みずのにおい
水を飲んだりして、酔いを冷まそうとしていたつもりなのかもしれないが、むつは大きな欠伸を繰り返すばかりで、ほとんど喋らなくなり、目もあまり開いていない。うとうとしているようで身体が傾き、西原の肩に触れるとばちっと目を開けて座り直すが、すぐにまた傾いてきている。
「…西原さん、たまちゃんを少し寝かせてあげてください。空いてる場所は使ってくれて構いませんから」
むつの様子に気付いたのか、灰皿とおしぼりを替えに来た戸井がこっそりと耳打ちをした。そして、薄手だが毛布を持ってきた。
「何から何まですみません」
「気にしないでください」
戸井が厨房に引っ込むと、西原はむつの背中に手を回してゆっくりと撫でた。
「…少し寝るか?戸井さんが座敷使って横になっていいって言ってくれてるし」
「んーん、へーき」
「平気じゃないだろ?引っくり返ったら、後ろのテーブルで頭打つかもしれないんだから…少し横になれ」
「むつ、疲れが出てるんだろ。俺らはまだ帰らないし。少し横になって休め」
西原が言っても、うんとは言わなかったむつだが、山上に言われると渋々といった感じで頷いた。むつは座っていた座布団を折り畳んで枕にして頭を乗せると、はぁーと息をついた。
「…本当は横になりたかったんだろ?」
「ちょっとだけね…」
戸井が持ってきてくれていた毛布をかけてやると、西原の膝に額を押し付けるようにしてすり寄ってきたむつは、目を閉じた。そんな様子を見て、西原はむつの頭をそっと撫でてやった。本当はかなり酔いが回っているのか、身体が火照っているようで、首筋あたりにしっとりと汗をかいていた。
「…寝ちゃったら、起こしてね」
「あぁ、他のお客さん来ても起こしてやる」
むつは微かに笑みを浮かべると、ふうっと息を吐いた。もしかしたら、少し気分も悪いのかもしれない。
「むっちゃん寝ちゃいましたね」
「えぇ…」
「無理して呑むからだろ」
むつが眠ってしまったと分かると、颯介も山上も溜め息まじりに笑みを浮かべた。
「それで、何だ?昔と同じって。水の匂いがとか言ってたな?昔、何かあったのか?」
「…えぇ、まだ学生の頃の話ですよ」
聞こえていたのかと、西原は苦笑いを浮かべた。それと共に、むつの能力を初めて見た事と初めて妖という物が存在するという事を知った時の事を思い出していた。
「そう言えば、同じ大学だったんですよね?何があったんですか?」
颯介がむつから学生時代の事はほとんど聞いた事がないなと呟くと、西原は話しても良いのかと悩んでしまった。だが、1つの事を思い出すと関連した事が次々と思い出される。酒のせいもあったのか、西原はまぁいいかと思い、むつの頭をそっと撫でてから話を始めた。




