表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第2話 異なる世界

暑い日々が続きますが、読者の皆様はいかがお過ごしですか?

第2話、投稿します。

 バイクでの逃走劇の果てに待っていたのは、商業区の片隅にひっそりと建っている雑居ビル、その中の一室だった。

 年季が入っていないわりには他の部屋が空いているのは、立地条件の悪さ以外になかった。それもそのはずで、様々な飲食店が立ち並ぶ表通りから、このビルは少し外れてしまっている。つまり、人の流れから外れてしまっているのだ。

 そんな意外にも設備自体は悪くないが、寂しげな印象をぬぐえないビルの中の一室で、草薙を助けた謎の少女は素早くスーツ姿に着替え、アンティーク風な丸テーブルに座り、自らが用意した紅茶をすすりながら、同じく席に座った草薙と相対していた。

 優雅に紅茶を飲む謎の少女は、紅茶に手をつけようとしない草薙を見て、

「安心したまえ。妙なものは入れていない」

 と、謎の少女は穏やかに微笑んで、また一口、紅茶を飲む。男物のスーツを着ているのもあって、まるで演劇で男役を演じる女優のようである。

「随分と申し遅れてしまったね。私の名前は永江麗華。探偵の真似事をしているよ」

 余裕を絶やさぬ笑みを浮かべつつ、謎の少女、永江麗華は自己紹介をした。

 草薙はなんとも怪訝な面持ちでその笑顔を見ていると、永江は空になったティーカップに紅茶を注ぎながら続けた。

「さて、まずは現在、君が陥っている状況について説明しよう」

 永江はテーブルの上の小さな篭から、紅茶用のミルク入りカップを取り出した。

「突然だが、君は異世界の存在を信じたことはあるかい?」

 その言葉に草薙は、本能的に永江の目を見つめた。永江の目には、口元に浮かぶ余裕のある笑みとは違う、真剣な光が宿っていた。草薙は崩しかけていた姿勢を正し、ただ無言で、話の続きを促した。

「遥か昔、遅くとも人類が存在していた頃より、異世界が私達の世界に影響を及ぼしている証拠が、近年になって世界各地から発見されている。異世界からの影響は良いものもあれば、当然、悪いものもある。その悪い影響の一つが『侵蝕現象』だ」

 永江は笑みを消し、右手のミルク入りカップを草薙の目線の高さまで上げた。一方で、左手はティーカップの縁をなぞっている。

「例えば、この紅茶が私達の世界で、カップに入っているミルクが異世界だとしよう。普段はこのように離れていて、交わりあうことはない。だが――」

 そこで一度言葉を切ると、永江はミルク入りカップのふたを開け、紅茶の中にミルクを入れた。透明な琥珀色だった紅茶は白く濁り、ティーカップの底が見えなくなった。

「見てのとおり、異世界と私達の世界が交わりあうことがある。そして、その殆どは異世界からの侵略だ。侵略が開始された時には『侵蝕現象』が発生する。この世ならざる現象の数々が、侵略が開始された場所、『侵蝕領域』で『侵蝕現象』として発生する。『侵蝕現象』を引き起こした存在は『侵略者(インベーダー)』と呼称される。そして君はもう見ただろう。あの大男との戦闘中に、あの異常な現象を」

 草薙は血のような赤い空と、不自然なほど濃い物陰を思い出した。あの異様な光景こそが『侵蝕現象』であり、あの異様な場所こそが『侵蝕領域』なのだろう。

「その異世界の奴らはなんで、俺達の世界を侵略しようとする?」

 草薙は永江に、自然と出てくるであろう質問をした。永江は再び紅茶を一口飲み、一瞬思案するそぶりを見せ、やがて重い声の調子で話を再開した。

「分からない。侵略してきた異世界の性質によって異なってくる。……ただ、『捕食』の場合であることが多いな。そして現在、君が目撃した大男、おそらく異世界の存在であろう彼は、君を、そして私を全力で消そうとしてくるだろうな。しかも厄介なことに、普通の人間では『侵略者(インベーダー)』に対抗するのは極めて難しい。私達の世界そのものが、異世界の影響を排除しようとする矯正力を働かせ、『侵略者(インベーダー)』に関する記憶を消してしまうからな」

 永江が深刻な顔色になってきた理由が、ようやく理解できてきた。平穏な日常の裏側で、この世界を狙う存在がいる事実に、人間ではない存在が、自分の命を狙っているであろうという事実に、背筋が冷たくなる思いがした。

