みずのにおい
西原と高石が風呂から上がると、すでにリビングはしんっと静まり返っていた。だが、薄暗い電球の下で1人だけ残っていた者が居る。
「…むつちゃん?」
「あ…西原先輩、高石先輩…」
「あ、むつちゃん。どうしたの?もしかして、風呂でるの待っててくれたとか?」
「い、いえ…」
がしがしと頭を拭きながら高石は、冷蔵庫からビールを2本出して、1本を西原に渡した。2人がビールを手にすると、むつは少し唇を尖らせた。また呑むのか、と呆れているのかもしれない。
「聞いてよ、こいつさ。背中に爪痕あんの。絶対に女の子にしがみつかれた跡だと思うのに、西原は否定するんだよ。むつちゃん、どう思う?」
「…どうって…彼女さんと仲が良いって事なんじゃないですか?」
「違うから。むつちゃんもまともに返事しなくていいから。で、どうした?皆は上だろ?」
「はい…ちょっと冷えたみたいで…」
むつは両手で包むようにして、マグカップを持っていた。西原はそれを見て申し訳なさそうに、がりがりと頭をかいた。
「外に居てくれたからだな…ごめんな、本当に…あれなら、もう1回風呂入るか?俺らの後が嫌じゃなかっただけど…まだ湯も暖かいし」
「いえ、そこまでは…大丈夫です。これ飲んだら上に戻りますので」
「なら、俺は先に部屋に戻るから。西原、むつちゃんおやすみー」
「え、お、おやすみなさい」
高石は缶ビールを片手に、さっさと部屋に行ってしまった。残された西原は、むつの斜め前に座って、缶ビールを開けた。ぷしゅっと音がして、少しだけ泡が溢れた。むつは何を飲んでいるのか、マグカップからは暖かそうな湯気が漂っている。会話もなく、西原とむつはそれぞれの物をゆっくりと飲んでいた。気まずく思っているのは、西原だけではないだろう。むつも落ち着きなく、長い前髪の下で、視線をさ迷わせている気配がする。
「…あの、わたしもそろそろ…」
「あ、寝る?うん…そうだな。あんまり遅くまで起きてるとお肌に悪いもんな」
「は…はぁ…」
うーんと首を傾げながら、むつはざぶざぶとマグカップを洗って片付けた。すぐに2階に行くのかと思ったが、むつは何だか落ち着かない様子で、2階にも行こうとしない。
「どうかした?」
「い、いえ…その…先輩も早く休んでくださいね。呑みすぎにも気を付けて…」
「うん、それ呑んだら寝るよ。ありがと」
「…お、おやすみなさい」
ぺこっと頭を下げたむつは、ぱたぱたとリビングを出て階段を上っていった。西原はぐいっとビールを飲み干して、缶を片付けると自分も寝ようと部屋に向かった。




