みずのにおい
冬四郎が髪の毛を乾かし、髭を剃って戻ってくる頃には、ダイニングテーブルに料理が並び始めていた。ホウレン草の胡麻和えにきんぴらごぼう、鰯のみりん干しに大根の葉の漬け物。
「むつ、朝からこんなに作ってくれたのか?」
シワになるからとハンガーにかけていたシャツに手を通して、ボタンをしながら冬四郎が少し驚いたような顔をしている。
「色々なのをちょっとずつね」
「母さんに似てきたな」
「…家庭的って誉めてる?」
「誉めてる。でも、卵焼きは…」
「うるさいわよ」
味噌汁とご飯をよそって並べ、箸と淹れ直した茶を置くと、早く食べなよとむつは言ったキッチンに戻っていった。
「むつは?」
「あたしまだちょっとやる事が…」
「なら、先に貰うな。いただきます」
「はーい、召し上がれ」
冬四郎が味噌汁に口をつけると、むつはちらっとそれを見ただけで、また視線を手元に戻した。
「…お兄ちゃんってさ、卵焼きが甘いの嫌って言うだけで、美味しいも不味いも言わないよね」
「ん、そうか?」
「言ってくれたら、もっと作りやすいのに。好き嫌いとかもさ」
「むつの料理はうまいぞ?強いて言うなら、米は少し固めがいいな。あと、麦とか混ぜないでくれ」
「おっけ…覚えておくね。と、はい」
とんっとむつが手提げに入った物をテーブルに置くと、冬四郎は大根の葉の漬け物を噛みながら首を傾げた。
「お弁当。仕事によっては食べれるか分かんないけど…良かったら食べて。卵焼きは甘くないから大丈夫よ」
「…ありがとうな。前の弁当箱もまだ返してないな…いつもいつも忘れてて」
「使ってくれてたらいいよ」
「俺が自分の為に朝から弁当作ってたら、何かキモくないか?」
「まぁ想像はしたくないかな」
むつはそう言って笑うと、冬四郎の向かい側に座って、ようやく食事を始めた。




