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ひとりきり
「吉岡さんにも視えるって事ですか?それなら、わざわざ僕を呼ぶ必要はないんじゃ?」
「必要はありますよ。だって…わたしの事が視える人じゃないと呼べませんから」
その言葉に祐斗の腕に、びっしりと鳥肌が立った。視える人じゃないと呼べない。吉岡もすでに生きた人間ではないという事なのだろう。だが、吉岡は実体があり、よろず屋に来た時には自らボールペンを握ったはず。
「不思議に思う事はありませんよ。こうして物に触れるのも、谷代さんのおかげなんですよ?」
「お、俺?俺が何したって…」
「昨日の夜、わたしの存在に先に気付いたのはあなたじゃないですか」
祐斗は昨日の事をよく思い出してみたが、そんな心当たりはない。
「市民体育館ですれ違った時に会釈をしてくれたじゃないですか」
そうは言われても、祐斗には覚えがない。確かに、体育館内ですれ違った人には会釈をしたり、挨拶をしたりしていたが、その中に吉岡が居たのかどうかは分からない。
祐斗にとっては何の特別な事ではなかったから、いちいちその時の人の顔など見てもいなかった。




