元悪役令嬢、孤島に立つ。
ーートン。
背中を押された私は、小舟から砂浜に降り立った。
目の前には青い空と白い砂浜。そして鬱蒼と繁る木々。遠くに見える山。
「荷物は全て降ろし終えました」
振り返ると若い騎士が、上官らしき騎士に報告をしていた。
騎士の足元には大きな鞄が4つ。今の私の全財産である。
今ここに居るのは3人。私と若い騎士、そして四十代くらいの騎士だけだ。
「己れの犯した罪を悔い改め、死刑ではなく孤島送りにしてくださった王に感謝し、残りの人生を生きるのがお前の役目だ」
それだけ言って小舟で戻る騎士達。私は彼等を一礼しながら見送くる。
「最後まで目を合わせなかったなぁ。仕方無いか、命令とはいえ小娘に無人島なんて、『死ね』と言っているのも同じだし……ゴメンね。騎士さん達。中身は二十代半ばのチート持ちです」
顔を上げ、小舟が完全に見えなくなったのを確認して、私、橘莉亜は、乙女ゲーム『輝け!恋と冒険の聖女候補 ラブリー☆プリンセス』に出てくる、十四歳にしてボンッ・キュッ・ボン! ストロベリーブロンドの髪はドリル付き! 『リジェット グランディス』の姿で、ニンマリと笑みを浮かべた。
「さてと、快く……は無かっただろうけど、この身体を貸してくださった伯爵様達と、ソレイユ神様の為にお仕事頑張りますか」
振り返り、島を再度見回してから右手を差し出し、神様に教えてもらったキーワードを唱える。
「ソレイユ神との盟約にて、我、橘 莉亜が命ずる。島よ。本来の姿を現せ! ……わぁ、これは酷いや」
右手からジワジワと広がった本来の姿は、はっきり言って廃墟か火山の噴火後のようだった。白い砂浜は流木と枯れた海藻で汚く。緑の木々は枯れ果てて、殆どが折れていた。山はハゲ山。
「ん? ……『望遠』。アレかな?」
5~6キロ先の高台に、二階建てくらいの小さな赤い洋館らしき物が見える。多分あれが、神様の用意してくれた家だろう。
「とりあえず行ってみますか。次いでに体力系のチート具合も確認しよう」
ザシュ!
4つの鞄を両手で持ち、助走を付けて一気に跳ぶと、枯れ木の森の入り口に到着。『跳躍』がパネェ。マジでちょっとビビった。いま軽く、1キロぐらい跳んだよ。
次は見えている館まで、木々の合間を縫うように走ってみると、1時間と掛からず到着。
「才能スキルの『加速』と『時間計測』を一緒に使ってみたけど意外と便利?」
目の前には鉄製で出来た柵が有る。柵は私の身長より高い位置で館を取り囲んでいるらしい。
中には、赤い煉瓦と白い石造りの二階建ての館。中規模のアパートくらいは有る? この高さだと、屋根裏も有りそうだ。
不思議な事に、柵の中側には芝生があり、館の周りに繁っていた。外とは別世界の様な空間が広がっている。
柵に沿って反時計回りに歩いていると、奧に館の正面玄関を携えた大きな門扉にたどり着いた。南を正面として見ると、左側寄りに門扉が有る事になる。
「女は度胸。とりあえず入ってみるか。しかし、こんなに大きな家を用意してもらって良かったのかな?」
門扉を押して中に入ると、小さな光が7~8個漂っているのが見えた。神様が事前に教えてくれた妖精の卵? 黄色、緑、白の光がふわふわと私の側に寄って来た。
正面左寄りにある玄関と門の間には、灰色がかった石畳。赤煉瓦は、壁の部分にだけ使われており、屋根は黒く、傾斜が付いている。他は石で出来ているから、全体的に赤黒白のトリコロールになっている。庭には何もなく一面芝生だらけ。
ベランダも、石造りで出来ていてお洒落だ。真下にあたる一階部分にも、低い位置にベランダがあって、外に出られる様に階段が付いていた。
「う~ん。ちょっと寂しいね。噴水や花壇があれば欲しいな。せっかく庭に出れそうなベランダが有るんだから……そのうち作るか?」
私の独り言を理解したのか、光達がくるくると踊る様に舞っている。そう言えば、妖精は花の蜜が主食なんだっけ?
そんな事を考えながら館の扉を開く。
「おや、やっと来たのかい? ずいぶんと時間が掛かったねぇ」
「……えッ!?」
扉の中は吹き抜けのエントランス。右手には円を描く様に、二階に上がっている白い階段。サーキュラー階段っていうんだっけ?
左手には、三十代ぐらいの中年女性が描かれた、大きな肖像画が飾ってあった。
床には一面、群青色のカーペットが敷かれていて、落ち着いた感じを醸し出している。壁は赤地に金で飾り模様が入っていて、白い石膏の様な物が巾木の役目をしているみたいだ。
そして、正面奥には一階部への扉があり、その上の二階にはテラスが見えているが……。
そう、誰も居ないのだ。
「何処を見ているんだい? 私はここだよ。左を向いてごらん」
私の目はこれ以上ないというくらい見開いていたと思う。何故ならば、絵の中で赤いロープを身に付けた黒髪の女性が、手を振りながら私に微笑みかけていたのだから。
「年頃の女の子が口を開けたまま、ボーとしているんじゃないよ」
絵の中の女性は、口元を手で覆いながら、波ウェーブの黒髪を軽く揺らしつつ、クスクスと笑っていた。
「す…すみません。初めまして橘 莉亜と申します。ソレイユ神様の命で、これから此方で御厄介になります。宜しくお願いします」
私は慌てて『絵』に向かって挨拶をした。
「はいよ。私の名前はマゼンダだ。初代聖女を陰で支えていた、只の魔術師さ。まぁ、一部の者達は『焔のマゼンダ』と言っていたがね。
今回はソレイユ神に頼まれて、アンタの相談役と話し相手になった。相談役だから、今回は五十代の頃を写した姿にさせてもらったけど、大丈夫かい? 何かあったらすぐに言いな。溜め込むのは体に毒だからね。
そんな訳で、こちらこそ宜しく頼むよ。」
にっこりと笑うマゼンダ様を見ながら、若い時はモテただろうな……と、こっそりと思う。だって、只の中年のオバハンと違って、熟成された色気漂う『美熟女』なのだ。
しかも、ほうれい線や目尻の烏の足跡が浅い。というか、ほとんど無い。これで五十代の頃? マジかッ?
でも、三年間。自分独りだけで過ごすのは寂しいと思っていたから、ソレイユ神様の采配に感謝。
「アンタの部屋は二階の奥だよ。荷物を置いて一通り館を見ておくがいい。一階には食堂や錬金室や風呂もある。ソレイユ神の部下が、連絡や相談それに指示を出す書物はアンタの部屋に置いてあるよ。一度目を通しておきな」
「ありがとうございます。それでは荷物を置いて来ますね」
私は、玄関口に置きっぱなしになっていた荷物を持って、二階へと向かった。
階段を登っている途中、ゴッツいシャンデリアを見て、『清掃』で掃除出来るかなぁ? と、こっそり思ってしまった私です。