「それじゃ、俺はどうしようもない! しかも、お前だってどうしようもないじゃないか! そもそも、こういったことは国が対応することだろ!?」

 草薙は勢いよく立ち上がり、テーブルを激しく叩きながらそう叫んだ。草薙の手前に置かれていたティーカップが揺れ、中の紅茶が零れそうになった。だが何故か、

「いや、対抗策はある。あるからこそ、私はここにいるのだから」

 と、永江は最初の余裕のある笑みに戻り、その『対抗策』を語り始めた。

「そうだね……。例えば、君のジーンズの右のポケットには、ハンカチが入っているな。しかも、白地に青のストライプが入っているものだ」

 驚きの余り目を丸くすると、永江はどこか得意げに話を続けた。

「通常なら矯正力で記憶を失うが、今の君のように失わない者もいる。それは『侵蝕現象』に対する耐性ができたからだ。『侵蝕現象』に触れたことがきっかけで、君の中の何かしらの強い意志が、世界の矯正力と同質の力を君に与えた。記憶が消えないのは、矯正される側から、矯正する側になったのだから、当たり前の話と言えるな」

 永江は、懐からテーブルの上に一枚のカードを出した。そのカードには英語で『永江麗華』の名前と、他にも永江の個人情報らしきものが記載されているが、草薙には当然ながら殆ど読めない。

「私の力は『千里眼』。私の『知りたい』という意志、いや、欲望とでも言うべきか。それを反映した力だ。私のような力が目覚めた者を『能力者』と呼び、『能力者』の中には組織を立ち上げる者、またはその組織に属する者がいる。私もそういった組織に属する者の一人だ。そして、私の属するその組織こそが、国が唯一保有する、『能力者』のみが知り得る、対『侵略者(インベーダー)』組織――」

 永江はテーブルの上に置いたカードを手に取り、裏面を草薙に見せた。そこには大きめの文字で何かが書かれていたが、英語だったため正確には読めなかった。

「『日本対特異存在防衛隊』。略して『特防隊』。所属証明書が英語表記なのは、海外の同じような組織と同盟を組んでいるからだ」

 再び懐にカードをしまうと、永江は真剣な顔に戻って草薙と視線を合わせた。僅かな沈黙の後、永江はこう切り出した。

「単刀直入に言う、我々に協力してくれないだろうか? この街を、『侵略者(インベーダー)』の魔手から守る為に」

 草薙はその言葉を聞いて、しばらく目を閉じて考え込んだ。まずは永江の言っていることの真偽だが、これはほぼ間違いなく真実だろう。でなければ、大男との邂逅の時に起きた現象の数々が説明できない。次に協力するかどうかだが、協力しなければ、この街にどんな災厄が降りかかるか想像できない。――草薙は、ここで昔の記憶を掘り起こした。


 草薙は小学生の頃、ヒーローに憧れていた。テレビ画面に映る、悪人を倒し、弱い人々を守るその姿に憧憬の眼差しを向け、いつかあのヒーローのようになってみたいと、心の底から思っていた。そんなある日、一人の同級生がいじめられていた。現在は草薙と同じ高校に通う、今日共に大男の襲撃にあった松村祐子だった。

 当然ながら草薙は、義憤に駆られ、この頃から人一倍強かった腕力に物を言わせて、いじめっ子を殴り倒してしまった。多くの人からその行動を咎められたが、草薙本人としては正義感から出た行動であったし、なにより、いじめられっ子の松村祐子はいじめられることはなかった。その事実が、より草薙に、自分は正しいことをしたのだと信じ込ませた。

 しかし数日後、いじめの主導者が突如、家族と共に姿を消した。その失踪とほぼ同時期に知ったことだが、いじめの主導者の家族は多額の借金が原因で、家庭内不和に陥っていた。だから家庭円満の松村に嫉妬し、いじめの対象としたのだ。

 当然、どんな理由があれ、いじめを正当化することはできない。が、そのことを知っていれば、腕力に頼らない、別の解決法をとれたのではないかと、単純に悪人を倒せばいいという子供じみた価値観が大きく揺らいだ。その揺らぎは、その後の人生に暗い影を落とすこととなった。ただひたすら、崩れかけたアイデンティティーを支え、暗いトンネルを歩くような日々を過ごした。

 そんな日々の中、草薙が孤独にならないように、松村祐子はいつも側にいて、草薙のことを気にかけていた。だから草薙は孤立せずに、辛うじて社会との関わりを保ち続けられた。松村祐子本人にはまだ言っていないが、そのことには今でも草薙は感謝している。そして今、松村祐子の身に危険が迫っている――。


「分かった、協力させてくれ」

 いじめから救ったあの日から、今日まで己を支えてくれた者の命が脅かされているのというのなら、もう迷わない。草薙はそんな決心を込めてそう答えた。


読んでいただきありがとうございました。

第3話はゆっくりお待ち下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