そんなひも
声をかけるべきじゃなかったと思ったむつは、ゆっくりと後ずさった。人じゃないのは分かっていたが、まさか釣竿を持った狩衣姿の男だとは思わなかった。
「まぁまぁまぁ、待ちなさい」
がしっとコンビニの袋を掴まれ、むつは困ったような笑みを浮かべた。待ちなさいと言われても、待ちたくはない。最近は体力もないし走るのが、前以上に遅くなった気がするが、今なら50メートル走の最高記録が、出せそうなくらい走れそうな気がしていた。ヒールが少しあるが。
「…いや、私も忙しいので」
「声かけたくせにか‼」
「体調悪いのかと思ったんです。でも、お元気そうで何よりです…お顔もふっくらされてますし」
「それは元々。まぁお嬢さんお座りなさいよ」
座れと言われても、コンクリートの冷たい所に座りたくはない。それに、やはり何と言っても帰りたくて仕方ない。
「帰らないと…仕事中なんです」
「仕事?何の?」
「えっと…今は写真の現像をしてます。夕方までには作らないと、皆に渡せないんです。なので、帰ります‼」
ばしっとコンビニの袋を剥ぎ取ったむつは、さっさと帰ろうと背中を向けた。だが、今度は足首を掴まれた。そして、見事にびたんっと顔から転んだ。
「あぁ…ごめん、ごめん…大丈夫?」
「痛い…」
ゆっくりと顔を上げたむつは、うつ伏せになったまま振り返って睨んだ。




