8/1310
あこがれとそうぐう
「むつさん、わたしと来てくれませんか?」
迷子の子犬のようにすがってくる篠田を見て、むつは少し悩んだ。篠田のこんな様子は初めてだった。だが、篠田との付き合いは長くないし、こんな人なのかもしれない、とも思わないでもなかった。
だが、それでも30歳を過ぎた男の、この様子を見て母性本能をくすぐられる程、むつは大人でもない。
「理由次第ですね。ね、社長」
「そうだな」
むつのさらっと流す対応に、颯介は頑張って唇を結んで笑いを堪えたが、目元にはしっかり皺が、よっていた。
「とにかく、とにかく…本当に、むつさんに、わたしの家に来て欲しいんです」
「それはダメだ。仕事として依頼するとしても、むつだけを行かせる事は出来ない」
篠田がしょんぼりしていたせいか、むつはしゃがみこむと篠田の顔を覗き込んだ。
「話せないような理由ですか?」
むつは篠田の膝に手を置いて、撫でながら笑いかけた。
「実は、実はですね」
篠田が意を決して話そうとすると、とんとんっとドアがノックされた。そして、誰かが返事をするのを待つでもなくドアを開けて入ってきた男が居た。