そんなひも
あっと思ったむつは、レンズから目を離さずに何度もシャッターをきっていた。お世辞にも綺麗とは言えない池だが、やけに気になったのには、やはり理由があったのだ。ちゃぷんっと水面が揺れるのは、鯉などの仕業ではなかった。
目を細めたむつは神経を集中させて、じっと息を殺していた。連続してシャッターをきっている間に、いつの間にか白くふわっとした物が写り込んだ。あぁと思ったむつは、それでもシャッターをきっている。
ふわっとした物は、しっかりと実態を持った物として現れた。池のほとりで足をつけて、ぱしゃっと水を蹴っている美しい女性。切れ長の瞳ときゅっと結ばれた唇は、いかにも気の強そうな感じだった。女性が現れると、えびすも毘沙門天も揃っておろおろとしている。この女性の登場は、予想外の出来事だったのかもしれない。面白い事になってきたと、むつはシャッターをきりまくっている。気分もやる事もすっかりパパラッチだった。
おろおろとしている2人は、女性からじろっと見られて蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。どう見ても、その女性には頭が上がらないといった感じで、それがまた面白い。
くすくすと笑いながらむつは、ここが勝負時ですよ、と心の中でえびすを応援していた。自分の勝負時ではないというのに、カメラを持つ手には自然と力が入っている。
女性の機嫌を取るように、えびすが何事かを言っているが、女性の態度は素っ気ない。毘沙門天も身振り手振りで、何かを言っている。憤怒の形相の毘沙門天の慌てているような様子が、何とも微笑ましい。それだけ、2人は必死なのだろう。
奥村の言っていた青春の1ページというのは、こういうものかもしれないとむつは、夢中でシャッターを切りながらも2人に頑張れと言いたかった。
わたわたとしていた2人だったが、ようやく落ち着いてきたのか、女性の方を向いて真剣な表情を見せた。すると、女性はついと顔を上げた。切れ長の瞳だが、しっとりと水気を帯びている気がした。美しい人の憂いを帯びた表情は、尚更美しい。むつは、えびすと毘沙門天をそっちのけに、女性にピントを合わせて何枚も撮った。




