誤りがあろうはずもないことは彼女にはわかっている。

 それでもそれがジンにとって良いことかどうかはわからない。

 ヴィスナーの判断は、あくまでもこの祠守の家と、レクタールの村のためのものだからだ。


 ヴィスナーの部屋は最初にジンが使っていたベッドのある場所だった。

 実はこの家でベッドがあるのはヴィスナーの部屋だけだったので、具合の悪かったジンをそこに寝かせたのである。

 回復してからは、ジンも子どもたちと大部屋での雑魚寝になっていた。

 バレリーによると、このベッドは村の人の寄進とのことで、とても大切なものとのことだった。

 そんなベッドに寝かせてもらって、ジンは恐縮しきりである。


 ヴィスナーの部屋にあるのはそのベッドだけではない。

 ベッドよりも存在感を放っているのが作業台兼テーブルだ。

 三分の一に乳鉢や薬研といったものが置いてあり、三分の二は何も置いていない。

 バレリーによると、薬などを作る作業と、書物などの仕事、食事など、全てをこのテーブルで賄っているらしい。

 大きな木を縦に半分に切ったような形の、素朴で重量感のあるテーブルだった。

 そのテーブルのいつもの席にヴィスナーが、その反対側にジンが座る。

 バレリーは二人にお茶を配ると、部屋から退出した。


「専用のカップを作ってもらったのですね」

「あ、はい。木こりのヌマナお爺さんから」


 この祠守の家の子どもたちは皆自分用のカップを持っている。

 ある意味、子どもたちが自分のものと主張できる数少ないものが、自分用のカップだった。

 当然ジンの物はなかったので、最初はヴィスナーの物を借りていたのだが、薪運びで親しくなった木こりのお祖父さんが作ってくれたのだ。

 重さも大きさも、ジンに合わせてあり、ジンがここに来て初めて得た自分のものと言えるだろう。


「ここはどうですか? あなたのいた所と比べて、暮らしに不便はないですか?」

「俺は日本人とは言えわりと地方都市で育ったので、山とか馴染みがない訳じゃないんですけど、文明的なものがない生活はやっぱり不便ですね。ここも内戦が終わればきっともっと暮らしやすくなるんでしょうけど」


 ジンは、これまでここで暮らして、内戦が続いて、文明的な暮らしが出来なくなっている少数民族の村という結論に至った。

 ヴィスナーは呪術師のようなものとは言え医者でもあるし、実際に接した感じとしてジンはこの男はかなりの教養があると感じていた。

 だからこそ外国の事情も知っているのではと思って、日本とこの国の比較について話題に出したのだ。


「ニホン、ですか。そこがあなたのいた世界なのですね」

「世界っていうのは大げさですよ。小さな島国ですし」

「なるほど、ニホンというのは国の名前なのですね。……ジン。あなたは、ある程度は気付いているのではないですか?」


 ヴィスナーは静かな口調でそうジンに尋ねた。


「気付いているって、何についてですか? この国の場所なら全然ですよ。世界地図があればいいんですけど」

「地図ならありますよ」

「本当ですか!」


 ガタンと音を立ててジンは立ち上がる。

 やっと現状をより深く把握出来るという期待に、興奮したのだ。

 ヴィスナーは静かに立ち上がると、壁に作り付けてある引き出しを開け、重そうな木箱を引き出した。

 そしてそこから色あせた大きな紙のような布のような物を取り出す。


「これが、現在判明している世界の姿です」

「……え?」


 そこに描かれていたのは、二つの大陸らしきものだった。

 いびつに描かれたハートを半ばから割って、上下にずらしたような形に配置されている。

 地図の中央を区切る線の上部にはいがぐりのような形が描かれ『北の母星』と文字が入っている、その線に交差する線には花の絵のような物があり、『光産まれし方』との文字が入っていた。

 全体的に古地図に近い作りであり、ジンにとっては読み取りにくいものだったが、それ以前に、それはどう見ても、ジンの知っている世界地図では有り得ない。

 いや、もしかしたらこれは地方地図なのではないだろうかとジンは考えた。

 日本地図のような自国の周囲だけ描かれたものだ。

 しかし、ヴィスナーは確かに世界の姿がこの地図だと告げたはずだ。

 ジンは、あの暗い場所で目を覚まして以来、何度目かの強い目眩を感じたのだった。


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