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第10話 日常って楽じゃねえ!

 かなりの覚悟で決断したはずの滞在だったが、ジンに実際に訪れたのはのんびりとした平穏な日々だった。

 

(たとえ紛争地帯でも、人が生活するのは変わらないってことか)


 便利さを極めた現代日本での生活とは全く違うとは言え、それは紛れもなく人の営みでしかない。

 毎日毎時間争いが起こっている訳ではないのだ。

 人々はどんな環境でも日々を暮らして行かなければならない。


 また、ジンが留まることを聞かされた子どもたちの反応は、何と言うか、実にあっさりとしていた。

 アンだけは大喜びしていたが、他の子どもたちは「ふーん」という感じだ。

 そんな中、この家での生活の仕方を全く知らないジンに対して、バレリから頼まれてサポートとしてついてくれたのはバイス少年だった。

 バイスは十才の少年ではあるが、この孤児院においては、年長の男手であり、かなりの働き手だ。

 そのバイスをジンにつけたため、しばらくは、この孤児院の仕事が回らない可能性が高い。

 とは言え、それだけ、ジンの若い男手に期待があるとも言えた。

 ジンに仕事を覚えてもらえば、この孤児院の暮らしもかなり助かるのである。


 しかし、そんなこととは知らないジンは、言うなれば小学生程度の少年に怒られながら仕事をする羽目になり、少々げんなりとしていた。

 その一方で、今まで経験したことのない仕事を覚えることを、ジンはわりと楽しんでもいた。


 朝日の出る前に起こされ、食事の前に井戸に水を汲みに行く。

 人数が多いので、荷車のようなものに樽を積んで紐をかけて固定して行くのだが、この紐の結び方から指導されることとなった。


「一人前の男が紐もしっかり結べないでどうすんだよ!」


 バイスの教え方はスパルタで、すぐにダメ出しを食らってやり直しさせられる。

 時間が間に合わないとなると、バイスはジンに教えるのを止めて、自分で作業をした。

 荷車を引くのはジンの役目だ。

 ジンは知らないが、この荷車は日本で言うところの大八車と良く似ていた。

 行きは軽いが帰りはひどく重い。

 これをそれまではバイスが一人で引いていたと聞いて、ジンは驚愕した程だ。


 井戸の順番待ちでは、村の老人や子ども達との顔合わせがあった。

 バイスによると、井戸端での朝の情報交換は、とても大事なのだそうだ。


「まぁ若い男の子やね」

「だいじょぶなのか、ソイツ」


 と、少々歓迎ムードとはいかず、怪しまれているようだったが、それでも親切に野菜のおすそ分けなどをしてもらった。

 とは言え、それはジンに対してではなく、孤児たち、もっと言えば、祠守である教師に対する心づくしということなのだろう。


「まぁ実際、怪しいもんな、俺」


 バレリから聞いた話では、そうとう虐げられているらしいこの村の人々が、怪しみながらとは言え、自分を受け入れてくれたことが不思議なぐらいだとジンは思う。


「村の人間は基本、お人好しだから」


 バイスがそう言った。

 

「バレリ見てればわかるだろうけど、この村は大きな家族みたいなもんなんだよ。森の恵みを分け合って生きてきたし、旅人が訪れたら親切にするのが当然だと教わった。そういう弱腰なところに付け込まれたんだ」


 バイスの根底には怒りがある。

 ジンはそれをひしひしと感じた。

 バイスだけではない。

 子どもたちは無邪気なようで、どこか余所者の自分に対して強い警戒心を持っているようにジンは感じていた。

 もちろん「お人好し」の、バレリやアンは別として。


「バイスは、みんなを守って来たんだな」

「ちげーよ。みんなを守ってくれたのは先生だよ。俺は全然まだ子どもだから」


 悔しそうに言うバイスは、まだ十才だと言うのに、すでに大人のように振る舞おうとしていた。

 それは、そうでなければならなかったからだろう。


「先生か。ええっと、ヴィスナー教師だっけ。随分長く出かけているんだね」

「二つ隣の村に急患が出たんだ。ここらで病や重い怪我を治せるのは先生だけだから、往診してるんだよ」

「そりゃすごい。お医者さんなのか」

「病気も治せるだけで医者とは違うよ。まぁ妖精医師って呼ぶ人もいるけど。教師は教師だ」


 バイスの説明に、ジンは首を傾げた。

 

「妖精医師って?」

「なに言ってんだ。妖精医師って言ったら、妖精の力を使って、災いを払う人のことだろ」

「ええ?」


 妖精って、と、笑おうとしたジンだったが、真剣なバイスの顔を見て思い止まった。

 そう言えば、昔はまじない師が医療や指導者への助言などを行っていたという話だ。

 おそらくこの辺りでは、その風習が根強く残っているのだろう。


「そう言えば、教師って学校の先生のことじゃないの?」

「学校ってなんだ?」

「えっ!」


 ジンは衝撃を受けた。

 バイスは学校を知らないのだ。

 と言うことは、当然、義務教育なども受けていないという事だ。

 しかし話の途中で脱線する訳にもいかず、ジンはとりあえずその気になる「教師」という言葉の意味を確認することにした。

 なんでだか知らないが、突然意味がわかるようになった外国語なのだけど、どうもその理解している意味が、少しあやふやな感じなのだ。

 本来の意味じゃないのに、それっぽいという感じで理解している気がするのである。


「学校ってのは子どもを集めて勉強するところ、かな」

「ふーん。そういう意味なら、先生も学校の教師と言えなくはないかな? 俺たち以外でも村の子どもは先生にいろいろ習っているし」

「なるほど」

「でも先生の一番の役割は、祠を祀ることだよ。教師っていうのは祭祀を司る人の事だ。悪さをする妖精を鎮める役割が大切なんだ」

「祭祀か」


 バイスの話を聞いて、ジンは、教師というのは、言うなれば神社の神主のようなものだろうと当たりをつけた。

 そう考えればしっくりと来る。


 汲んで来た井戸水は、家の裏にある瓶の中へと移す。

 一抱え以上あるような瓶が半分地中に埋まっていて、水を溜めておくようになっているのだ。

 水を移し替えたら、木蓋をして、上に大きめの石を置いて終わりである。

 だが、朝の仕事はこれだけではない。

 水汲みが終わったら薪割りだ。

 この仕事でも、ジンはバイスに大いにどやされることとなった。


「ばっか、大ぶりすんな! あぶねえだろ!」


 力任せに薪を割ろうとしたらすごい剣幕で怒られたのだ。


「でもなかなか割れないから」

「仕方ねえな。お前ほんと、なんにも出来ないんだな」

「悪い」


 小さな子どもにどやされるのはさすがにムッとするものの、知らないものは仕方ないし、タダで滞在させてもらっているのである。

 ジンが腹を立てるのは筋違いだろう。

 そう思って、ジンも怒りをぐっと飲み込んだ。


「いいか、こうやって、まず薪の筋目に合わせて、真ん中に斧を入れるんだ。そうして、斧を打ち込んだら、その状態で下の台に叩き付けて割目を広げる感じで割るんだ。力任せに割ると、薪が反発するからうまく割れない。薪に合わせるんだ」

「おお、なるほど。バイスは賢いな」

「んなん、誰でも出来る。出来ねえと煮炊きも出来なきゃ暖も取れないじゃねえか」

「そうだよな。生活のなかで必要なんだもんな」


 ジンは、今までスイッチ一つで出来たことを自分の力で行ってみて、その労働にすっかり疲れ果ててしまった。

 

「文明の利器って凄かったんだな」


 思わずぼやいてしまうジンであった。


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