てがみ
「掴まっててくださいよ?」
そう言うと、京井はだんっと床を蹴って、ふわっと飛び上がった。そして、前から走ってきていた使用人の顔面を踏みつけて、軽々と飛び越えた。京井の重みを感じる事がなかったのか、使用人は転ぶ事もなく呆然として京井を見送った。
「犬神ってすげぇな…」
「真似してみますか?」
「無理だろ」
京井を追う事はせず、颯介と山上に向かってきた使用人だったが、颯介がさっとしゃがんで使用人の両足首を掴んで引っ張り、仰向けに転ばせた。颯介はその使用人の上をころんっと転がって綺麗な前転をしてみせた。
「時々、思うけどな。むつもだけど湯野ちゃんも身体能力高いからか?そのちょいちょいおふざけが入るのは?」
「ふざけてなんかいませんよ?引っ張って転ばせてますから、立ち上がってまたぐより転がって立ち上がった方が楽じゃないですか」
「出来るやつにしか分からない事ってやつか」
「社長もやったら良いじゃないですか。本当は、かなり運動神経いいの知ってますよ?」
「俺は取って置きの隠し玉だからな。易々とそんな事は出来ないぜ」
はーっはっはっは、と高笑いをして山上が走るスピードを上げると、颯介も負けじとスピードを上げた。だが、いくら走っていってもむつを抱えた京井の後ろ姿さえ2人には見えなかった。




