むかっていく
「そーいやぁ…むつ、熱あったんだよな」
ぼそっと山上が言うと、冬四郎は目を細めた。何を言いたいのか分かったのか、冬四郎はずんずんとむつの元に向かっていく。
盗難の事は警官に任せると決めているのか、のんびりとむつと談笑していた颯介だったが、冬四郎がやってくると会釈をして立ち上がった。むつは颯介が山上の方に行ってしまうと、目の前の冬四郎に視線を移した。
「…何か分かった?」
「いや、まだ何も。指紋とか取って調べてみない事には何も分からないだろうな…でも盗みたくなるような物じゃないよな」
「人それぞれだから…何とも言えないけど。あたしなら欲しくはない。篠田さんみたいな人は喜ぶと思うけど」
「確かにな…」
会話が途切れると、冬四郎は居心地悪そうに、顎を撫でている。落ち着きのない冬四郎を見て、むつは少し首を傾げた。
「体調は?熱あったんだってな…」
「もう大丈夫。先輩が…昨日の夜まで…」
ふっと顔を歪めて泣きそうな表情をしたむつは、すぐに冬四郎から視線を外した。
「そうか…」
「…うん」
頷いたむつは、深々と溜め息を吐いた。冬四郎は何とも言えずに、とりあえずむつの隣に座った。
「…今日、仕事夕方まで?」
「ん?あぁ何事も無ければな」
「そう」
「何だよ」
「別に?あたしは遅くともお昼過ぎには大掃除を終えるつもりだったの」
むつが何を言おうとしているのか分からず、冬四郎は首を傾げた。むつもそれ以上は何も言わずに、じっとしているだけだった。




