むかっていく
むつは人形と筆談をしながら、くすくすと笑い合っている。それを見てか、先頭の方に居た身体中に矢が刺さっている落武者が、むつの側に寄っていった。
「…大丈夫なのか、あれは」
「大丈夫ですよ。うちの子ですから…しかも、むつさん今年の仕事始めの時に書き初めするとか言って…あの落武者、筆に憑いてるんですけど…それ使ってましたからね」
「むつは不思議なやつだよな」
「そうですね…曰く付きとか関係なくある物使うタイプですし。何か、たまには出して綺麗にしてあげてたみたいですから…妖たちもむつさんに危害を加える事はないですよ、たぶん」
西原はへぇと呟いていた。むつは落武者がすぐ横に来ると、悲鳴を上げるどころか、ばしばしと腕を叩いて喋りかけている。
「何だか、近所のおばちゃんみたいですね」
「だな。近所のおばちゃんってあんな感じで、やだ、久し振りじゃないのーとかって喋り出すんだよな」
祐斗と西原は、むつの馴れ馴れしい感じを見てで呆れたように笑っていたが、冬四郎だけはくすくすと本当に面白そうに、むつの様子を見守っていた。
むつも楽しそうだが妖の団体も楽しそうに、やがやがとしている。はっきりと話し声が聞こえるわけではなく、何となくざわついている。祭りの時の喧騒のような感じだった。
前を歩いていた妖が立ち止まると、横を向いていたむつは、それに気付かずぶつかりそうになった。だが、落武者が腕を伸ばしてむつを立ち止まらせた。
「あ、ありがと。ぶつからなくて良かった…目的地についたって事なの?」
人形がこくりと頷いた。むつは背伸びをして前の方を見ようとしたが、むつよりも大きな妖が沢山おり、それが壁となって見えない。
「何かドキドキする…今更だけどあたしらってね、ここに混じってても平気?」
人形と落武者は顔を見合わせてから、むつの方を向いてゆっくり頷いた。そして、何かを知らせるように人形が前の方を指差した。前の方が見えないむつは、首を傾げた。すると携帯にまた単語を打ち始めた。
「い、ぬ、が、み…犬神?え?遥和さんも居るって事?本当にっ!?」
ぴょんぴょんっと跳び跳ねて、むつは前の方を見ようとしているが、妖の壁は高く前の方は全然見えない。
「どうしたんですか?」
「遥和さん居るみたいなの」
「え?何で京井さんが?京井さんも巻き込まれた感じなのな?」
むつの産みの親としりあいだという京井が、犬神という妖だと知らない西原は首を傾げた。あっと思ったむつは、そうなのかもね、と言葉を濁した。
「しろにぃ抱っこして?前見たいの」
「はぁぁ!?お前…まじかよ」
嫌がった冬四郎だが、口では文句をいいつつも、膝裏に腕を回してひょいっとむつを持ち上げた。
「うーん…見えない。呼んじゃう?大声で」
「辞めろ、辞めろ‼恥ずかしいだろうが」
「えー?じゃあ…犬神さーんっ!!むつだよーっ‼…くらいにしとく。きっと聞こえるはずだから」
「そこそこ、大声だったぞ…」
溜め息混じりに、冬四郎はむつをすとんっと下ろした。ありがと、とむつは言って冬四郎の腕をぽんぽんっと叩いた。




